1. 「水不足」というイメージ
「水不足」という言葉を聞いたとき、多くの人が砂漠の風景や干上がった湖を思い浮かべるのではないでしょうか。アフリカのサヘル地帯、中東の乾燥地帯、縮小するアラル海——そういった極端な乾燥地域の映像が、「水不足」のイメージとして定着しています。
しかし実際には、水不足は砂漠だけの問題ではありません。大都市の郊外でも、農業地帯でも、半導体工場の周辺でも、そして今急速に増えているデータセンターの周辺でも、水の確保は深刻な課題になっています。
水を必要とする場所と、水が豊富にある場所は必ずしも一致しません。そしてこれから世界が必要とする水の量は、さらに増えていく可能性があります。今回はその「需要側」から、水の問題を見ていきます。
2. まず、人が増える
世界人口の推移から始めましょう。2024年時点で約82億人の世界人口は、国連の中位推計によれば2050年に約96億人、2080年代には約103億人程度でピークを迎えると見込まれています。
ここで一点、強調しておきたいのは「人口は永遠に増え続ける」という話ではないという点です。21世紀後半には世界人口そのものがピークを迎え、その後は緩やかに減少に向かう可能性が高いとされています。
しかし問題は、それまでの数十年間です。あと約20億人分の食料・生活・都市・産業を支えるための水が必要になります。そしてその水をどこから確保するのかという問いが、これからの世界が向き合う課題の一つです。
3. 人間が「飲む水」は、実は水需要の中心ではない
ここで一つ、多くの人が持っているイメージを修正しておきたいと思います。「人口が増えれば、飲み水が増える」という発想です。
確かに人口が増えれば飲料水の需要も増えます。しかし世界の淡水取水全体で見ると、農業が約70%を占め、工業が約20%、家庭・都市用水が約12%程度です(国連FAOのデータより)。つまり、人間が生きるために必要な水の大部分は、蛇口から直接飲む水ではありません。食料を作るための水、製品を作るための水、エネルギーを生むための水です。
「水需要」と聞いて飲料水だけを想像していると、問題の本当の姿が見えてきません。
4. 最大の水需要——食べるための水
世界の水需要を考えるとき、中心に置くべきは農業・食料です。
米・小麦・トウモロコシ・野菜・果物・大豆・家畜の飼料——私たちが食べているものはすべて、生産過程で大量の水を必要とします。牛肉1kgを生産するためには約15,000Lの水が必要とも言われます。これは「バーチャルウォーター」と呼ばれる概念で、食料に含まれる「見えない水」のことです。
国連FAOによれば、農業生産が世界の淡水取水量の約72%を占めており、食料安全保障と水資源は切り離せない問題です。人口が増えて食料需要が高まれば、農業用水の需要も増えます。これが、世界の水問題の最も基本的な構造です。
5. 「食料を増やす」だけでなく「安定して作る」必要がある
しかし問題はさらに複雑です。人口が増えれば食料の「量」が必要になるだけでなく、気候変動によって農業が「安定して水を確保できるかどうか」も問われるようになっています。
干ばつが深刻化すれば農作物の収量が落ち、食料価格が上がり、生活への影響が広がります。そこで灌漑によって水を人工的に供給する必要性が高まります。しかし気候変動は降水パターンを変えるため、灌漑の水源そのものが不安定になるという悪循環が生じます。
OECDの推計でも、2050年に向けて世界の灌漑用水需要は増加する見通しが示されています。農業が必要とする水の量は、人口増加だけでなく、気候変動への対応によっても押し上げられます。
6. 「水を奪い合う」という問題
一つの川があるとします。そこから農業・都市・工業・発電・生態系がそれぞれ水を必要とします。水が十分にあれば問題は表面化しません。しかし渇水期に、すべての利用者が同時に水を必要とするとき、「誰が優先されるのか」という配分の問題が生じます。
農業に回すのか。都市の飲料水を優先するのか。工業用水を確保するのか。河川環境に水を残すのか。これは技術の問題ではなく、社会としての選択の問題でもあります。
国連も、都市化に伴って都市と農業の水利用をめぐる競合が強まることを指摘しています。水が「競争的な資源」になるという現実は、すでに世界の多くの地域で始まっています。
7. そして人は都市へ集まる
人口が増えるだけでなく、その人口が都市に集中するという変化も重要です。国連の推計では、2050年には世界人口の約68%が都市に居住するとされています(2020年時点では約56%)。
都市に人が集まると、上水道・下水道・工業用水・食品加工・建設・電力などの水需要が連鎖的に増えます。農村であれば自家消費や井戸で賄えていたものが、都市では集中的に管理された水供給システムが必要になります。
都市は水を「消費する場所」であると同時に、大量の水を集め、使い、処理し、排出する場所でもあります。都市化の進展は、水インフラへの圧力を高めることを意味します。
8. 工業化すると、水の使い方が変わる
経済発展のもう一つの側面が工業化です。低所得国では農業が水需要の大部分を占めますが、所得が上がり工業化が進むと、製造業・半導体・化学・鉄鋼・発電・食品加工などの工業用水需要が増えます。国連の整理でも、高所得国ほど工業用水の比率が高くなっています。
経済発展そのものが、水需要の構造を変えるのです。今まさに工業化・都市化が加速しているアジア・アフリカ・中南米の国々では、これから農業中心の水利用から工業・都市型の水利用へという大きな移行が起きます。
さらに重要なのは、産業が高度化するほど「水の量」だけでなく「水の質」への要求も厳しくなることです。半導体製造では大量の超純水が必要で、医薬品製造でも極めて高い水質が求められます。「水が使える」だけでなく「必要な質の水が確保できるか」が、産業競争力に直結します。
9. そしてAI・データセンター
近年、新しい水需要として注目されているのがAIとデータセンターです。
AI処理の増加→データセンターの電力消費増加→発熱増加→冷却→水需要、という流れで、データセンターの水消費量は急増しています。IEAは、データセンターの世界の電力消費が2024年の約460TWhから2030年には1,000TWh超へ増加すると見込んでいます。
ただしここで注意が必要です。「AIが水不足の主原因になる」とは言えません。世界の水需要全体から見れば、農業に比べてデータセンターの水需要はまだ限られています。しかし問題は「局所性」です。大規模なデータセンターが集中する地域では、その地域の水資源に対して非常に大きな負荷がかかります。データセンターが水を大量に使う地域が、もともと水の少ない場所であればさらに深刻です。
一方で、新しい需要は新しい技術への圧力も生みます。直接液冷・没入冷却・乾式冷却・排熱の有効活用など、「水をできるだけ使わない冷却技術」の開発が加速しています。水問題は技術革新の動機にもなるのです。
10. さて、日本は?
世界では水需要が増える一方で、日本は人口減少の局面にあります。
世界では人口増加・都市化・食料需要の増大・工業化の進展によって水需要が高まっています。日本では人口減少・水需要の縮小・高齢化・技術者不足・インフラの老朽化という課題に直面しています。
一見すると正反対の問題のように見えます。しかし両方に共通するのは、「限られたリソースで水道を維持する」という課題です。世界では増える需要に対して少ないコストで対応する必要があり、日本では縮む需要の中で維持費を下げる必要がある。問題の向きは違っても、「水インフラをどれだけ効率的に運用できるか」という問いは共通しています。
11. 「水不足」と「水需要増加」が重なる
ここで、このシリーズを通じて見てきた供給側と需要側の問題が交差します。
供給側では、気候変動によって降水パターンが変わり、干ばつが増え、雪氷が減少することで、水の安定供給がますます難しくなっています。需要側では、人口増加・食料需要の拡大・都市化・工業化・新技術の登場によって、水を必要とする量が増えています。
「供給の安定性が下がりながら、需要が増える」——この二重の圧力が、これからの水問題をより複雑にします。
12. 「水需要が増える=取水量が同じだけ増える」わけではない
ただし、ここで一つ重要なバランスを加えておきます。水需要が増えるからといって、必ず同じ量だけ水を新たに取水しなければならないわけではありません。
節水農業・漏水削減・再生水の活用・循環利用・高効率な工業プロセス・作物の品種改良など、技術革新によって水の使用効率は上げられます。OECDも、水需要は人口だけで決まらず、技術・価格・産業構造・消費行動・規制など多くの要因に左右されると整理しています。
「需要は増えるが、増え方は人間の選択次第でもある」——この視点を持つことが大切です。
13. 「水の量」から「水の生産性」へ
ここで新しい概念を提示したいと思います。「水の生産性」という考え方です。
1m³の水で、どれだけの食料を作れるか。1m³の水で、どれだけの製品を作れるか。1m³の水で、どれだけの人々の生活を支えられるか——こうした問い方です。単に「水の量を確保する」だけでなく、「同じ量の水からより多くの価値を得る」という方向です。
農業では、点滴灌漑など精密な灌漑技術によって、同じ水量でより多くの作物を育てることができるようになっています。工業では、水の再利用率を高めることで取水量を抑えながら生産を維持できます。この「水の生産性を上げる」という発想が、水問題への重要な答えの一つです。
14. 「水を作る」という発想
それでも水が足りなくなるとき、「新しい水源を作る」という発想が出てきます。
かつては川・湖・地下水から取るだけでした。しかしこれからは、雨水をより効率よく収集・保存すること、一度使った水を再生して使うこと、海水を淡水化すること、大気中の水蒸気を集めること——こうした「水を作る技術」の重要性が増していきます。
ただしいずれの技術にも、それぞれ別の資源を必要とします。海水淡水化(RO)は大量の電力を必要とします。水の循環利用には設備・エネルギー・管理コストがかかります。大気から水を取り出す技術(AWG)にもエネルギーと装置が必要です。雨水を貯めるには土地とインフラが必要です。
15. だから「最も高度な技術」ではなく「最も合理的な技術」
このシリーズ全体を通じて大切にしたい思想を、ここで改めて示しておきます。「何が最も優れた水処理技術か」という問いではなく、「その場所・その水源・その状況で、何が最も合理的か」という問いです。
豊富な川の水がある地域で、海水をROして飲み水にする必要はありません。湿度が高く豊富な大気水分がある地域では、AWG(空気から水を取る技術)が補助水源になる可能性があります。水が極めて貴重な環境では、使った水を徹底的に循環させることが最も合理的かもしれません。
水源・地形・気候・経済・技術力・エネルギー事情——これらの条件によって、最も合理的な答えは変わります。「万能な解決策」は存在せず、文脈に応じた選択が必要です。
16. では、使った水を捨てずに循環させるとしたら
需要が増え、供給が不安定になるなら、一度使った水を捨てずにもう一度使うという考え方は、非常に魅力的に見えます。
「水を循環させる」という発想は、水問題への一つの有力な答えになり得ます。しかし、循環させることにも、それなりのコストと難しさがあります。どこまで循環させられるのか、何をどうすれば安全に使い回せるのか——次回は「循環型水処理」を中心にこの問いを深く考えていきます。
17. 最後に——「水需要が増える世界」をどう見るか
世界人口はいつかピークを迎えます。技術によって水の使用効率も上がります。だから水需要が永遠に増え続けると決まっているわけではありません。
しかし少なくとも今後数十年は、人口が増え、食料が必要になり、都市化・工業化が加速する地域が多く残ります。その地域では、水をめぐる競争が強まる可能性が高い。そしてその一方で、気候変動は水の安定供給をより難しくしていきます。
水が貴重になるなら、一度使った水を捨てるのはもったいない——これは誰もが直感的に納得できる考え方です。では、水を徹底的に循環させればいい。本当にそうなのでしょうか。水を循環させることで、私たちは何を得て、何を新たに背負うのでしょうか。次回は「循環型水処理」を考えてみます。
