1. 水道料金を上げずに踏ん張ることが、だんだん難しくなっている
多くの水道事業体にとって、料金改定は避けて通れない課題になっています。
人口減少によって料金収入は伸びにくくなっています。一方で、高度成長期などに整備された水道施設や管路は老朽化し、更新しなければなりません。資材費・人件費・電気料金なども上昇を続けています。収入が増えない中でコストは上がる——この構造の中で、多くの事業体が料金改定の検討に追われています。
ここで一度、大切なことを整理しておきます。水道料金の値上げが悪いという話をしたいのではありません。水道を維持するために必要な原価は、最終的には誰かが負担しなければなりません。それが料金として徴収されるのは、当然のことです。
ただ、料金を上げる前に問いたいことがあります。水道原価そのものを下げる余地は、まだあるのではないか——これが今回の記事の問いです。
2. これまでも水道原価を下げる努力は続けられてきた
もちろん、何もしてこなかったわけではありません。多くの事業体が限られた職員数の中で、様々な効率化に取り組んできました。
広域化・広域連携は、複数の水道事業をまとめることで施設・人員・調達の効率化を図るものです。官民連携は、民間企業の技術や人材を活用して維持管理などの効率を高めます。アセットマネジメントは、施設の状態と将来需要を見ながら更新時期や投資額を最適化する取り組みです。そのほかにも、施設の統廃合・遠隔監視の導入・省エネルギー機器への切り替えなど、様々な対策が実施されてきました。
これらはいずれも重要であり、一定の成果を上げてきました。しかし——という話が続きます。
3. それでも「人が足りない」という問題が残る
施設を統廃合しても、現場の仕事がゼロになるわけではありません。民間委託しようとしても、そもそも地域に受託できる企業がなければ成立しません。工事を発注したくても、入札参加者が集まらないこともあります。
そして、この問題は今後さらに深刻になる可能性があります。人口減少は「水道を使う人が減る」という問題にとどまりません。水道を支える人も同時に減っていきます。
行政職員が減ります。水道技術者が減ります。施工業者が減ります。維持管理を担う業者も減ります。水道施設の老朽化は止まりませんが、それを修繕・更新できる担い手が縮小していく。これは財源の問題とは別の、人という資源の問題です。
だからこれからは、単純な「コスト削減」だけでなく、「限られた専門人材をどこに投入するか」を設計しなければなりません。
4. そこで考えたい「保守の階層化」
ここで今回の記事の中心概念を提示します。「保守の階層化」という考え方です。
水道施設の維持管理業務を一通り並べてみると、必要とされる専門性にはかなり大きな差があることがわかります。
例えば施設の日常的な見回り、草刈りや清掃、水位やランプの確認、薬品残量の目視確認、写真撮影、簡単なバルブ操作——これらは特別な専門知識がなくても対応できる作業です。
一方で、ポンプの分解整備・電気設備の点検・水質異常の原因究明・制御設備の故障診断・管路破損の修繕——こうした仕事には、しっかりとした専門知識と経験が必要です。
ところが現在の保守体制では、難易度の全く異なるこれらの仕事が、同じ組織や同じ専門業者にまとめて発注されているケースがあります。高度な専門知識が必要な仕事とそうでない仕事が、同じコスト構造の中に混在しています。
そこで提案したいのが、仕事を専門性や責任の大きさによって分解し、それぞれに適した担い手に割り振るという考え方です。これを「保守の階層化」と呼んでみたいと思います。
5. 「5分の確認」のために専門家が2時間移動していないか
具体的なイメージをつかんでいただくために、一つ例を挙げます。
山間部にある小さな水道施設。現地での確認作業そのものは5〜10分で終わります。しかし自治体職員や委託業者が訪問すれば、往復に2時間かかる。すると、この仕事の原価の大部分を占めるのは「点検」ではなく「移動」になります。
もちろん、安全性や責任上、専門家が現地を訪問しなければならない作業はあります。それは否定しません。しかし、「現場のランプが点灯しているか確認する」「水位を目視する」「施設の周囲を写真に撮る」「草が伸びていないか見る」——こうした確認のために、遠方から専門家が往復2時間の移動をする必要があるのでしょうか。
この問いに向き合うことが、保守の階層化の出発点です。
6. 第1層から第4層まで、仕事を分けてみる
保守の階層化を具体的に整理すると、次のような構造が考えられます。
第1層:地域・現場
簡単な見回り、清掃、写真撮影、水位や薬品残量の確認など。施設近隣の住民や地域人材が担う仕事です。専門知識よりも「施設の近くにいること」「定期的に確認できること」が重要です。
第2層:IoT・自動監視
水位・流量・濁度・残留塩素・ポンプ運転状態などを常時自動監視します。正常な状態であれば人を動かす必要はありません。異常が発生したときに初めてアラートが発信され、上位の層に情報が届きます。
第3層:水道事業体・行政
IoTのデータと第1層からの現地情報を組み合わせながら状況を判断します。現場への指示、技術的な判断、緊急時の対応調整などを担います。現場から離れた場所にいても、リアルタイムの情報があれば適切な判断ができます。
第4層:専門業者・専門技術者
故障診断、修繕、法定検査、高度な水質判断、設備の更新工事など、本当に専門性が必要な業務に集中します。
一点強調したいのは、上位階層が「偉い」という意味ではないということです。この階層は優劣ではなく、必要な専門性とコスト構造が異なる仕事を適切に分けるための枠組みです。
7. IoTは「人をなくす」のではなく「人を動かす回数を減らす」
遠隔監視というと、「無人化」や「完全自動化」というイメージで語られることが多いです。しかし、完全無人化を目指さなくても、IoTには大きな価値があります。
例えば濁度・水位・流量をIoTで監視します。異常がなければ、その日は誰も現地へ行きません。異常が検知されたとき、まず第1層の地域人材に「現地を確認してください」と連絡する。その人が現場へ行き、状況を写真で送る。第3層の行政担当者がデータと現地情報を見て判断します。専門家が必要な状況であれば、そこで初めて第4層の専門業者が動きます。
このとき、IoTは「人をゼロにするための道具」として機能していません。「高価で希少な専門家を、不必要な場面では動かさないための道具」として機能しています。
水道における人手不足が深刻になっていくなかで、「専門家の時間を本当に必要な場面のために確保する」という発想は、コスト削減にとどまらない重要な意味を持ちます。
8. 専門業者には「専門家にしかできない仕事」をしてもらう
保守の階層化は、専門業者を排除する話ではありません。むしろ逆です。
今後、水道の専門技術者そのものが希少になっていくとすれば、その人たちの時間を簡単な作業で消費することの方が、社会全体としては損失です。専門技術者には高度な点検・故障診断・修繕・設備更新・技術指導に集中してもらう。日常的な簡易作業は別の層が担う。これが実現できれば、限られた専門人材がより効果的に機能します。
これは単純なコスト削減の話ではなく、希少になっていく専門技術者という資源をどう有効に使うかという、資源配分の問題です。
9. 複数施設を束ねれば、専門業務も安くできる
保守の階層化は、縦方向の分解だけで終わりません。横方向の共同化と組み合わせることで、さらに効果が大きくなります。
例えば山間部に10か所の小規模施設があるとします。それぞれが「今月点検してください」と個別に発注するのではなく、「○月○日に、この地域の10施設をまとめて点検してください」とします。水質検査もまとめて採水する。計測機器の校正もまとめる。消耗品交換も同時に行う。
専門業者の側も、10施設を一日で効率的に回ることができれば、移動コストを大幅に削減できます。その分、各施設が負担するコストも下がります。
施設ごとに個別対応するのではなく、複数施設を束ねて面的に保守を展開する。これを保守の「横方向の共同化」と呼ぶことができます。縦の階層化と横の共同化を組み合わせることで、小規模施設でも規模の経済に近い効果が得られます。
10. 水道原価を「設備費」だけで考えない
ここで少し視野を広げてみましょう。
これまで水道原価を下げようとするとき、「より安い設備を選ぶ」「施設を統合する」「省エネ機器に替える」といった設備側に目が向きやすかったと思います。確かにこれらは重要ですが、人件費・移動費・点検費なども含めた保守コスト全体を見ると、設備以外にも改善できる構造が隠れていることがあります。
誰が、何時間働く必要があるのか。その人が何時間移動するのか。その移動は本当に必要なのか。
こうした問いを設計の段階から持つことが、設備の最適化から「設備と人をあわせた最適化」へという発想の転換につながります。
11. 広域化や官民連携に代わるものではない
一点、付け加えておきます。保守の階層化は「広域化はもう意味がない」「民間委託をやめるべきだ」という主張ではありません。
むしろ、広域化と保守の階層化、官民連携と保守の階層化、IoTと保守の階層化——これらは組み合わせることができます。例えば広域化された水道事業体が複数市町村の施設を一元的に遠隔監視しながら、現地の簡易作業は地域人材が担い、専門業務は地域ごとの業者にまとめて発注する。こうした組み合わせが考えられます。
保守の階層化は、既存の取り組みを否定するのではなく、その「次の一手」として位置づけることができます。
12. これから不足するのは、お金だけではなく「人」
最後に、この記事で最も伝えたいことをまとめます。
これまで水道事業の課題といえば「どうすれば安くできるか」という財源の問題が中心でした。しかしこれからは、それと並んで「お金を用意しても、仕事をしてくれる人がいない」という問題が大きくなります。
そうであるなら、水道原価を考えるとき、「人という資源をどう使うか」を設計に組み込む必要があります。簡単な仕事は現地で担う。監視できるものはIoTが担う。判断は水道事業体・行政が担う。本当に専門的な仕事だけを専門家に集中させる。複数施設でまとめられる仕事は束ねて発注する。
水道原価を下げる方法は、設備を安くすることだけではありません。「誰が、どの仕事をするのか」を組み替えることでも、水道原価は変えられます。人が減っていく時代だからこそ、すべてを専門家に任せるのでも、すべてを自動化するのでもない。仕事を分解し、適切な人と技術に振り分ける「保守の階層化」——これが、これからの水道原価を考えるうえで、新しい重要な視点になるのではないでしょうか。
