インフラ維持に必要な人の量で、インフラを量る。HLRという考え方の紹介

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はじめに:インフラ評価の「お金」を中心とした基準とその限界

インフラの整備や更新を判断する際、私たちはこれまで一貫して「お金」を中心とした基準で評価してきました。建設費はいくらかかるか、年間の維持管理費はどの程度か、そして建設から廃棄・更新までの全期間を通じたコストを総合的に見る「ライフサイクルコスト(LCC)」——これらの指標は、限られた予算の中で最善の判断を行うための、重要な意思決定ツールです。

この「お金で測る」という評価の枠組みは、今後も当然必要であり続けます。税収を基盤とする公共インフラの整備において、財政的な持続可能性は絶対に外せない条件です。

しかし、これからの日本においては、お金と同じか、あるいはそれ以上に深刻な制約条件が存在します。それが「人(労働力)」という要素です。人口減少が加速する中、インフラを作るだけでなく「維持し続ける人間」の確保が、全国各地で現実的な課題として顕在化しています。

お金があっても、維持する人がいなければインフラは機能しません。この現実を直視したとき、従来の評価体系に「人手」という新たな軸を加える必要性が浮かび上がってきます。本稿では、その新しい評価の視点として「HLR(Human Labor Requirement:人的労働必要量)」という概念を提案します。


第1章:人口減少社会の本質——「お金があっても、維持する人がいない」

インフラとは、作って終わりのものではありません。道路は定期的に点検・補修されなければ劣化します。橋梁は損傷を早期に発見して修繕しなければ、やがて通行不能になります。上下水道は日々の運転管理と定期的な設備更新がなければ、安全な水を届けることができなくなります。電力設備も、継続的な保守と人による判断なしには安定供給を維持できません。

つまりインフラとは、建設という「一点の行為」ではなく、その後何十年・何百年にもわたって続く「維持管理の連続」によって初めて機能するものです。この当たり前の事実が、人口減少という現実の前に、新たな意味を帯びてきています。

建設分野の技術者・作業者は全国的に減少しています。水道の運転管理を担う専門技術者は地方から急速に失われています。土木・電気・設備系の資格保有者の高齢化は止まらず、若い世代への技術継承は追いついていません。

この状況は、「お金を増やせば解決できる」という問題ではありません。予算を積んでも、現場に立てる人間が物理的にいなければ、維持管理作業は回りません。資金があっても人がいなければインフラは劣化し、最終的には機能停止します。人口減少社会の本質的な問題は、お金の問題である以上に、人の問題なのです。


第2章:現在の評価体系で見落とされている「労働量の消費」

ここで、二つのインフラ方式を比較してみましょう。

A方式は、初期建設コストが低く抑えられますが、稼働後の維持管理に多くの人手を必要とします。定期的な薬品の補充、頻繁な水質検査、複雑な機械設備の日常点検、ベテラン技術者による精密な判断——これらが継続的に求められる方式です。

B方式は、初期建設コストがA方式より高くなりますが、稼働後の維持管理は最小限の人手で回ります。自律的に動き続ける設備、シンプルな構造による故障リスクの低下、遠隔監視システムとの高い親和性——維持管理に関わる労働量が根本的に少ない設計です。

従来のLCC(ライフサイクルコスト)評価では、この比較においてA方式が「コスト的に有利」という結論になる場合があります。しかし、ここに落とし穴があります。LCCはあくまでもお金の指標であり、維持管理に必要な「人手の消費量」は計上されていません。

労働力が豊富だった時代には、この見落としは大きな問題になりませんでした。人が確保できる前提であれば、コストが安い方式を選ぶことは合理的です。しかし、維持管理の担い手そのものが希少になっている時代には、この評価の欠落が致命的な判断ミスを生みます。A方式を選んだ結果、設備はあるのに維持できる人間がいないという状況は、すでに各地で現実のものとなりつつあります。

コストだけを見た最適解が、人手という制約を加えると最適解でなくなる——この逆転が、現代のインフラ選択に静かに忍び込んでいます。


第3章:新しい評価軸「HLR(Human Labor Requirement:人的労働必要量)」とは

こうした問題意識から、本稿では「HLR(Human Labor Requirement:人的労働必要量)」という評価指標を提案します。

HLRの定義は、「あるインフラの建設から運用・点検・修繕・更新・廃棄に至るライフサイクル全体を通じて消費される、総労働力の量」です。建設時の直接作業だけでなく、日常の運転管理・定期点検・薬品補充・異常対応・部品交換・設備更新といった維持管理フェーズの労働、さらには設計・監理・記録・報告といった間接労働も含めた、包括的な人的資源の消費量を定量化する指標です。

HLRの発想の根底にあるのは、「労働力を、水やエネルギーと同様に、有限で希少な社会資源として定量的に捉える」という視点です。

水は使いすぎると枯渇します。エネルギーも同様です。そして労働力も、社会全体として使える総量には限りがあります。人口が増えている時代には、この限りはそれほど意識されませんでした。しかし人口が減少し、特定の技術・知識を持つ専門労働力が希少化する時代には、「このインフラを選ぶことで、社会の限られた労働力のどれだけを消費するか」という問いが、インフラ選択の核心に据えられるべきです。

HLRを数値化することで、以下のような判断が可能になります。同じ機能を持つ二つのインフラ方式があるとき、LCCだけでなくHLRも比較することで、「お金と人手の両方を考慮した最適解」を導くことができます。また、地域全体のインフラ群を俯瞰したとき、限られた技術者リソースをどのインフラにどう配分すべきかという、ポートフォリオレベルの意思決定にも活用できます。


第4章:「安く作れるか」から「少ない人で維持できるか」への転換

重要なのは、HLRの導入がLCCなどの既存評価指標を否定するものではないという点です。

環境インフラの評価ではすでに、CO2排出量やエネルギー消費量といった「お金以外の指標」が加わっています。建設物の環境評価(ZEBやZEH)では、金銭コストだけでなく環境負荷という別の次元が評価に組み込まれています。HLRは、これと同じ発想です。「お金(LCC)」「環境負荷(CO2等)」「人手(HLR)」という3つの軸を並べることで、一次元的なコスト評価では見えなかったインフラの本質的な持続可能性が見えてきます。

「安く作れるか」という問いは、引き続き重要です。しかしそれに加えて「少ない人で維持できるか」という問いを加えることで、人口減少時代のインフラ選択は初めて現実に根ざした判断になります。省人化・自律化されたインフラ構造を意図的に選択し、社会全体の限られた労働力資源を真に重要な領域へ集中させていくこと——HLRはそのための思考の道具です。


第5章:本シリーズの今後の展望

本稿はHLRという概念を提示する第1回として、その必要性と基本的な定義を論じました。今後のシリーズでは、この概念をさらに具体的に展開していく予定です。

第2回では、道路・橋梁・電力・上下水道など、さまざまなインフラ分野にHLRの視点を当てはめ、方式ごとの人手消費の違いを比較・整理します。第3回では、LCCとHLRを統合した新たな評価軸「社会維持コスト指数(SCI)」の概念を提案します。お金と人手を同一の枠組みで扱うことで、より総合的なインフラ評価が可能になります。第4回では、水道インフラを具体例にHLRを適用し、方式の違いが人手消費にどれだけの差を生むかを示します。第5回では、HLRが普及した未来において、インフラ選択の意思決定プロセスがどのように変わり得るかを展望します。

それぞれの回で、HLRという新たな評価軸の輪郭が少しずつ鮮明になっていきます。


おわりに:人手という新しい評価軸が照らし出すもの

「このインフラを選ぶことで、どれだけの人手を将来にわたって消費するか」——この問いを持つことで、次世代に残すべきインフラの形が違って見えてきます。

お金の節約だけを追えば、今は合理的に見える選択が、人手不足という現実の前に30年後に破綻するかもしれません。逆に、HLRを意識した選択は、初期コストの高さを上回る持続可能性を、長期的に社会にもたらします。

インフラの意思決定は、今の世代だけの問題ではありません。今作るものを誰が維持するかは、これからの世代が担う問題です。その世代に「維持できないインフラ」を残さないための評価軸として、HLRは機能します。

人口減少という不可避の現実を前に、インフラ評価の言語を更新すること——それがHLRという概念が持つ、最も根本的な意味です。

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