1.下水道管の破損といえば、道路陥没
2025年1月、埼玉県八潮市で大規模な道路陥没事故が発生しました。下水道管の腐食・破損が関係した事故として大きく報道され、下水道管の老朽化が社会的に注目される契機となりました。
しかし、下水道管が破損すると、必ず道路が陥没するのでしょうか。もちろん、そのようなことはありません。管路の破損の程度、埋設条件、周辺地盤、地下水位などによって、発生する現象は異なります。道路陥没は、下水道管の異常が地表に現れる一つの形にすぎません。
ここから、地表に異常が現れない場合を考えてみます。
2.水道管と下水道管では、漏水の現れ方が違う
水道管は通常、圧力がかかった状態で水が流れています。そのため、管路に穴が開けば水が管外へ流出し、水圧や流量の異常として検出できる場合があります。
一方、下水道管の多くは自然流下方式です。管内の水位は流量によって変化し、必ずしも満管ではありません。小口径の下水管に小さなクラックが生じても、下水はそのまま下流へ流れ続けることがあります。その一部が管外へ漏れたとしても、流量の変化はわずかで、地表にも異常が現れないかもしれません。
違いを次の表に整理します。
| 水道管 | 下水道管(自然流下) |
|---|---|
| 原則として加圧状態 | 重力による流下が主体 |
| 破損部から水が流出しやすい | 水位条件によって漏出・浸入が変わる |
| 水圧・流量異常などで発見できる場合がある | 少量の漏出は発見が難しい場合がある |
| 漏出するのは浄水 | 漏出する場合は汚水 |
もちろん、水道管でも発見されない漏水はあります。ここでの私の主張は、自然流下式の下水道では、管が破損していても通常どおり流れ続け、異常に気付きにくい場合があるということです。
3.下水管に穴が開いたら、必ず汚水が漏れるのか
実は、下水道管が破損しても、必ず汚水が管外へ流出するわけではありません。重要なのは、管内の水位と周辺の地下水位の関係です。
- 地下水位が高い場合:地下水が破損部から下水管へ入り込むことがあります。これは「浸入水」と呼ばれ、下水処理量の増加につながる場合があります。
- 管内水位が周辺の地下水位より高い場合:汚水が破損部から周辺地盤へ漏出する可能性があります。これが、今回注目する現象です。
同じ管路でも、降雨や季節による地下水位の変動、下水流量の変化によって、状況が変わることも考えられます。なお、地下水面より上にある管でも、周囲の不飽和土壌へ汚水が浸透する可能性があります。
したがって、破損していることと、汚水が地下水へ到達していることは、別の問題として考える必要があります。
4.少量の汚水が、長期間にわたって漏れ続けたら
ここが、今回の記事の中心です。
例えば、住宅地の小口径下水管に小さな破損があり、そこからわずかな汚水が漏れていたとします。漏出量が小さければ、道路が陥没することもなく、下水道機能も維持されるかもしれません。
しかし、その状態が何年も続いたらどうでしょうか。漏れ出した汚水は周辺地盤に浸透し、その一部が地下水へ到達する可能性があります。生活排水には、有機物、窒素、リン、塩類、微生物などが含まれています。
もちろん、土壌には、有機物の分解や物質の吸着、微生物の除去など、一定の浄化作用があります。したがって、漏出した汚水がそのまま地下水へ到達するとは限りません。それでも、継続的な汚水の供給が、周辺の地下水環境へ影響する可能性は否定できません。
私は、この状態を「静かな漏水」と呼びたいと思います。地表に何も異常がなく、下水道も普通に使えている。しかし地下では、少量の汚水が長い時間をかけて周辺地盤へ浸透しているかもしれない。
なお、「静かな漏水」は、あくまで説明のための表現です。専門的には、sewer exfiltration(下水管からの汚水漏出)という用語が使われています。
5.地下水に入った汚水は、どう変化するのか
ここからは、水処理に携わる者としての視点を加えます。
生活排水に含まれる有機物が地盤中へ供給されると、微生物による分解が進みます。酸素の供給が限られ、有機物の負荷が大きければ、酸素が消費され、局所的に還元的な環境になることがあります。このような環境では、アンモニア性窒素が残存しやすくなり、硝酸性窒素が存在すれば脱窒が進む場合もあります。
ただし、地下水環境は一様ではありません。浅い地下水や、酸素が供給されやすい場所では硝化が起こることもあり、地質や流動条件によって窒素の挙動は変わります。
重要なのは、次の点です。
汚水が地下に漏れた場合、その成分は土壌や地下水中で変化するため、単純な水質検査だけでは汚染源を特定できない。
また、地下水の水質に異常があっても、それが下水管によるものとは限りません。農業、生活排水処理施設、地質、井戸の衛生状態など、ほかの要因も考えられます。
この点は、次回の水質監視の話につながります。
6.このような地下水への影響は、すでに研究されている
今回の話は、単なる想像ではありません。海外では、下水道管からの汚水漏出を sewer exfiltration と呼び、漏出量や地下水への影響が研究されています。
2008年に Rutsch らが Water Research 誌に発表したレビュー論文は、長年にわたる研究にもかかわらず、下水管からの漏出量の大きさはいまだ明確でないと述べています。
実測の例としては、米国カリフォルニア州サンディエゴで行われた研究があります(Griffith ら、2025年、Frontiers in Environmental Science)。この研究では、供用中の下水管の区間を一時的に隔離し、約4,200リットルの水を通常に近い水位で流し、回収できた量との差から漏出量を測定しました。対象は、呼び径8~10インチ(約200~250mm)の公共下水管23区間です。
結果として、外れ値を除いた平均で、管1kmあたり毎秒約0.04リットルの漏出が測定されました。一方で、地下水が管内へ入り込んでいた区間や、漏出が統計的にゼロと区別できない区間もありました。管材や管齢による統計的な差は認められていません。また、直近の映像調査で欠陥が軽微、あるいは確認されなかった管でも、水量の減少が見られたものがあったと報告されています。
ただし、ここで重要なのは、日本の小口径下水管から全国的に汚水が漏出していると確認されたわけではないということです。この研究は、半乾燥地域の降雨のない時期に行われました。管材、施工状態、地下水位、地質などによって、状況は大きく異なります。
海外の研究は、あくまで「このような現象は実際に研究対象となっている」という裏付けとして紹介するものです。
7.見えない地下だからこそ、状態を知ることが大切
全国の小口径下水道管をすべて掘り返して調査することは、現実的ではありません。しかし、目立った事故が発生していないことだけをもって、すべて健全だと判断することもできません。今後、下水道管の高齢化が進むなかで、地下水への影響も含めた新しい監視の考え方が必要になるかもしれません。
そこで、一つの疑問が生まれます。もし老朽下水管から少量の汚水が漏れているとしたら、周辺の地下水を定期的に調べることで、その兆候を発見できないでしょうか。
実は日本では、すでに全国的な地下水質の常時監視が行われています。では、その水質検査は、下水道管からの汚水漏出を発見するのに適した内容なのでしょうか。
下水道管の老朽化問題は、道路陥没という目に見える事故だけではありません。地表には現れない小さな異常にも、今後は目を向けてよいのではないか。
