1. 水道と下水道、整備時期と耐用年数の相関関係
日本のインフラ老朽化問題を語る際、水道と下水道は別々に議論されることが多いです。しかし両者を時系列で並べてみると、深刻な「二段階の危機」が浮かび上がってきます。
水道管の多くは、戦後の高度経済成長期にあたる1950年代から1970年代にかけて整備されました。法定耐用年数は40年です。単純に計算すれば、2020年代がその更新ピークにあたります。実際、令和3年度時点で法定耐用年数を超えた水道管の総延長はすでに16.3万kmに達しており、現在まさにその波の只中にあります。
一方、下水道管の整備は水道よりやや遅く、1970年代から1990年代にかけて急速に進みました。法定耐用年数は50年です。こちらの更新ピークは2030年代から2040年代にかけて訪れます。
つまり、水道の更新ピークが一段落しないうちに、下水道の更新ピークが重なって押し寄せてくる。この「二段波」の構造を正確に把握することが、インフラ経営戦略の出発点です。
2. 10年後のデッドライン:下水道管の老朽化加速
国土交通省の資料に基づく推計が、危機の輪郭を明確に示しています。
法定耐用年数を超えた下水道管の割合は、2025年時点で約7%です。しかしこの数字は、その後急速に上昇します。2035年には約20%、2045年には約42%に達すると推計されています。
現在、日本の下水道管の総延長は約50万kmに及びます。2035年時点で20%が耐用年数を超えるということは、約10万kmの管路が更新を要する状態になることを意味します。これは地球を2周半する距離に相当します。
老朽化した下水道管がもたらすリスクは、数字の上だけの話ではありません。管路の劣化が進むにつれ、道路陥没や漏水事故の発生頻度が高まります。現在でも全国各地で道路陥没が相次いでいますが、適切な更新が行われなければ、この種の事故は今後10年で倍増するリスクがあります。
しかも、下水道管の劣化は表面からは見えません。地中で静かに進行し、ある日突然、道路が陥没するという形で顕在化します。予兆が見えにくいからこそ、計画的な対応が不可欠です。
3. 他インフラ(橋梁・トンネル)との予算争奪戦
問題をさらに複雑にしているのが、水道・下水道だけが老朽化しているわけではないという現実です。
高度経済成長期に集中的に整備された日本のインフラは、水道・下水道に限らず、橋梁、トンネル、道路、公共施設に至るまで、ほぼ同じタイミングで更新時期を迎えつつあります。インフラの「多死社会」とも言うべき状況です。
国土交通省の推計によれば、建設後50年以上が経過する橋梁の割合は、2023年時点の約39%から2033年には約63%へと急増します。トンネルも同様の傾向を示しており、道路インフラ全体での更新需要は今後10〜20年で急激に膨らみます。
これらすべてのインフラを、従来の手法でそれぞれ更新しようとすれば、地方自治体の財政は確実にパンクします。財源は有限であり、すべての更新需要を同時に満たすことは不可能です。
重要なのは、インフラ更新をバラバラに考えるのではなく、限られた財源をどのインフラにどのタイミングで投じるかという「ポートフォリオ管理」の視点で捉えることです。一つのインフラにかかるコストを圧縮できれば、その分の余力を他のインフラへと振り向けることができます。
4. 戦略的解決策:「粗ろ過×緩速ろ過」によるコストの圧縮
では、水道分野でコストを圧縮するために何ができるのでしょうか。
水未来研究所が提案するのが、粗ろ過×緩速ろ過システムの導入による水道施設の長寿命化・延命です。
従来型の急速ろ過システムは、高度な機械設備と定期的な薬品投入を必要とします。ポンプ、凝集剤注入装置、塩素注入システム。これらの設備は精密であるがゆえに、部品交換や定期メンテナンスのコストが継続的に発生します。また専門技術者の関与が不可欠であり、人件費も含めたランニングコストは小規模水道にとって重い負担となります。
これに対して粗ろ過×緩速ろ過は、機械的な複雑さを最小限に抑えたシステムです。砂と砂利の層を水が重力で通過し、砂層表面に形成される生物膜が浄化を担います。薬品への依存度が低く、維持管理は専門技術者でなくても対応できる部分が多い。耐用年数も長く、適切な管理のもとでは数十年にわたって安定稼働が可能です。
この選択がインフラ経営全体に与える効果を、ポートフォリオの観点で考えてみてください。
水道施設の維持管理コストと更新コストを圧縮することで生まれた財政的な余力を、老朽化が進む下水道管の更新や、橋梁・トンネルの点検・補修に充てることができます。一つの分野での賢い選択が、自治体全体のインフラ経営に波及効果をもたらすのです。
特に人口減少が進む地方自治体では、今後の料金収入の減少を見越した長期的なコスト構造の見直しが急務です。高額な設備に依存するシステムから、シンプルで長寿命なシステムへの転換は、単なる水道の話にとどまらず、自治体経営の持続可能性そのものに関わる選択です。
5. 10年後の自分たちに「選択肢」を残すために
2035年という年は、10年後です。現在の首長・担当者が在任中に直面する、具体的な期限です。
その時点で下水道管の20%が耐用年数を超え、橋梁の6割が築50年を越え、水道管の更新需要がなお続いている。そのような状況の中で、財政に選択の余地を残せるかどうかは、今この瞬間の判断にかかっています。
今、水道にかけられる予算をいかに賢く使い、施設を長く持たせるか。その積み重ねが、10年後の自治体に「まだ対応できる」という選択肢を残します。逆に言えば、今の判断を先送りにするほど、10年後の選択肢は狭まっていきます。
水未来研究所は、水道施設の長寿命化と維持管理コストの圧縮を起点とした、持続可能なインフラ経営の実現を支援します。水道という一点から始まる改革が、自治体全体のインフラポートフォリオを救う第一歩になると、私たちは確信しています。
