更新時期を延ばせるインフラ選びが、人手不足時代の鍵に

  • URLをコピーしました!
目次

1. 「インフラを発注する人」が減っている

建通新聞の記事(2025年8月18日発注力低下(1) 技術職員ゼロの自治体も ゆらぐインフラの整備・管理、および発注力低下(3))によると、地方自治体の土木部門で働く職員数は、この約30年間で28.3%減少しています。なかでも技術的な知識を持つ土木技師はピーク時から13.2%減り、都道府県に限っては24.2%減という深刻な状況です。市町村レベルでは、土木技師が一人もいない自治体が449団体にのぼります。

建通新聞の記事より引用

さらに問題の構造は単純な人数の話にとどまりません。国土交通省の分析では、人口10万人未満の小規模な市や町村ほど、技術職員一人当たりの工事発注件数が多くなる傾向があることが示されています。つまり「人が少ない自治体ほど、残った一人が多くの仕事を抱える」という二重の重さが現場を圧迫しています。

加えて、インフラの発注業務は単純ではありません。総合評価落札方式のような入札・契約制度は「価格と品質が総合的に優れた契約」を実現するための制度ですが、評価書類の審査や技術提案の確認など、それ自体が相応の事務負担を生みます。静岡県のように先進的に総合評価を導入してきた自治体でも、職員の負担軽減を図りながら運用の見直しを続けているのが実情です。

ここで押さえておきたい本質があります。問題は「自治体の人手不足」という言葉で片付けられがちですが、より正確には「インフラを造り、維持し、更新する側の人間そのものが減っている」ということです。インフラを維持するための仕事は減っていないのに、それを担う人は着実に減っている。この矛盾が、今まさに各地の現場で顕在化しています。

2. 人が減る一方で、インフラの仕事は減らない

人が減っているなら、仕事も同時に減れば問題は緩和されます。しかし現実はそうなっていません。

高度経済成長期に一斉に整備されたインフラは、今まさに老朽化の波を迎えています。道路・橋梁・上下水道・公共施設——これらの維持補修・更新需要は、今後も増えこそすれ、減ることはありません。さらに気候変動の影響を受けて自然災害は激甚化・頻発化しており、大雨・台風・地震のたびに発生する災害復旧工事もまた、自治体の技術職員に重い負担を課しています。

そして2040年ごろには、今の技術職員の中で大きな割合を占める団塊ジュニア世代の退職が本格化します。今でさえ新規採用が難しい状況の中で、次の大量退職期を乗り越えられる見通しは決して明るくありません。

「人は減る。しかし、維持管理も更新も災害対応もなくならない」——この構造が変わらない限り、自治体のインフラ行政は慢性的な人手不足の中で回し続けることを迫られます。問われるべきは、この先もこれまでと同じインフラを、これまでと同じ方法で維持し続けることができるのか、という問いです。

3. 「職員を増やす」だけでは解決できない

もちろん、技術職員の確保は重要な課題です。採用活動の強化・処遇の改善・他自治体との人材共有・民間委託の活用——こうした取り組みは引き続き推進されるべきです。

しかし、人口減少が進む日本社会全体で若年人口は減り続けており、技術系人材をめぐる採用競争は公民を問わず激化しています。ベテラン職員の大量退職という構造的な問題と合わせて考えると、必要な人数を安定的かつ継続的に確保できるという楽観的な見通しは、現実的ではありません。

だとすれば、「人が足りないなら人を増やす」という一方向の発想だけでなく、「人が少なくても回るインフラに変える」という別の発想が必要になります。ここで重要なのは、「省人化」という言葉が想起させるような、単に点検や管理を効率化するという話ではありません。もう一段上流に遡り、「自治体が将来やらなければならない仕事そのものを減らす」という方向へ思考を転換することが求められているのです。

4. 省人化よりも、「仕事を発生させない」という発想

インフラの維持管理を楽にするアプローチとして、まず思い浮かぶのはデジタル技術の活用です。センサーによる遠隔監視、ドローンを使った点検、データの一元管理——こうした技術は着実に普及しており、少ない人数で多くの設備を管理するうえで有効な手段です。

しかしこれらは基本的に、「発生した仕事を、少ない人数で効率的に処理する」という考え方です。仕事の発生量そのものは変わらず、処理の仕方を工夫するアプローチです。

これに対して、もう一段上流に位置する考え方があります。「そもそも、その仕事が発生する頻度を減らす」という発想です。耐久性が高く、補修・更新の周期が長いインフラを選ぶことで、維持管理業務の発生量そのものを抑える。これは「維持管理負担の小さいインフラを選ぶ」という、インフラの選択段階における戦略的な判断です。

処理を効率化するのではなく、処理の量を減らす。この発想の転換が、人手不足時代のインフラ行政における重要な視点になります。

5. 更新を10年延ばすことは、「10年間の発注猶予」をつくること

インフラの長寿命化というと、工事費の節約という文脈で語られることが多いです。しかし、それは話の半分に過ぎません。

仮に、あるインフラの更新時期を10年延ばせたとします。確かに10年間、工事費の支出を先送りできます。しかしそれだけではありません。一つの更新工事が発生するたびに、自治体ではどのような業務が生じるでしょうか。更新計画の策定、現地調査、設計委託、積算、入札・契約、施工監督、完了検査、完成後の管理引き継ぎ——これらすべてが、一つの更新工事に伴って発生します。

つまり、インフラの寿命を10年延ばすことは、工事費の先送りであると同時に、これらすべての業務を10年間先送りすることでもあります。「10年間の発注猶予」が生まれるのです。

この視点から考えると、長寿命化は単なるコスト削減策ではありません。それは「将来の自治体職員の仕事量を減らす施策」でもあります。特に人手不足が深刻化する将来の現場を思うとき、この「仕事の先送り」の価値は、金銭的なコストの節約以上に大きな意味を持ちます。

6. インフラを「造る時」から、将来の人手を考える

これまでインフラ整備においては、初期建設費・工事期間・性能・安全性などが主要な評価軸でした。もちろんこれらは今後も重要であり続けます。

しかし人手不足時代には、これらに加えて「このインフラは、10年後・20年後・30年後に、自治体へどれだけの仕事を発生させるのか」という視点が欠かせなくなります。

何年ごとに補修が必要なのか。更新周期はどの程度か。点検にどれだけ専門的な知識が必要か。特殊な技術者や資格が求められるのか。部材の交換は現場の一般的な職員でも対応できるのか。将来的に更新工事そのものを先送りできる構造になっているのか——こうした問いをインフラの選定段階から持つことが重要です。

インフラのライフサイクルコストを評価する際に、「お金」だけでなく「人」も資源として組み込んで考える。この発想の転換が、設計者・発注者・政策立案者に求められています。お金のライフサイクルコストに加えて、人手のライフサイクルコストを評価する視点を持つことで、将来にわたって持続可能なインフラ選択が初めて可能になります。

7. 「人がいること」を前提にしたインフラから、「人が少なくても維持できる」インフラへ

これまでのインフラ行政の基本的な考え方は、「必要な人員を確保し、その人員でインフラを維持管理する」というものでした。人員の確保が前提にあり、インフラの設計はその前提の上に成り立っていました。

しかしこれからの時代には、この順序を逆にして考える必要があります。「限られた人員でも維持できるインフラを選び、必要な仕事そのものを減らす」という逆向きの発想です。

人手不足への対応は、インフラの維持管理の問題にとどまりません。これからどのようなインフラを選び、どのようなインフラを次世代に引き継いでいくのかという、インフラそのものの選択の問題でもあります。維持管理を担う人が減ることを所与の条件として受け入れたうえで、その条件の中でも機能し続けるインフラとはどのようなものかを考える。それが、これからのインフラ整備に求められる設計思想の転換です。

8. 結論:「更新しない時間」をつくる

冒頭の問いに戻りましょう。「人が足りない時代に、これまでと同じインフラを、これまでと同じ方法で維持し続けることができるのか。」

おそらく、それは難しいのが現実です。技術職員の採用は以前よりも困難になっており、2040年代にはさらなる大量退職が待っています。仕事は減らず、人だけが減っていく構造はそう簡単には変わりません。

だからこそ必要なのは、人員を増やすことだけに頼るのではなく、「少ない人員でも維持できるインフラへの転換」という方向へ歩み始めることです。そしてその先には、「メンテナンスを効率化する」のではなく「メンテナンスや更新が必要になる時期そのものを延ばす」という、より根本的な考え方があります。

人手不足時代のインフラ整備で問われるのは、どうやって人を増やすかだけではありません。どうすれば少ない人員で長く使えるインフラを選べるのか。「更新すること」を前提にするのではなく、「更新しなくていい時間」をいかにつくるか。そこに、これからのインフラ選びの新しい視点があります。

よかったらシェアください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次