
私たちはこれまで、日本の「水道人材不足」を問題にしてきた
これまでこのブログでは、何度も水道の人材不足について取り上げてきました。日本では人口が減少し、それに伴って水道技術者も減少しています。特に地方では、浄水場を運転する人、水質を判断する人、設備を点検する人、トラブルに対応する人、そして将来の更新を担う人、そのものが少なくなっているのが実情です。
そこで私は、「人が足りなくなるなら、人が少なくても維持できる水道を考えるべきではないか」と考えてきました。その一つの答えとして発信してきたのが、上向流粗ろ過と緩速ろ過を組み合わせた技術です。
ところが、この問題は日本だけではなかった
ここで、最近私が知った一つの出来事を紹介したいと思います。世界銀行やIBNETなどが2026年2月に開催した取り組みに、「Who Will Operate the Water Operators?」という問いを掲げたものがありました。直訳すれば、「水道事業者を運営するのは、いったい誰なのか」という意味になります。
世界の水道でも、人材不足、採用難、技術者の高齢化、技能継承、予算制約といった問題が共通して挙げられています。私が日本固有の問題だと思っていたことは、実は世界の水道が共通して抱え始めている問題だったのです。ここが、今回の記事の転換点になります。
水道の人材不足に、どう向き合うのか
まず、この問いを整理してみます。人材不足への対応には、採用や育成、外国人材の活用、DX、遠隔監視といった「人を増やす」方向があります。これはもちろん重要な取り組みです。
しかし、それだけでは限界があります。なぜなら、そもそも働く人そのものが減っているからです。そこで、必要な人手そのものを減らす、つまり「人が少なくても維持できるインフラを設計する」というもう一つの方向が必要になってきます。
「高性能な浄水」と「運営しやすい浄水」は同じではない
ここで浄水技術の話に移ります。高度な機械や薬品、制御システムを組み合わせれば、高度な処理を実現することはできます。しかし、高度な処理が、必ずしも少ない人手で運営できる処理とは限りません。
日本の高度成長期には、人が増える、水需要が増える、大規模化・高度化する、という設計が合理的でした。しかし今は違います。人が減る、水需要も減る、技術者も減る、そして維持管理の負担は相対的に大きくなる、という状況です。だからこそ、人口減少時代には、浄水技術の評価軸そのものを変える必要があると私は考えています。
そこで、私たちは「粗ろ過×緩速ろ過」に注目してきた
ここで、私たちが注目してきた技術を紹介します。上向流粗ろ過は、原水中の濁質などを前段で受け止める役割を担います。緩速ろ過は、砂層に形成される生物膜など、自然の浄化機能を利用する仕組みです。
この二つを組み合わせる発想は、「機械で制御する」よりも「自然の力を利用して、人間の仕事を減らす」という設計思想に基づいています。この思想は、電力への依存を小さくし、薬品への依存を小さくし、機械設備を減らし、維持管理を簡単にする、という特徴につながっていきます。技術の詳細については、過去の記事で解説していますので、そちらもあわせてご覧ください。

実は、この技術には国境を越えた歴史がある
そして、この技術には国境を越えた歴史があります。緩速ろ過は、英国で生まれた技術です。上向流粗ろ過は、ブラジルで研究され発展してきた技術です。そして粗ろ過と緩速ろ過を組み合わせ、実用化・省力化を進めているのが、日本です。
つまり、英国からブラジルへ、ブラジルから日本へという技術のリレーが続いてきたのです。そして私は、次は日本から世界へ、という流れをつくりたいと考えています。
日本は、この技術を育てるのに適した国なのではないか
ここで、日本という国の特殊性について考えてみたいと思います。日本は、世界でも先行して人口減少が進んでいます。高齢化も進んでいます。一方で、水道インフラは成熟しており、既存の水道技術や管理ノウハウも蓄積されています。そして、「おいしい水」への要求水準も高い国です。
つまり日本は、水道の人材不足という課題を、世界に先駆けて技術で解決する実験場になれるのではないかと私は考えています。人口減少は弱点であるだけでなく、次世代の水道技術を育てる理由にもなり得るのです。
粗ろ過×緩速ろ過が目指すものは「省人化」だけではない
ここは、私が特に強調したい部分です。今回お伝えしたいのは、単なる「人手不足対策技術」としてこの技術を語ることではありません。
一つ目は、人手を減らすことです。少ない人数でも維持できる仕組みを目指します。二つ目は、エネルギーを減らすことです。自然流下などを活用し、エネルギー依存を抑えます。三つ目は、薬品を減らすことです。原水条件に応じて薬品への依存を抑えます。四つ目は、設備を長く使うことです。シンプルな構造によって長寿命化を目指します。そして五つ目は、おいしい水をつくることです。単に基準をクリアした水ではなく、地域の水の魅力を生かすことを目指します。
省人化、省エネルギー、低資源、長寿命、おいしい水。これらを一つの方向にまとめていくことが、私たちの目指す姿です。
日本で「人材不足を克服できる水道」をつくろう
ここから、私からの呼びかけです。ただし、これは人材不足をなくすという意味ではありません。人材不足があっても持続できる水道をつくる、という意味です。
自治体、水道事業者、設計者、メーカー、研究者など、水道に関わる多くの人たちが、「どうすれば、少ない人手で長く維持できる水道をつくれるか」を一緒に考えていく。粗ろ過と緩速ろ過を、その候補の一つとして日本でさらに磨いていく。それが、私の願いです。
そして、その先に「世界」がある
世界の水道が同じ問題を抱えているのであれば、日本で培った知恵を日本だけに閉じておく必要はありません。
もちろん、世界中の水道に粗ろ過と緩速ろ過が適用できるわけではありません。原水条件、気候、土地、人口規模、制度などによって、適切な技術は変わります。だからこそ、「どこでも緩速ろ過」ではなく、「適用できる場所に、適切な技術として届ける」という姿勢を大切にしたいと考えています。
英国からブラジルへ、ブラジルから日本へ。そして日本から世界へ
ここで、改めてこの技術の歩みを振り返ってみたいと思います。
英国は、緩速ろ過を生みました。ブラジルは、上向流粗ろ過を発展させました。日本は、両者を組み合わせ、人材不足・人口減少という課題の中で磨いています。そして世界は、水道人材不足という共通課題に対する、一つの選択肢としてこの技術を受け取ることになるかもしれません。
「Who Will Operate the Water Operators?」への、私たちなりの答え
最後に、冒頭の問いに戻りたいと思います。世界銀行が投げかけた、「Who Will Operate the Water Operators?」という問い。これに対して、人を探し続けることだけが答えなのでしょうか。
水道そのものを、少ない人手で維持できるように設計し直す。そんな答えもあるのではないかと、私は考えています。そして、その挑戦を、日本で始めてみませんか。
日本の水道が抱えてきた「人材不足」は、日本だけの問題ではありませんでした。世界の水道もまた、同じ問いに直面し始めています。
誰が水道を運営するのか。その答えを、ただ「もっと人を集める」ことだけに求めるのではなく、少ない人手でも持続できる水道をつくることから考えてみる。英国で生まれ、ブラジルで発展した技術を、日本で組み合わせ、磨いていく。粗ろ過と緩速ろ過。人手を抑え、エネルギーを抑え、資源を抑え、長く使える。そして、おいしい水をつくる。
日本で水道の人材不足を克服する。そして、日本で培った水処理技術を世界へ。それが、これからの日本の水道にできる、新しい挑戦なのではないでしょうか。