LCC計算に「行政コスト」の算入を。――人手不足時代のインフラ経営と、将来を見越したスマートな技術選択

1. 見えてきた「インフラ更新地獄」という有事

水道管が破裂し、橋が通行止めになり、トンネルで剥落が見つかる。これらが「個別の設備トラブル」として語られる時代は、もう終わりつつあります。今起きていることは、高度経済成長期に一斉に整備されたインフラが、ほぼ同時期に更新ピークを迎えるという構造的な現象です。

水道管の総延長は約70万キロメートル。更新が必要な老朽管は年々増加し、現在の更新ペースでは解消に100年以上かかるとも言われます。下水道管は全国で約48万キロメートルが敷設されており、そのうち老朽化が進む管の更新も急務です。橋梁は建設後50年以上を経過するものが2033年には約63%に達すると推計され、トンネルやダムも同様の更新圧力にさらされています。

これらがすべて同時進行で更新ピークを迎える2030年代は、インフラ行政における「多死社会」と言うべき局面です。

最大の問題は予算だけではありません。建設業の技術者・技能者は高齢化し、若い担い手の確保は構造的に難しくなっています。設計・発注・施工・監理の各段階を担える人材が絶対的に不足しています。この人的制約は、予算を積んでも解消できるものではありません。

この現実を前にして、「更新回数の多い設備・方式を今後も選択し続ける」という判断は、自治体経営における重大なリスクとして捉え直す必要があります。更新サイクルが短い設備を選ぶことは、将来の人手とコストを約束手形として振り出すことに等しいからです。


2. LCCのミッシングリンク:行政職員の「拘束時間」

インフラの費用対効果を評価する際、LCC(ライフサイクルコスト)という概念が使われます。建設費だけでなく、運転・維持管理費・更新費を時間軸で積み上げ、長期的な総費用で比較する手法です。

しかし現在のLCC評価には、重大な欠落があります。

行政職員の「拘束時間」が計上されていないのです。

一つの更新工事を発注するプロセスを考えてみてください。現状調査、必要性の整理、予算要求資料の作成、議会への説明と承認取得、住民説明会の実施、仕様書の作成、入札手続き、施工期間中の現場監理、竣工検査、完了報告書の作成——これらの事務工数の合計は、工事の規模にもよりますが、容易に数百時間から数千時間に達します。

この工数を担うのは、自治体の技術職員です。一人の職員がこれらの業務に費やす時間は、他の行政業務や政策立案に使えない時間を意味します。更新プロセスを一回こなすたびに、自治体の貴重な人的資源が消費されます。

50年間で2回の大規模更新が必要な方式と、100年間で1回で済む方式を比較した場合、後者は更新プロセスを一回スキップできます。そのスキップの価値は、直接的な工事費だけでなく、省かれる膨大な行政工数にも現れます。

さらに見落とされがちなコストが、地元調整にかかる工数です。水道工事は地域住民の生活に直接影響します。工事に伴う断水の調整、迂回路の確保、工事音や振動への対応、地域住民への説明——これらは工事期間中ずっと発生する、目に見えないが確実に存在するコストです。更新回数が少なければ、このコストも減ります。

従来のLCC評価が、工事費・材料費・運転費の積み上げに止まっているのに対し、「行政人件費」と「地元調整コスト」を定量化してLCC比較に組み込む算定モデルが、今後のインフラ計画に必要です。


3. 「不確実性」をコストとして評価する

長寿命のインフラを選ぶことには、もう一つの経済的合理性があります。将来の不確実性を「スキップ」できるという価値です。

更新回数が多いということは、将来の不確実なイベントに晒される機会が増えるということです。

将来の物価変動リスクがあります。建設資材の価格が30年後にどうなっているかは誰にも分かりません。鉄鋼、セメント、樹脂管材——これらの価格が現在の水準を維持しているという保証はありません。更新のたびに、その時点の市場価格に影響を受けます。更新回数が少なければ、この価格変動リスクへの露出が減ります。

技術継承リスクも深刻です。30年後の更新時に、その設備を正しく扱える技術者が存在するかどうかは不確かです。特定のメーカーや方式に依存した設備は、製品が廃番になる、メーカーが事業撤退する、対応できる施工業者が地域に残っていないというリスクを抱えます。更新プロセスを一回スキップできれば、この「技術の断絶リスク」に晒される機会が一回減ります。

さらに、制度変更リスクがあります。環境基準の強化、水道法の改正、補助制度の変更——30年後の制度環境が現在と同じという保証はありません。更新時点での制度変更への対応コストが、計画時点では予測できない追加負担として発生することがあります。

リスクマネジメントの観点から言えば、「100年持つ施設を一回作る」ことは、将来に複数回発生する更新イベントを消去することを意味します。各イベントには不確実なコストが付随しており、そのリスク回避価値を定量化してLCC比較に加えることは、合理的な政策判断の基盤となります。


4. 提言:将来の「省人材」を評価する新ルール

以上の議論を踏まえ、インフラのLCC評価に組み込むべき新たな要素を具体的に提案します。

行政工数の定量化と算入

更新プロセスに要する行政工数(人・時間)を各工程ごとに積算し、当該自治体の平均人件費単価を乗じて貨幣価値に換算します。50年施設(100年間で2回更新)と100年施設(100年間で1回更新)を比較する際、2回目の更新に伴う行政コストを定量化して100年施設の優位性として計上します。

不確実性プレミアムの算入

将来の更新イベントには、現時点で見積もれないコストが付随します。過去の公共工事における実績コストの変動率を参考に、「不確実性プレミアム」として一定の割増係数を将来の更新コストに乗じます。更新回数が少ない方式は、このプレミアムが少なく済むため、長寿命化への経済的インセンティブが明示されます。

省人材効果の評価

設備の選択によって将来の運転管理工数がどれだけ削減されるかを推計し、その削減量を「将来の職員が他の業務に使える時間」として評価します。人口減少下で自治体職員数が減少することが確実な中、職員一人あたりの管理可能な施設数を増やす設備選択は、組織能力の維持という観点から高く評価されるべきです。

これらの要素を組み込んだLCC算定モデルの標準化を、国土交通省・総務省レベルで取り組むことを強く提言します。個別の自治体がバラバラに判断するのではなく、評価基準そのものを更新する必要があります。


5. 今、この瞬間の選択が「30年後の日本」を決める

インフラの選択は、設備の買い替えではありません。未来の公務員・技術者・住民が、どれだけの時間と資源をインフラの維持に費やさなければならないかを、今の私たちが事前に決める行為です。

更新サイクルが短く、薬品と電力と熟練技術者に依存し続ける設備を選ぶことは、30年後の後継者に「この重労働を引き継いでください」という予約を入れることです。更新がほぼ不要で、自然の力を借りてシンプルに動き続ける設備を選ぶことは、30年後の後継者に「この安定した土台の上で、新しいことをしてください」という手紙を書くことです。

どちらを選ぶかは、技術的な問題ではなく、価値観の問題です。そしてその価値観を支えるための客観的な根拠として、「行政コストと不確実性リスクを算入した真のLCC評価」が機能します。

水未来研究所は、データに基づいた長寿命インフラの評価手法の普及と、具体的な設計・導入の支援を通じて、次世代に負担をかけないスマートなインフラ社会の実現に貢献していきます。

ご自身の自治体での長寿命化評価や、技術選択の見直しについてのご相談は、お気軽にどうぞ。

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