全国に張り巡らされた水道管。その4本に1本が、すでに法定耐用年数(40年)を超過しています。すべての配管を更新するには、なんと6.4兆円もの費用が必要と試算できます。これは、法定耐用年数(40年)を超過した全国の老朽管総延長約16万km(令和3年度)に対し、東京都の管路更新単価4,000万円/kmを適用した、まさに途方もない数字です。しかし、一方で日本の人口は減る一方。
この膨大な更新費用と、縮小する需要のギャップに直面する今、必要なのは「すべての配管を更新する」という前提からの発想の転換です。私たちは、今こそ、水道インフラの未来を根本から見直し、より持続可能な形へと転換する時を迎えています。
1. 老朽配管の現実:見えない「病」が進行中
私たちの足元で、日本の水道インフラは静かに「病」を進行させています。
- 深刻な老朽化:全国の水道管のうち、法定耐用年数(40年)を超過している管路は、すでに全体の22%に達しています。これは、日本水道協会の2021年のデータが示す厳しい現実です。
- 頻発する漏水事故:この老朽化は、年間2万件もの漏水事故を引き起こしています。これは、私たちの生活への影響だけでなく、貴重な水資源の無駄遣いにも繋がります。
- 低い耐震化率:地震発生時の断水リスクを軽減する耐震化は、全国平均でわずか41%に留まっています。能登半島地震で長期断水が起きたように、大規模災害時には広範囲で水の供給がストップする可能性をはらんでいます。

この図は、日本の水道管がいかに高度経済成長期に集中的に整備され、その多くが一斉に老朽化を迎えているかを示しています。
2. 費用試算が示す“非現実”:「全部取り替え」は不可能
では、これら老朽化した水道管をすべて更新するとしたら、どれくらいの費用がかかるのでしょうか。
全国の水道管総延長約74.2万kmのうち、更新が必要な管路の割合が22%のため、16.3万kmの老朽化配管延長に対し、東京都で算出された老朽管更新にかかる単価4,000万円/kmを適用すると、その総額は6.4兆円という途方もない数字になります。
この6.4兆円という費用は、日本の水道事業全体の年間料金収入(約2.3兆円)を考えると、3年分弱に相当します。
現在の水道事業の財政状況では、物理的に「すべての配管を更新する」ことは不可能なのです。さらに今後人口減少により工事金額の増大が見込まれており、この金額はさらに増大していくことになります。

3. 前提が変わった:人口減少と需要縮小
かつて、日本の水道は人口増加に伴う経済成長に合わせて拡大を続けてきました。しかし、その前提は大きく変わっています。
- 人口減少の加速:日本の総人口は2010年をピークに減少傾向にあり、2050年には約20%減少すると予測されています。
- 水使用量の減少:日本の給水量はすでにピークを迎え、過去30年間で約30%も減少しています。
これらの変化は、「給水人口が増え続ける」ことを前提とした従来の水道整備モデルが、もはや時代にあっていないことを突きつけています。これからは過去に布設した水道管について「全ての配管を更新する」のではなく、「必要な配管のみを更新する」という、新たな視点でのインフラマネジメントが求められています。
4. 給水区域*の見直し=“もはや伸ばさない、間引く”
このような状況を打開するための一つの重要なアプローチが、給水区域の見直し、すなわち水道管網の「縮退」です。これは、単にインフラを縮小するだけでなく、より効率的で持続可能な水道サービスを実現するための現実的な戦略です。
*給水区域とは、水道事業者が厚生労働大臣の認可を受け、給水を行うことと設定した区域のこと。同区域内の住民/事業者から水道提供の要望が上がった場合、水道事業者は原則的にこれを拒んではならないとされる。また、給水区域に関して、水道法では「給水区域の拡大」という表現および説明はある一方、「給水区域の変更/見直し」および「給水区域の縮小」という表現がなく、同法律が当時は人口増の時代に策定されたものであり、給水区域が将来的に減少することは考えにくかったものと推測される。
4-1. 区域縮小の考え方:最適化への道
「縮退」とは、水道網の末端にある過疎地域において住民が一定期間不在となった地区、あるいは産業構造の変化により水需要が大幅に減少し水道の需要がなくなった地区などを、幹線管網から切り離していく考え方です。これにより、維持管理コストの高い広範囲な水道網を最適化し、限りある財源を、より多くの住民が利用する幹線網や主要地域に集中させることが可能になります。
事例:豊田市の給水区域見直しと計画
愛知県豊田市では、将来的な人口減少と給水需要の縮小を見据え、持続可能な水道事業運営を目指し、給水区域の「縮退」に向けた検討を積極的に進めています。豊田市が策定した「水道施設再編計画」の基本方針では、過疎化が進む山間部など、採算性の低い地域の給水区域を合理化する方針が明確にされています。
具体的なアプローチとして、給水区域を既存の配水管から約100メートル以内に設定する考え方が導入されました。これにより、広範囲にわたる非効率な末端管路の維持管理コストを削減し、限られた資源をより効果的に活用することを目指しています。この見直しにより、豊田市の給水エリアは約568km2から345km2へと減少し、約223km2の削減が見込まれています。これは、単に管路を廃止するだけでなく、代替の給水方法(運搬給水など)への転換も視野に入れ、地域住民への水供給を確保しつつ、水道網全体の最適化を図る先進的な取り組みです。
4-2. 配水管種の見直し:強靭化とコスト削減の両立
給水区域の最適化と並行して、管種そのものを見直すこともコストの有効な縮減対策として重要です。従来の水道管は、主に「ダクタイル鋳鉄管」が採用されてきましたが、これ“一択”という状況からの脱却が求められています。
- HDPE管の積極採用:近年注目されているのが、高密度ポリエチレン管(HDPE管)です。HDPE管は、柔軟性に富み、地震時の地盤変動にも強い「可とう性」を確保しつつ、敷設コストも比較的安価であるため、耐震性とコスト圧縮を両立できます。
- 事例:既に一部の自治体では、HDPE管の積極的な採用を進め、地震に強い水道網の構築と、更新費用の抑制を実現しています。これは、従来の工法に囚われず、新たな技術を積極的に取り入れることで、老朽化と耐震化の課題を同時に解決する有効な手段です。

この模式図は、水道網をむやみに拡大するのではなく、効率的に維持管理するために、一部を撤去し、残存する部分を強化するという「縮退」のイメージを示しています。
5. その他の選択肢(概要紹介)
給水区域の見直し以外にも、日本の水道が抱える課題を解決するための様々な選択肢があります。詳しくは今後のシリーズで深掘りしますが、ここでは簡単に概要をご紹介します。
- 人口密度に応じた給水エリアの設置:大規模な浄水場に依存するのではなく、地域ごとに複数の小規模な浄水場と配水エリアを配置することで、災害時のリスク分散や、地域特性に応じた効率的な水供給が可能になります。
- 運搬給水+自動運転タンクローリー:都市部から切り離された地域において、タンクローリーによる運搬給水をより効率的に行うため、将来的には自動運転技術の活用も検討されています。
- 新しい浄水法:UF/MF(精密ろ過/限外ろ過)膜ろ過システムや生物砂ろ過法など、従来の急速ろ過に代わる新しい浄水技術の導入により、より高品質な水を低コストで供給できる方法を模索します。
6. 制度の壁と動き:縮退に向けた国の検討
現在の水道法や政令における給水区域の設定は、基本的に「拡張前提」で設計されています。そのため、給水区域の縮小や、サービスレベルの見直しには、法制度上の大きな壁が存在します。
しかし、このような状況を打開するため、ずいぶん前から様々な技術者や関係者内で制度設計に向けた取り組みがなされてきました。厚生労働省と国土交通省が合同で設置したワーキンググループでは、2025年度を目途に、水道事業の「縮退指針」の検討を進めています。これは、国もまた、水道インフラの現実的な課題に向き合い、新たな方向性を模索し始めたことを示す重要な動きです。
7. まとめ & 次回予告
「老朽化=すべての配管を更新する」という従来の固定観念から、「エリアを絞って守る」という新たな発想への転換が、今の日本の水道に求められています。これは、悲観的な未来ではなく、より持続可能で、地域の実情に合った水道サービスを創造するための第一歩です。
次回は、“1区域内に複数の浄水場をどう配置するか”というテーマを掘り下げ、災害に強く、効率的な水供給システムについてさらに詳しくお伝えします。
> コメントで、あなたの地域の老朽管事情や本ブログへの感想を教えてください!