災害用浄水装置として、膜ろ過 vs 緩速ろ過、自治体が選ぶべきはどちらか?

  • URLをコピーしました!

1. 「機動力」の膜ろ過か、「持続性」の緩速ろ過か

災害用浄水装置の整備を進める自治体の多くが、現在選択し所有しているのは膜ろ過システムです。

膜ろ過は、物理的な膜の力で水中の濁り・細菌・原虫を強制的に除去します。処理能力が高く、比較的短時間で大量の浄化水を得られる点が、災害時の「切り札」として評価されてきました。実際、能登半島地震の被災地にも膜ろ過ベースの応急給水装置が持ち込まれ、一定の役割を果たしました。

しかし長年、水処理の現場に関わってきた立場から見ると、膜ろ過システムへの過度な依存には、いくつかの見落とされがちな死角があります。

一方、粗ろ過×緩速ろ過という、より原始的に見えるシステムは、その「シンプルさ」ゆえに災害時に独自の強みを発揮します。

この二つをどう使い分け、どう組み合わせるか。それが、真に機能する災害時給水体制を設計するための核心的な問いです。


2. 膜ろ過システムの死角――「人・道・燃料」の依存リスク

膜ろ過システムが災害時に力を発揮するためには、いくつかの前提条件が揃っている必要があります。その前提条件が、まさに大規模災害時に失われやすいものであるという点が、最大の死角です。

第一の死角:搬送ルートの確保

膜ろ過システムは多くの場合、倉庫や備蓄施設に保管されており、災害発生後に被災地へ搬送して設置します。しかし首都直下地震のような大規模災害では、道路が損壊し、橋が使えなくなり、倒壊した建物が路上を塞ぎます。「機材はあるのに、現地に届けられない」という事態は、十分に起こりえます。

第二の死角:人員の確保

膜ろ過システムの運搬・設置・操作、造水後の水を運ぶ給水車には、それぞれある程度の技術的知識と人手が必要です。しかし災害直後、自治体の担当職員は自らも被災者である可能性があります。職員自身の健康状態、彼らの身近な人の状況、自宅の損壊、避難生活。そうした状況の中で、装置の運搬・設置・操作要員を確保できるかどうかは、保証できません。

第三の死角:燃料の継続確保

膜ろ過システムの多くは発電機を動力源とします。しかし大規模災害後の燃料不足は、過去の事例からも明らかです。東日本大震災の際、被災地では発電機用の燃料確保が深刻な問題となりました。3ヶ月という長期にわたって安定的に燃料を供給し続けることは、現実的には困難な場面があります。

これら三つの前提条件のうち、一つでも崩れれば、どれだけ高性能な膜ろ過システムも機能しません。「備えてあるから大丈夫」という安心感が、実際の有事では根拠を失うリスクがあります。


3. 「何もしない」という最強の有事対応――緩速ろ過のレジリエンス

粗ろ過×緩速ろ過システムの最大の強みは、「特別なことをしなくても動き続ける」という点にあります。

前回の記事でお伝えした通り、このシステムは平時から公園の池などに設置され、継続的に稼働しています。砂と砂利の層を水が通過し、表面に育った生物膜が浄化を担う。その仕組みに、電動の精密機器は関与していません。

地震が起きた瞬間、このシステムは何もしなくても動き続けます。スイッチを入れる必要はありません。特別な操作は不要です。担当職員が被災していても、燃料が尽きていても、道路が寸断されていても、砂と砂利と微生物は働き続けます。

構造がシンプルであることは、物理的な耐久性にも直結します。制御盤、精密ポンプ、センサー類。こうした複雑な設備が少ないほど、地震の揺れで破損するクリティカルポイントが減ります。躯体のコンクリートと砂利と砂は、多少の揺れでは壊れません。

避難してきた人々の視点から考えると、この差はさらに鮮明になります。膜ろ過装置が届くのを待つのではなく、公園に来れば、昼間でも夜間であっても「蛇口をひねるだけで水が出る」。その確実性と即応性が、長期断水下での生活を根本から変えます。

「何もしないことが最強の有事対応である」。このことが、緩速ろ過の本質を表しています。


4. コストと運用体制の徹底比較

両システムのコストと運用体制を、具体的に比較します。

膜ろ過システム:短期集中型

膜ろ過システムを都内各所で、災害給水サービスとして3ヶ月間稼働させた場合、専用機材の輸送・設置・運転管理費、消耗品(膜モジュール等)の費用を合算すると、経験値からの試算で1,000万円を超える規模のコストが見込まれます。

さらに、前もって稼働のために必要な人員の調達・訓練コスト、燃料確保のための物流コスト、給水車の稼働コストも加わります。

粗ろ過×緩速ろ過:長期継続型

粗ろ過×緩速ろ過システムの平時のランニングコストは、施設に池から水を常に供給するポンプを動かす電気代として月々数千円程度です。年間でも数万円の水準に収まります。薬品費は発生しません。定期的な専門技術者によるメンテナンスも最小限です。

このシステムは夜間も絶え間なく稼働し続けます。貯水槽と組み合わせることで、需要が集中する昼間の時間帯にも安定した供給を維持できます。

コストの差を可視化すると、長期的な視点では緩速ろ過の優位性は明確です。ただし、緩速ろ過は一度に大量の水を急速に供給する機動力では、膜ろ過に及びません。この特性の差が、両システムの役割分担を示しています。


5. 膜ろ過「一辺倒」からの脱却――適材適所のハイブリッド設計へ

この連載を通じて伝えたかったことは、膜ろ過が優れていて緩速ろ過が劣っているという話でも、その逆でもありません。

それぞれが異なる強みと弱みを持っており、一方だけに依存することがリスクであるという点です。

膜ろ過は、機動性と大量処理能力に優れた「攻めの給水手段」です。道路が確保でき、人員と燃料が揃っている状況では、短期間に集中的な給水を実現できます。広域に展開して、多くの避難所を同時にカバーすることも可能です。

緩速ろ過は、条件に依存せず自律的に動き続ける「守りの給水拠点」です。人が来なくても、電気が来なくても、薬品がなくても、水を作り続ける。その揺るぎない継続性が、長期断水下での生命線となります。

理想的な設計は、この二つを組み合わせることです。主要な避難拠点となる公園には粗ろ過x緩速ろ過システムを恒久設置し、平時から稼働させておく。そして機動的な膜ろ過装置は、緩速ろ過が設置されていないエリアや、急激に需要が増大した箇所に機動的に展開する。この役割分担が、東京という巨大都市の水のレジリエンスを本質的に高めます。

不忍池、井の頭公園、皇居のお堀。これらの公園に「止まらない水」が生まれ、それが東京中に広がっていくことを、私たちは願っています。平時は池を美しくし、子どもたちに水の循環を教え、有事には命をつなぐ。そういうインフラが、この街の当たり前になる日が来ることを目指して、私たちは提案を続けていきます。

よかったらシェアください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次