第1章:現場の発見――都内河川のサンプリング調査で直面した「驚き」
知られざる東京の「川網」とその水質
とある業務で、都内の多様な中小河川を訪れて水質サンプリングを実施する機会がありました。
隅田川、荒川、神田川、多摩川といった一級河川は広く知られていますが、実際に都内を歩いてみると、地図には載っていない無数の中小河川が網の目のように広がっていることに気づかされます。かつては生活用水や農業用水として地域の暮らしと密接に結びついていたはずの流路が、今は整備されたコンクリート護岸と遊歩道に囲まれながら、静かに流れ続けています。
この調査で、技術者として予想してはいたものの、改めて実感として直面したことがありました。
水処理経験者だからこそ嗅ぎ分けられる「独特の匂い」
川のそばに近づくたびに、ある臭いが漂ってきました。
悪臭という表現は正確ではありません。生下水の臭いとは明らかに異なります。それは、下水処理場での業務を数多く経験した者が、どこかで一度嗅いだことのある「あの匂い」でした。下水を生物処理し、沈澱させ、消毒したプロセスの後に残る、固有の臭気です。アンモニアでも腐敗臭でもなく、嫌気・好気処理特有のあの独特の匂い。
今回私が訪問した東京の多くの中小河川は、この匂いをまとっていました。
これは特定の川への批判ではありません。私が現場で実際に感じた臭いのファクトとしての記録です。そしてこの現象が生じる理由には、東京という都市の構造的な背景があります。
第2章:過密都市・東京の宿命――河川流量と下水処理水のアンバランス
東京の川を流れる水の「正体」
1,400万人以上の人口を抱える東京都市圏では、毎日膨大な量の下水が排出され、24時間体制で下水処理場が稼働しています。処理された水は放流基準を満たした状態で河川に戻されます。
問題の核心はここにあります。東京の中小河川、特に上流部に大きな集水域を持たない都市内の流路においては、天然の降雨由来の水よりも、上流の下水処理場から放流された「下水処理水(再生水)」が河川流量の大部分を占めているケースが多い。晴天が続くと天然流量が減り、下水処理水の比率がさらに高まります。場合によっては、流れている水のほぼすべてが下水処理水という流路も存在します。
これは違法でも異常でもありません。処理水は水質基準を満たしており、放流は適法です。しかし、処理によって水中の数値的な汚染指標(BOD・SS等)が改善されていても、処理プロセスで生成された微量の臭気成分が、あの「処理水臭」として残り続けます。
親水空間としての理想と現実の乖離
近年、東京の河川沿いは整備が進んでいます。それこそ今回訪問した隅田川や、荒川沿い。それらの河川ではBODや透明度の数値は高度経済成長期と比べて劇的に改善されました。清潔に整備された遊歩道でジョギングや散歩を楽しむ市民の姿が増えました。
しかし、この臭気が残る限り、本当の意味で市民が心地よく憩える「親水空間」にはなり得ていないと感じます。
水辺に座って本を読もうとしても、あの匂いが気になる。子供が川に触れようとするのを無意識に躊躇させる。自転車で通り過ぎるのは快適でも、立ち止まって川面を眺める気にはなれない——これは市民の過敏さではなく、都市設計が解決し切れていない現実の課題です。
数値は改善された。景観も整備された。しかし人間の嗅覚が感じる「川の本来の匂い」との乖離は、まだそのままです。
第3章:原体験――水処理の世界へ足を踏み入れた「長崎の記憶」
小学生の鼻を突いた強烈などぶ川の臭い
なぜ自分がこの仕事を選んだのか、と尋ねられることがあります。その答えを考えるとき、頭の中に一つの記憶が必ず浮かびます。
小学生の頃、親に連れられて長崎市の中心部を訪れたことがありました。観光地として有名なその街を歩いていたとき、ある川のそばを通りかかりました。その瞬間、鼻を突く強烈な臭いが漂ってきました。高度経済成長期の都市河川が抱えていた、生活排水と工場排水が混じり合った、典型的などぶ川の悪臭でした。
子供ながらに「何だこれは」と大きな衝撃を受けました。きれいな街並みの中に、突然あの臭いがある。その落差が、強く記憶に刻まれました。
あの川を綺麗にしたい、という初期衝動
その記憶は、時間が経つほど薄れるのではなく、むしろ輪郭が鮮明になっていきました。
「あの川の水を、綺麗にできないだろうか」
技術的に何も知らなかった子供の頃の、素朴な問いです。
しかしその問いが、水処理・水道という分野を生業として選んだ根にあります。国内外の水処理現場を経験し、小規模水道の設計を手がけ、被災地の水支援に関わり、水源林の重要性を語るようになった今も、あの川の匂いの記憶がこの仕事のブレない軸になっています。
第4章:いつか、東京の川の匂いを「普通のもの」にするために
水道の先にある、水環境全体のグランドデザイン
水未来研究所として、今この瞬間の最優先課題は明確です。
地方・集落の小規模水道が抱える課題——老朽化対策、人材不足、経営の持続可能性、安全な水の安定供給——に、現場の技術者として全力で取り組むことです。
蛇口から安全な水が出ることを当たり前に守り続けること。それ自体が、命のインフラを担う者としての本分です。
しかし技術者として、視野は蛇口の先にも向いています。
人が使った水は、下水道を経て処理され、河川に戻ります。その水が海に流れ、蒸発し、雨となって山に降り、地下水となり、湧水となり、また取水されて水道になる。水はひとつの大きな循環の中にあります。水道の「入口」だけをきれいにしても、その「出口」である河川や海の水環境が劣化し続けるなら、循環全体としての豊かさは失われていきます。
未来へ遺すビジョン
技術者としての最終的な夢を、ここに書き記しておきます。
東京の都市河川を流れる水が、下水処理水の臭気をまとわず、本来の川が持つ自然な匂いを取り戻すこと。川のそばに座って、目を閉じて、深呼吸できる都市の水辺が生まれること。子供が川に手を伸ばすことを大人が躊躇しない、親水空間の本来の姿が実現すること。
これは遠い理想論ではなく、技術的に取り組むべき課題として現実に存在しています。下水処理技術の高度化、処理水の再生利用と放流の最適化、都市内の水循環の再設計、河川の自然浄化能力を活かした水環境の回復——これらは今日の技術で議論できる領域です。
水未来研究所は、蛇口の入口(水道)から出口(河川・環境)まで、水の循環全体を見通す技術者集団でありたいと思っています。目の前の小規模水道の一本の配管に丁寧に向き合いながら、東京の川の匂いが変わる日を目指して、仕事を続けていきます。
あの長崎の川の記憶が、まだこの仕事を動かしています。
