1. 「急速ろ過」と「緩速ろ過」は、ろ過スピードの違いだけではない
「急速ろ過」と「緩速ろ過」。
名前だけを見ると、多くの人はこう考えます。
急速ろ過=速く水をきれいにする方法
緩速ろ過=時間をかけてゆっくりきれいにする方法
これは間違いではなく、実際に、ろ過する速度には大きな違いがあります。
しかし、本当に重要なのはそこではありません。
この2つは、そもそも水をきれいにする考え方そのものが違います。
急速ろ過は「薬品と設備の力で汚れを集めて取り除く技術」。
一方、緩速ろ過は「砂と微生物が持つ自然の浄化能力を利用する技術」です。
つまり、
- 急速ろ過=高速版の緩速ろ過
- 緩速ろ過=低速版の急速ろ過
ではありません。
名前に「ろ過」とついていますが、浄水の仕組みはまったく別物なのです。
2. 急速ろ過とは?「汚れを集めて、一気に取り除く」浄水方法
急速ろ過の基本的な流れ
急速ろ過では、砂の層だけで汚れを取るわけではありません。
大まかな流れは以下です。
- 原水に凝集剤を加える
- 細かな汚れを大きな塊(フロック)にする
- 沈殿池で沈める
- 水の中に残った細かな粒子を砂ろ過で除去する
- 消毒する
ポイントは、砂ろ過の前に「汚れを取りやすい形に変え、そのほとんどを沈めて除去してしまう」ことです。
処理前の水の中には、砂の層をすり抜けてしまうサイズの小さな粒子が浮いています。これらは、そのままでは砂を通り抜けてしまいます。
そこで薬品によって粒子同士をくっつけ、大きな汚れの塊に変えてから取り除きます。
急速ろ過の強み
① 大量の水を短時間で処理できる
これが最大の特徴です。都市部では、1日に何十万トンもの水を安定して処理する必要があります。急速ろ過は、限られた面積でこの大量処理に向いています。
② 原水の変化に対応しやすい
大雨の後、川の水が濁ることがあります。このような変化した水でも、薬品による調整で対応しやすい特徴があります。
③ 広い土地を必要としにくい
同じ量の水を処理する場合、緩速ろ過よりコンパクトな施設で対応できます。
急速ろ過の弱み
① 薬品や設備管理が必要
凝集剤や電力、機械設備が必要になります。そのため、運転管理には専門的な技術が求められます。
② 汚泥が発生する
集めた汚れは「汚泥」として処理する必要があります。
③ 濁り以外の汚れの除去が苦手
濁り以外の有機物や窒素系化合物、農薬などの化学系物質も除去が苦手のため、資金に余裕のある都心部の浄水場では、オゾン処理や活性炭処理を組み合わせて、おいしい水を実現しています。
④ ランニングコストや設備の管理に人手がかかる
上記の通り、機械設備が多い浄水システムとなるため、人手やコストが必要となるため、ある程度資金力のある都市部での採用が基本となります。
3. 緩速ろ過とは?「自然の浄化作用を再現する」浄水方法
緩速ろ過の基本的な流れ
緩速ろ過は、一見すると非常にシンプルです。
砂の層に水をゆっくり通します。しかし、実際に働いている主役は砂だけではありません。砂の表面には微生物などによる膜(生物膜)が形成されます。
この生物膜が、
- 有機物を分解する
- アンモニアなどを処理する
- 微細な汚れを捕まえる
といった働きをします。
つまり緩速ろ過とは、砂でこすだけではなく、砂の表面に育った生態系の力で水を浄化する方法なのです。
緩速ろ過の強み
① 薬品への依存が少ない
自然の微生物の働きを利用するため、凝集剤は使用しません。必要なのは滅菌のための塩素のみの浄水場がほとんどです。
② 運転がシンプル
大規模な機械設備への依存が少なく、エネルギー消費も抑えられます。
③ 水質が安定しやすい
自然の浄化作用によって、有機物などをゆっくり処理できます。
④ ランニングコストが安価で人手もあまり必要としない
機械設備が少なく、エネルギーをあまり必要とせず、使う薬品量も少ないので、ランニングコストは相対的に低くなります。
緩速ろ過の弱み
① 広い土地が必要
処理速度が遅いため、大きなろ過池が必要になります。
② 緩速ろ過単体の処理だと急激な水質変化に弱い
大雨などで原水が急激に濁ると、砂層が詰まりやすくなります。一方、上向流粗ろ過という前処理と組みあわせることで濁度変化の影響をかなり抑えることができるようになりました。
③ 管理に知識が必要
微生物を利用するため、単純に機械を動かせばよいというものではありません。一方、基本的な考え方は理解しやすく、知ってしまえば、なんてことないかもしれません。
4. 日本ではどちらが多く使われているのか?
現在、日本の浄水場では急速ろ過方式が主流です。
資料によって集計条件は異なりますが、浄水量ベースでは急速ろ過が大部分を占め、緩速ろ過は少数派です。過去には日本の水道創設期には緩速ろ過が中心でしたが、都市化と、特に高度成長期の急速な水需要増加に伴い、急速ろ過が広まりました。
日本では高度経済成長期以降、
- 都市人口の増加
- 大量の水需要
- 限られた土地
- 河川水利用の増加
が進みました。
この「大量の水を安定して処理する」という条件では、急速ろ過の方が適していたのです。
5. 歴史から見る2つの浄水方法
緩速ろ過の歴史
緩速ろ過は19世紀イギリスで開発されました。当時、都市人口の増加によって水系感染症が問題となり、安全な水を確保する技術として普及しました。日本でも近代水道の初期には、この方式が採用されました。
急速ろ過の歴史
急速ろ過は、都市化によって「より大量の水を短時間で処理する必要」が生まれたことで発展しました。緩速ろ過では対応できない規模の水需要に対して、薬品処理と機械設備を組み合わせることで処理能力を高めました。
6. 今後の日本ではどちらが優れているのか?
ここで重要なのは、「どちらが優れているか」ではなく、「どちらが条件に合っているか」ということです。
急速ろ過が向いている場所
都市部
- 人口が多い
- 大量の水が必要
- 安定供給が最優先
こうした場所では急速ろ過が適しています。
緩速ろ過が向いている場所
水源が比較的きれいな場所
山間部など、良質な水源を持つ地域では緩速ろ過のメリットが大きくなります。
土地に余裕がある場所
広いろ過池を確保できる地域では、自然の力を活用できます。
環境負荷を抑えたい場合
薬品使用量やエネルギー消費を抑えたい場合には選択肢になります。
管理負荷(人)やコストを抑えたい場合
人手が足りない、あまり水道にお金をかけたくない場合には、選択肢になります。
7. 未来の浄水は「どちらか一方」ではない
今後重要になるのは、「急速ろ過か緩速ろ過か」という二択ではありません。
例えば、
- 急速ろ過で大量処理する都市
- 緩速ろ過で自然の力を活用する地域
- 両方の技術を組み合わせる施設
など、水源や地域条件に合わせた使い分けが重要になります。
浄水技術に「万能な答え」はありません。
大切なのは、
その地域の水源、人口、土地、環境条件に合わせて最適な方法を選ぶこと
なのです。
