1. 100万人が「水難民」になる日–都市型災害の残酷なシミュレーション
首都直下地震が発生したとき、東京23区で何が起きるのかを、数字で考えてみます。
23区の人口はおよそ1,000万人です。仮に地震による被害で、水道供給の10%が停止したとすれば、それだけで約100万人が生活用水を失います。この数字は、能登半島地震で被災した石川県全体の人口とほぼ同規模です。つまり、首都直下地震では「能登規模の断水被害」が、東京の一部エリアだけで発生しうるという現実があります。
行政が整備する災害時給水ステーションは、一定期間の飲料水を確保するためのものです。しかし生活用水–洗濯、炊事、トイレ、衛生管理–を長期にわたって供給し続けることは想定されていません。1ヶ月以上の長期断水には、現行の備蓄体制では到底対応できません。
さらに深刻なのが、給水車という選択肢の限界です。平時でも渋滞が激しい都心部では、大規模災害後に道路が損壊・寸断された状況で、各種緊急車両が大挙して集中する中、給水車が住宅地の細い道を縫って到達することは、現実的ではありません。そもそも病院など優先順位が決まっています。「物資は届くはずだ」という前提を持ち続けることは、都市型災害においては危険な楽観論です。
では、どうするのか。
2. 「運べない」なら「その場で作る」しかない――都市河川・公園池の再定義
この問いに対して、私たちが昨年の東京都のコンセプト検証支援(第3期)で提案したのが、都市河川や公園池を活用した「定点型浄水システム」という構想です。
残念ながら、昨年は採択はされませんでした。しかし、ヤマハ発動機が実証試験を磐田市で開始したように、コンセプト自体にニーズはあるものと思っています。
東京には、水がないわけではありません。神田川、隅田川、善福寺川。都内を流れる河川は数多く存在します。そして公園の池–不忍池、井の頭公園の池、善福寺公園の池–も、大量の水を抱えています。
これらはこれまで、景観や生態系保全の観点から管理されてきました。飲料水の水源として想定されたことは、ほとんどありません。しかし生活用水という観点では、これらの水資源は東京という都市に均等に分散した、潜在的な「水源ネットワーク」です。
問題は、その水をそのまま使えないということです。河川水や池水には、濁り、有機物、細菌が含まれています。これを安全な生活用水に変えるための浄水処理が必要です。
私たちが提案しているのは、粗ろ過×緩速ろ過の原理を応用した小型の定点型浄水システムを、都内の主要公園や河川沿いの拠点に恒久設置するという構想です。前回の提案モデルでは、1日あたり3.6立方メートルの浄水量を想定しました。予算規模に応じて、より大型の施設設計も可能です。
3. 「平時」と「有事」を分けないフェーズフリーな設計
この構想の核心は、「フェーズフリー」という設計思想にあります。
災害対応の装置は多くの場合、「有事に備えて保管しておくもの」として設計されます。倉庫に眠り続け、いざという時に取り出して稼働させる。しかしこのアプローチには、二つの致命的な問題があります。
一つは、起動までの時間です。緩速ろ過は、砂層表面に生物膜(シュムッツデッケ)が形成されて初めて、本来の浄化能力を発揮します。この生物膜の形成には、数日から数週間を要します。災害後に装置を搬入・設置しても、すぐに安全な水は作れません。
もう一つは、保管中の性能劣化と習熟度の問題です。長期間動かしていない装置は、いざという時に正常に動かないリスクがあります。また、普段操作しない装置を、混乱した災害直後に正しく稼働させることは、現場に大きな負担をかけます。
この二つの問題を同時に解決するのが、「平時から動かし続ける」という発想です。
不忍池を例に取ります。このシステムを平時から稼働させることで、池水は継続的に浄化され、水質が改善されます。景観が向上し、生態系が豊かになる。地域住民や観光客にとっても、池が美しく保たれることには明確な価値があります。
そして首都直下地震が発生した瞬間、このシステムはそのまま「生活用水の供給拠点」として機能し始めます。モード切替も、スイッチ操作も不要です。平時に動いていたものが、有事もそのまま動き続ける。これがフェーズフリーの本質です。
4. 公園が「巨大な生命維持拠点」に変わる未来
不忍池のような大規模公園には、災害時に避難民が自然と集まります。上野公園は実際に、関東大震災の際に多くの避難民を受け入れた歴史があります。
この「人が集まる場所」に、水が出る拠点があることの意味は計り知れません。
私たちが構想しているのは、浄水システムを核として、その周囲に炊き出し用の水場、臨時の洗濯スペース、衛生管理のための水供給ラインを整備するという、公園全体を「生命維持拠点」として設計するアイデアです。水があれば、食事が作れます。身体を洗えます。衣類を清潔に保てます。避難生活における人間の尊厳を守るための、最低限の条件が整います。
このシステムのランニングコストは、ポンプを動かす電気代として月々数千円程度です。薬品は不要です。専門技術者による定期的な介入も最小限で済みます。
この圧倒的な低コストこそが、「平時から動かし続ける」ことを現実的にします。維持費が高ければ、行政は平時の稼働を止めてしまいます。しかし月数千円の電気代であれば、予算の制約の中でも継続的な運用が可能です。平時の継続稼働が、有事の即応を保証する。この循環が、システムの本質的な価値です。
5. 環境学習、そして都政PRのシンボルへ
この構想が実現する場所には、もう一つの価値が生まれます。
平時の不忍池浄化システムは、水処理の原理を目で見て学べる「環境教育の教材」になります。池の水がどのように浄化されるか、生物膜とはどういうものか、自然の力を使った水処理の仕組みとは何か。またこの装置が災害が今後起きた時にどう活躍するのか。学生や子どもたちが実際に見て触れることができる、生きた教材です。
東京という世界有数の大都市が、薬品を使わず、電気をほとんど使わず、生物の力で水をきれいにするシステムを公園の中心に置く。それ自体が、東京都の環境政策と防災力の高さを示すシンボルになり得ます。
私たちはこの提案を、今年さらにブラッシュアップして東京都へ再提示する予定です。都市のレジリエンスを、コンクリートの強化ではなく、自然の力の活用によって高める。その方向性への理解が広がることが、この連載の目的の一つでもあります。
次回・最終回となる第3回では、「災害用浄水装置、導入後に後悔する3つのパターン」として、膜ろ過と緩速ろ過の選択における実務的な判断基準を深掘りします。
