「水をきれいにする」とは、いったい何をすることなのだろう?

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水処理の仕事をしていると、当たり前のように薬品や機械を使います。

凝集剤を入れて、撹拌して、沈殿させる。

ポンプで水を送る。

必要なら膜でろ過する。

曝気するためにブロワを動かす。

そして、きれいになった水を取り出す。

私たちは「水をきれいにする」という目的のために、いろいろなものを投入しています。

でも、ふと考えることがあります。

その投入しているものは、いったいどこから来たのだろう?


例えば、1m³の水を処理するのに、凝集剤を5g使うとします。

5g。

数字だけを見ると、それほど大した量には感じません。

でも、その5gの凝集剤は、突然そこに現れたわけではありません。

原料があって、

原料を採取する人がいて、

工場があって、

化学反応があって、

熱や電気を使って、

製品にして、

容器に詰めて、

トラックなどで運ばれて、

ようやく水処理施設に届きます。

そして、その5gが水に投入される。

そう考えると、私たちが見ている「5g」という数字の向こう側には、実にたくさんのものが隠れています。


ポンプも同じです。

「このポンプは○kWです」

という数字を見ることがあります。

水処理施設を運転するためには、もちろん電気が必要です。

でも、そのポンプ自体も、誰かが材料を加工して、工場で組み立てて、運んできたものです。

鉄や銅や樹脂が必要だったでしょう。

工場を動かすエネルギーも必要だったでしょう。

ポンプが壊れれば、部品を交換する必要があります。

そして最後には、廃棄されます。

もちろん、だからといって「ポンプを使うな」という話ではありません。

ポンプがあるからこそ、水処理ができる。

薬品があるからこそ、効率よく水をきれいにできる。

それは間違いありません。

ただ、

「水をきれいにする」という一つの仕事のために、私たちはどれくらいのものを動かしているのだろう?

という疑問が、なんとなく頭に浮かびます。


目次

もっと何も使わない水処理はできないだろうか

ここからは、まだ答えがあるわけではありません。

ただ、こんなことを考えています。

もし、薬品をほとんど使わずに水をきれいにできたら?

もし、ポンプを使わずに水が勝手に流れていったら?

もし、撹拌機を使わなくても自然に混ざる仕組みがあったら?

もし、電気をほとんど使わずに微生物や植物が水をきれいにしてくれたら?

もし、太陽の光や風や重力を、もっと上手に利用できたら?

そう考えていくと、なんだか面白くなってきます。

水処理というのは、もしかすると「機械をたくさん使って水をきれいにする技術」だけではないのかもしれません。


自然は、もともと水をきれいにしている

考えてみれば、自然界では巨大な水処理施設があちこちで動いています。

雨が降り、

土の中を水が流れ、

砂や石を通り、

植物が育ち、

微生物が活動し、

川が流れ、

太陽が照らす。

そこには、ポンプもありません。

凝集剤を投入する人もいません。

撹拌機もありません。

それでも、長い時間をかけて水は変化していきます。

もちろん、自然界の浄化能力だけでは処理できない汚染もあります。

人間がつくった工場排水や生活排水を、そのまま自然に任せればいいという話でもありません。

だからこそ、

自然がもともと持っている「水をきれいにする力」を、工学的にもう少し上手に利用できないだろうか。

そんなことを考えています。


「高性能」ではなく「何もしない」を目指す

水処理の技術というと、どうしても、

もっと速く。

もっと大量に。

もっときれいに。

もっとコンパクトに。

という方向に進みがちです。

それはそれで、とても重要な技術です。

でも、もし別の方向があったらどうでしょう。

「もっと高性能な機械をつくる」のではなく、

「そもそも機械を使わなくてもいい方法を考える」。

「もっと効率のいい薬品を開発する」のではなく、

「薬品そのものを必要としない方法を考える」。

「もっと強力なポンプを使う」のではなく、

「ポンプがなくても水が動くようにする」。

これは、今までの水処理技術とは少し違う発想です。


もしかすると「装置をつくる」ことではないのかもしれない

究極までシンプルにしていくと、水処理装置はどうなるのでしょう。

タンクがあって、

砂や石があって、

植物があって、

微生物がいて、

水が重力でゆっくり流れていく。

そこに太陽が当たり、風が吹く。

人間は、それを邪魔しないように少しだけ形を整える。

もしかすると、それくらいでいいのかもしれません。

もちろん、現実の水処理には水質基準があり、処理能力があり、設置面積があり、安全性があり、さまざまな条件があります。

だから、そんなに簡単な話ではありません。

でも、

「人間が水をきれいにする」のではなく、「自然が水をきれいにするのを、人間が少し手伝う」。

もし、そんな水処理ができたら。

それは、かなり面白いのではないでしょうか。


できるだけ「何も使わない」

最近、そんなことをぼんやり考えています。

薬品を減らす。

電気を減らす。

ポンプを減らす。

機械を減らす。

部品を減らす。

そして、それらを減らした分だけ、自然に仕事をしてもらう。

もちろん、自然に任せればすべて解決するわけではありません。

むしろ、自然を相手にするからこそ、難しいこともたくさんあるでしょう。

でも、そこには今までとは違う水処理技術の可能性があるような気がします。

「どれだけたくさんのものを使って水をきれいにできるか」ではなく、
「どれだけ少ないものしか使わずに、水をきれいにできるか」。

そんな水処理装置を、一度考えてみたい。

まだ、具体的な答えはありません。

だからこそ、面白いのかもしれません。

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