都の“4か月基本料金ゼロ”は本当に都民ファースト? – 水道専門家が斬る5つの論点

今回の基本料金タダで使われる税金は36.8億円であり、これは老朽管およそ 90 km を更新できる金額です。

東京都はその同額を使い、今夏 4 か月だけ水道の基本料金をゼロにします。
都議選(7/7)と参院選(7/28)直前。“都民ファースト”に見えるこの施策は、将来のインフラを弱体化させるだけの“選挙ファースト”ではないでしょうか

水道事業に長年携わってきた専門家の視点から、この施策が本当に都民ファーストと言えるのか、その背景と課題を5つの論点から深掘りします。

東京都の水道料金徴収票
目次

なんてことしてくれるねん!

先日、この記事を読んだとき、私は、「まずいなぁ」と正直感じました。

水道料金の値下げは海外でよく選挙対策や首長の支持集めに使われます。その結果、支持は集まるのかもしれませんが、水道がおかれる状況は良くない方向に向かい、結果的にその地域住民は不利益を被る結果につながるケースがほとんどです。

今回も、来月頭の都議会議員選挙(7月7日投開票)、来月末の参議院議員選挙(7月28日投開票予定)直前と、偶然かもしれませんが、どうしても海外の人気集めのためだけの水道料金値下げと同じ構図に見えてしまうのです。

それでもその政策にメリットが大きければ受け入れられるのですが、この水道料金の基本料金の値下げが起こす様々な負のインパクトが地味に大きいと感じていますので、次章から具体的に書いていきます。個人的に、水道技術者とか水道に長年関わっている専門家の方は結構、このニュースに憤慨しているのではないかなと思います。

目の前の甘い誘惑か、未来への投資か

東京都は、今年の夏、記録的な猛暑が予想される中、熱中症対策の一環として水道の基本料金を4か月間ゼロにする施策を発表しました。これは、「都民の家計負担を軽減し、気兼ねなく水を使ってもらい、熱中症を防ぐ」という意図があると説明されています。

しかし、水道に対するこの一時的な措置が、長期的に見て都民の水道サービスにどのような影響を及ぼすのか、そして、より抜本的な熱中症対策や都民の健康を守る施策として適切なのか、多角的に検証する必要があります。

独立採算制の瓦解

水道事業は、利用料金で運営される「独立採算」が原則です。水道料金で徴収した料金を資金源とし、その中で職員の給与や必要な補修や、水道サービスの提供に係る費用を賄い、そこに税金は投入しないという原則です。

この原則は原則のため、その前提でサービスの提供内容や必要な施設や管路の補修内容が決定されているのが現状であり、追加の税金投入は基本的に行われてきませんでした。

もちろん独立採算制の原則は絶対ではないし、簡易水道組合など本当に小規模な水道組合では、整備した施設の将来的な大規模修繕費用までは水道料金の中から捻出できないことが多いため、所属する市町村からの税金投入によって費用を賄う部分もありますが、それも慎重かつ、施設建設前の事前の検討によって、実施されるものです。

しかし、この独立採算制の会計に東京都は税金を投入し、基本料金分を肩代わりすることを今回実施することを決めました。

財源の機会費用・老朽管更新90km分が消える

話は少しそれますが、水道管や下水道管の老朽化の問題は埼玉県八潮市の事故ですでに周知の事実となりました。

東京都も多分に漏れず、この問題を抱えており、都の水道管総延長は、約27,000kmにも及び、そのうち法定耐用年数(40年)を超過した管路が約8,900km、全体の3分の1を占めています。こうした老朽管の更新は喫緊の課題であり、断水や漏水事故を防ぎ、安全な水を安定的に供給するために不可欠です。

例えば、都が年間で更新している老朽管の距離は約90km(全体の約0.3%)なのですが、今回の4か月基本料金ゼロの施策にかかる費用は、約36.8億円とされており、これはなんと老朽管約90km分の更新費用(1年間分)に匹敵します(東京都水道局:平均 4,000 万円/km)。

バラマキに見える費用を税金で投入できるのであれば、こちらの水道課老朽化問題に対しても税金を投入して対処すべきという議論を加速させるように思います。

“補助金”が水道財政を蝕む

今回の基本料金ゼロ化は、実質的に一般会計からの「補助金」によって賄われます。しかし、このような補助金が常態化すると、水道事業の財政健全性を蝕むことになります。

水道料金は、サービスの質を維持し、インフラを更新していくための重要な財源です。補助金に頼りすぎると、水道事業の経営努力が損なわれ、本来必要な値上げが先延ばしにされる可能性があります。将来的には、より大幅な値上げが必要となるか、あるいは施設の老朽化がさらに進み、サービスの質の低下を招く恐れがあります。

また、実際問題として、人口減少や大規模施設への過剰投資により、日本各地の傾向として、今後の水道料金の値上げは避けられない状況にあります。このような中で、料金決定のプロセスが政治介入によって歪められ、水道に係る料金の原則がゆがめられるといった事態は、将来の「赤字垂れ流し」という懸念につながります。

続けられない政策は信頼を失う

今回がそうかどうかはわかりませんが、一時的な人気取りのための政策は、長期的には都民の信頼を失います。

例えば、アルゼンチンのサンタフェ州では、過去に水道料金の8年にわたる無料化が行われました。しかし、その結果、水道事業は採算が取れなくなり、施設の維持管理が滞り、漏水率が45%にまで悪化しました。水道の無料化が最終的には、アルゼンチンで水道サービスは「崩壊」につながり、住民の生活に甚大な影響を与え、政府への不信感を募らせることになりました。

今回の水道の基本料金の一定期間無料という政策は、「1年後に再実施しなければ“選挙対策”だったと批判され、再実施すれば恒常化し財政圧迫」というジレンマに陥る可能性があります。どちらに転んでも、水道経営の信用力、ひいては自治体の信用力を下げてしまうリスクがあるのです。

他自治体への波及とポピュリズム圧力

今回の東京都の基本料金ゼロ化は、他の自治体にも大きな波及効果をもたらす可能性があります。ほかの自治体の市民、町民が「なぜ、うちは水道料金を下げないのか」という不満を抱けば、その自治体も同様の施策を導入検討を行わざるを得ない「ポピュリズム圧力」にさらされることになります。

しかし、地方の水道事業は、大都市と比較して規模が小さく、財政基盤も脆弱なところがほとんどです。特に、資金力のない中小都市では、水道事業の維持自体が困難な状況にあります

もし、他の自治体も安易に追随すれば、全国の水道事業の財政がさらに悪化し、結果としてサービス全体の質の低下や、必要なインフラ更新の遅れを招く恐れがあります。水道は、その地域に住む人々の「命綱」であり、「水道は慈善事業でも、商品でもない」という本質を改めて強調する必要があります。

市民・町民の意識の低下が、水道サービス低下につながる

水道料金が本来必要な料金よりも安く、もしくはタダで提供されている国や地域はありますが、私が見る限りそのような場所ではどのエリアの水道のサービスの質が悪く、結果的に受益者へのサービス低下につながっています。

しかもそのサービス低下を受益者が不満に感じることができれば、改善する余地もありますが、受益者自身も「この料金ならこの程度でいいや」という意識となり、それによってさらに水道に対する支払い意思が失われ、水道料金の未払いが発生し、さらにサービスレベルが低下する、という悪循環に陥りがちです。

東京都民にこのような意識低下は起こる可能性は低いと考えますが、これまで以上に水道に関心を持たなくなり、結果的に水道の質につながる可能性も起こらなくはありません。

提言:短期的ポピュリズムは長期的誤り

今回の「水道基本料金ゼロ」という短期的で安易なポピュリズム的と見える施策は、長期的に見れば都民にとっての「誤り」となる可能性があります。

以下の3つの視点から提言します。

  1. 「見せる」:次世代へ価値を「先渡し」するような透明な経営を行うべきです。水道料金が何にどれだけ使われているのか、今後の投資計画や料金改定の根拠を、都民が理解しやすい形で明確に開示する必要があります。
  2. 「模索する」:水道料金の値下げを求めるのであれば、税金投入というような手段ではなく、運営の合理化や革新的な水道技術の追求など、本質的な部分の検討を行うべきで、またその結果を都民にきちんと説明する必要があります(漏水 AI 監視で年1.8 億円削減 等)。
  3. 「的を絞る」:クーラーの電気料金をねん出できないような本当に支援が必要な層に対しては、水道料金を下げるというような形ではなく、別の形での対応が必要と思われます。電気代は都が自由に設定できるものではないため、今回のような措置につながったことは理解してはいますが、手を付けやすい水道で、というのは安易な策に思えてしまいます。

まとめ

東京都の「水道基本料金ゼロ」は、一見すると都民に寄り添った施策に見えます。しかし、その裏には、水道事業の財政悪化、インフラ更新の遅れ、そして将来的な料金高騰のリスクが潜んでいます。

一時的な減額より将来への投資で安定した水道を!!

あなたは今回の東京都の水道の基本料金の無料化についてどう思いましたか?

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