海水から水を作るRO――淡水化は、水不足の救世主になれるのか

  • URLをコピーしました!

1. 地球には水がいくらでもある?

「地球は水の惑星」と言われます。宇宙から見た地球の姿は、青く輝く水の星です。では、なぜ人間は水不足に悩むのでしょうか。

地球上の水の総量は約14億km³と推定されています。しかしその約97.5%は海水です。淡水はわずか約2.5%で、そのうち約69%は氷河や氷床として凍結しており、約30%は地下水として存在します。私たちが日常的に利用できる河川や湖沼の淡水は、地球上の全水量のわずか0.01%以下に過ぎません。

つまり「水がない」のではありません。「そのままでは使えない水が圧倒的に多い」のです。もし海水を使えるようにできれば、水問題の大部分は解決するのではないか——そこから生まれたのが、海水淡水化という発想です。

2. 海水を飲めない理由

海水には大量の塩分が含まれています。一般的な海水の塩分濃度は約3.5%程度で、これは人間の体液の約0.9%よりはるかに高い濃度です。

海水をそのまま飲むと、体内の塩分濃度を下げるために大量の水分が必要になり、逆に体から水分が失われて脱水症状になります。農業にもそのまま使えば土壌が塩害で荒廃し、多くの工業用途にも使用できません。

そこで塩分を取り除いて淡水にするという発想が生まれます。これが淡水化(Desalination)です。

3. 淡水化にはいくつかの方法がある

淡水化の技術は一種類ではありません。大きく分けると、熱を使う「蒸発法」と、膜を使う「膜法」があります。

蒸発法は、海水を加熱して蒸発させ、その水蒸気を冷却して純粋な水として回収する方法です。古くから使われており、エネルギーが安価な地域で用いられてきました。膜法は、膜を通して塩分と水を分離する方法で、その代表が逆浸透法(RO:Reverse Osmosis)です。

現在の世界の海水淡水化では、エネルギー効率の向上により、ROが中心的な技術になっています。IDA(国際脱塩協会)のデータによれば、現在稼働している淡水化設備の容量ベースでROが大きな割合を占めています。

4. ROとは何なのか?

逆浸透法(RO)の原理を理解するには、まず「浸透」という現象から始める必要があります。

通常、濃度の異なる二つの液体が半透膜(水は通すが溶けている物質は通さない膜)で仕切られていると、水は濃度の低い方から高い方へ自然に移動します。これが浸透です。

ROはこれを「逆」にします。海水側に高い圧力をかけることで、水分子を強制的に膜を通過させ、塩分を膜の片側に残します。結果として、膜の向こう側には純粋な淡水が、手前側には塩分が濃縮された海水(ブライン)が残ります。

海水→高圧ポンプ→RO膜→淡水+濃縮海水、というシンプルな流れですが、これを実現するためには膜の品質、圧力管理、前処理など多くの技術が組み合わさっています。「逆浸透」という名前は、通常の浸透の方向を逆転させることからきています。

5. ROは非常に強力な技術である

ROは、海水から非常に高い純度の淡水を製造できます。この点は率直に評価する必要があります。

ROの主なメリットとしては、大量の淡水を安定して製造できること、大規模化・自動化がしやすいこと、沿岸部に設置しやすいこと、処理後の水質が比較的安定していること、さまざまな規模に対応できることが挙げられます。

膜技術の進歩により、かつてと比べてエネルギー消費量も大幅に改善されてきました。エネルギー回収装置を組み合わせることで、回収したエネルギーを処理プロセスに再利用する技術も進んでいます。

6. だから中東ではROが重要になる

ROが最もその真価を発揮しているのが、中東の乾燥地域です。

サウジアラビア・UAE・クウェート・イスラエルなどの国々は、年間降水量が極めて少なく、大きな河川もなく、地下水にも限りがあります。しかし、周囲には海があります。

「自然条件の制約から、海水淡水化以外に現実的な選択肢がない」——これらの国々にとって、ROを中心とした海水淡水化は贅沢ではなく、社会インフラそのものです。イスラエルは国内の水需要の相当部分を淡水化でまかなっており、干ばつに対する水の自給力を高める重要な手段になっています。

7. 島嶼地域でも重要

ROが特に重要なのは、中東だけではありません。離島・小さな島・観光地・海外の離島など、淡水源が限られている一方で海に囲まれた場所でも、ROは現実的な水源になります。

日本でも、本土から離れた離島では海水淡水化が生活水の供給に活用されているケースがあります。水源の選択肢が限られた環境では、ROは不可欠なインフラの一部です。

8. しかしROの最大の問題——エネルギー

ここで記事の大きな転換点があります。

ROは海水から淡水を取り出しますが、それは魔法ではありません。高圧ポンプで海水に大きな圧力をかけることで、水分子をRO膜に押し通しています。この「高圧をかける」ために、大量の電力が必要です。

海水淡水化のROシステムに必要なエネルギーは、エネルギー回収装置の使用などで改善が進んでいますが、それでも相当量の電力消費を伴います。河川水を処理する通常の浄水と比べると、はるかに多くのエネルギーが必要です。

ここに、このシリーズを通じて伝えたい重要なメッセージがあります。「水を作る技術は、実はエネルギー技術でもある」ということです。

9. だから「海がある=水不足は解決」ではない

海水は事実上無限にあります。しかし、海水から淡水を作る能力は無限ではありません。

淡水化施設を建設・運営するには、電力・設備・高性能な膜・ポンプ・前処理装置・保守・そして製造した水を配水する仕組みが必要です。これらすべてに、お金・技術・人員・エネルギーがかかります。

「海があるから水問題は解決できる」という単純な楽観論は正確ではありません。淡水化は水不足への強力な答えの一つですが、万能の解決策ではなく、それ自体がコストと資源を必要とするシステムです。

10. さらにRO膜は「何でも入れられる」わけではない

ROがその性能を発揮するためには、膜を保護するための前処理が欠かせません。

海水には懸濁物・微生物・有機物・微粒子など、多様な成分が含まれています。これらをそのままRO膜に送り込むと、膜の表面が汚染される「ファウリング」や、スケール物質が膜に付着する「スケーリング」が起きます。膜が目詰まりすると処理効率が大幅に低下し、膜の寿命も短くなります。

そのため、実際のROシステムでは、取水後にまず粗ろ過や凝集・ろ過などの前処理を経てからRO膜に水を送り、ROの後にも後処理を行う、という多段階の構成になっています。

11. 「膜を守るためには、その前の処理が重要」という原理

ここで重要な視点があります。ROという高性能な技術も、その性能を維持するためには「前処理」がいかに重要かという点です。

ROは確かに海水から淡水を作る強力な技術です。しかし、その能力を最大限に発揮させ、膜の寿命を延ばし、安定した運用を続けるためには、ROに到達するまでの水の品質管理が不可欠です。

淡水処理においても、後段の精密な処理ほど、その前段で水をどれだけ整えておくかが、システム全体の効率とコストを左右します。「高度な処理」と「前処理の重要性」は表裏一体の関係にあります。

12. もう一つの問題——濃縮海水(ブライン)

ROプロセスでは、海水から淡水を取り出した後に、塩分が高濃度に濃縮された水が残ります。これを「ブライン」と呼びます。

重要なのは、ROは塩分を消したのではないということです。水から塩分を分離して、別の形にしただけです。淡水化施設では、処理する水量に応じた量のブラインが常に発生します。

ブラインは通常より塩分濃度が高いため、これをどう扱うかは環境面での重要な問題です。

13. ブラインはどうするのか?

最も一般的な方法は、海へ放流することです。しかし単純に放流すればよいわけではありません。

放流地点・拡散の方法・周辺の水温への影響・海洋生態系への影響・前処理で使用した化学薬品の残留——これらを慎重に検討する必要があります。局所的に塩分濃度が高くなると、底生生物や海藻などへの影響が懸念されます。

淡水化施設は「淡水を作る」だけでなく、「濃縮された塩分をどう扱うか」という問題も合わせて設計する必要があります。これは技術的な課題であると同時に、環境的・社会的な課題でもあります。

14. エネルギー問題と環境問題はつながっている

ROが大量の電力を消費するという問題は、環境問題とも深く関わっています。

その電力を火力発電で供給すれば、CO₂が排出されます。海水から水を作ろうとすればするほど、温室効果ガスも増えます。これは逆説的ですが、気候変動によって水不足が深刻化し、水不足への対策としてROを使えば使うほど、気候変動の原因を増やす可能性があります。

この問題を解決する方向性の一つが、再生可能エネルギーと組み合わせることです。

15. だから「再生可能エネルギー+RO」が注目される

太陽光や風力など再生可能エネルギーと、ROを組み合わせることで、CO₂排出を抑えながら淡水を製造できます。

水不足が深刻な地域は、日射量が豊富な乾燥地域と重なることが多い——この事実は重要です。水不足とエネルギー問題を同時に解決できる可能性があるからです。砂漠地帯の太陽光で電力を作り、その電力でROを動かして海水から水を取り出す。こうした組み合わせが、実際にいくつかの地域で実用化されています。

16. 「電力を水に変える」という見方

ここで少し発想を変えてみましょう。ROとは、電力を使って海水を淡水に変えるシステムです。

1kWhの電力があるとして、それを電気自動車の走行に使うのか、工場の機械に使うのか、家庭の電灯に使うのか、あるいはROで水を作るのか——電力の用途として「水を作ること」が選択肢に加わります。

水が極めて貴重な地域では、電力を使って水を作ることが社会的に最も重要な選択になり得ます。そう考えると、これからの水政策はエネルギー政策と切り離せないことが見えてきます。

17. ROは「大量の水」を作るのが得意

ROの特性として特筆すべきは、大規模化した場合の処理能力の高さです。世界最大級の淡水化施設では、1日に数百万m³という規模の淡水を製造しています。

「海水という液体の水源があり、そこから大量の淡水が必要」という条件に対しては、ROは現時点で最も実績のある技術です。

一方、「液体の水源そのものが乏しい場所」——例えば乾燥した内陸部や、孤立した場所——ではどうでしょうか。そこでは海水もなく、ROを使おうにも原料の海水が届きません。大気中の水蒸気から水を作るAWG(Atmospheric Water Generator)という別のアプローチが、そうした環境では検討される理由の一つです。この点については次回詳しく取り上げます。

18. 「水を作る」技術にも向き不向きがある

ここで一度整理しておきましょう。

河川や湖などの淡水源がある場所では、浄水処理によって使用可能な水を作ることが最も合理的です。雨水が豊富に降る地域では、貯留と浄水という組み合わせが基本になります。海に面していて淡水源が乏しい場所では、ROが有力な選択肢になります。液体の水源そのものが乏しい環境では、別のアプローチが必要になります。

大切なのは「最も高度な技術を使うこと」ではなく、「その場所にある水源と条件に最も合った技術を使うこと」です。

19. 日本でROをどう位置づけるか

日本は四方を海に囲まれており、海水は豊富にあります。しかし同時に、雨・河川・ダム・地下水という淡水資源も相対的に豊富です。したがって、日本全体の水需要を海水淡水化で賄う必要性は低く、それはコスト面でも合理的ではありません。

一方で、離島・渇水が繰り返される地域・大規模な水道インフラが届かない場所・災害時の緊急水源・特殊な水質が求められる用途などでは、ROは重要な技術の一つになります。

「ROが優れているから使う」のではなく、「水源の条件に応じて、ROが最も合理的な選択肢になる場合に使う」——この考え方がシリーズ全体を通じての一貫したスタンスです。

また、一つ問いを置いておきたいと思います。ROは海水という塩水に対して非常に強力です。では、すでに淡水である河川水を処理する場合にも、同じような高度なエネルギー投入が必要なのでしょうか。この問いへの答えは、このシリーズの後半で改めて考えます。

20. 「最も高度な処理=最も良い処理」ではない

ROは非常に高性能な技術です。しかし、河川に十分な水があるのにわざわざ海水をROして飲み水にする必要はありません。技術の優劣と、その技術を使うべき状況は別の問題です。

水処理には、目的・水源・規模・エネルギー条件・コスト・人員体制・維持管理能力など、多くの条件が絡み合います。「最も高度な技術を使えば良い」のではなく、「その場所の条件に最も合った技術を使うことで、長期的に安定した水の供給を実現できる」——この視点がこれからの水インフラを考えるうえで重要です。

21. 最後——水を作るには「何か」を使う

海水淡水化によって、私たちは海から水を取り出すことができます。しかしそのためには電力・設備・膜・土地・人・そしてブラインを処理する仕組みが必要です。

「水を作る」ということは、何もないところから水を生み出すことではありません。別の資源を使って、水を利用可能な形に変えることです。ROは海水から大量の淡水を作れる強力な技術ですが、それは電力・設備・前処理・ブライン処理という代償の上に成り立っています。

では、海水ではなく、空気から水を取り出すことはできないのでしょうか。最近少しずつ耳にするようになったAWG(Atmospheric Water Generator)です。空気から水を作る技術は、水不足への新たな答えになり得るのでしょうか。次回はそれを考えていきます。

よかったらシェアください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次