はじめに:復旧という言葉が隠す「長期間の空白」
第1部では、外部からの供給が途絶えることで巨大都市の生命維持が破綻する現実を、第2部では、助ける側もまた被災し、支援の実効能力には厳しい限界があることを見てきました。この第3部では、その先にある「復旧」そのものの現実に踏み込みたいと思います。
復旧とは、壊れたものをただ元に戻す工事ではありません。被災地の外側にある産業・設計・人材のネットワークを、長期間にわたって注ぎ続けることで初めて成立する、息の長い営みです。復旧の速度は、被災地の被害の大きさだけでなく、被災地の外側にどれだけの余剰生産力・設計力・輸送力が残っているかによって決まります。日本全体が同時に傷つく南海トラフ巨大地震では、復旧は「すぐには始まらない」という前提に、私たちは立つ必要があります。「時間をかければいずれ元通りになる」という漠然とした安心感こそ、まず疑うべき前提だと私は考えています。この前提を疑うところから、本当の意味での備えが始まると私は思います。
この第3部で描きたいのは、単なる悲観論ではありません。「部材は特注品で納期が年単位」「古い規格の再設計が必要」「指示役のブレーン自体が被災している」という三重苦が、なぜ復旧を長期化させるのかを、具体的な事例に沿って淡々と描いたうえで、だからこそ人口規模に応じたインフラの縮退・再設計や、現地で完結する自律型・分散型システムが必要になるという、建設的な結論へとつなげていきたいと思います。「壊れたら直せばいい」という前提が、平時の感覚のままでは通用しないことを、まずは具体的な数字と事例から確認していきます。
第1章:インフラの部材はどこにでもあるわけではない──特注品と長納期の現実
大都市の基幹インフラを支える部材は、汎用品ではありません。特注品ゆえの長い納期は、平時から意識されることの少ない、隠れたリスクだと私は考えています。全国管工事業協同組合連合会のマニュアルでも、受注生産等により入手困難な大口径管材料等については、平常時から日本水道工業団体連合会や日本ダクタイル鉄管協会、日本水道鋼管協会等の業界団体を通じて保有情報を収集しておく必要があると指摘されています。布設年次が古く旧型の管やバルブは、水道事業体に備蓄されておらず、資機材商社でも扱っていない場合があり、迅速な復旧の支障になるとも記されています。給水管クラスの小口径部材であれば組合や商社の在庫でまかなえる場合もありますが、送水管・配水管クラスの大口径部材や、変電設備の主要機器になると、事情はまったく異なります。
なぜ特注品にこれほど長い納期がかかるのか、その理由は単純です。大口径の配水管や大型の変圧器は、設置される現場の水圧・電圧条件、既存設備との接続仕様、輸送経路の制約などに合わせて、一台ごとに設計・製造されるからです。量産される部品と違い、あらかじめ在庫として積み上げておくことができません。注文を受けてから設計図を確定し、材料を手配し、工場のラインを確保して製造し、検査を経て輸送する、という一連の工程をすべて経る必要があるため、平時であっても最低1か月から数か月以上、時には1年先という時間軸になるのです。
電力インフラも同様です。日立製作所が2021年に手掛けた発電所の主変圧器の復旧事例では、通常受注から受電まで1年以上の納期を要するとされています。実際にこの事例では、24時間体制の専用チームを組み、鉄心材料の調達先を海外へ切り替え、輸送方法を海上から空輸へ変更するなど、あらゆる手段を尽くして、それでも約9か月を要しました。これは異例の短縮努力の結果であり、平時の備えなしに同じ速度を再現できる保証はどこにもありません。
しかも大型変圧器は重量290トンを超える超大型機器であり、輸送だけでも道路の地下埋設物の保護や橋梁の補強といった対策工事を要します。港での積み降ろしや陸上輸送のルート調整には、道路管理者、輸送業者、港湾管理者など多くの関係先との折衝が必要でした。工場出荷から現地到着までは、通常であれば5日間を要する作業ですが、この事例では地域住民や自治体、警察との特例交渉を重ねることで、最終的に3日間へと短縮されています。それでもなお、平時の輸送ルートと輸送体制が生きていることが大前提であり、南海トラフ巨大地震のように輸送インフラそのものが同時に損傷している状況では、こうした特注品の搬入経路の確保自体が、平時よりもはるかに困難になることは想像に難くありません。
水道インフラにおいても、事情は本質的に変わりません。大口径の配水管や、浄水場のポンプ設備、変電設備といった基幹部材は、規格化された量産品ではなく、その施設の仕様に合わせて設計・製造される特注品であることが少なくありません。全国管工事業協同組合連合会のマニュアルが、資機材の備蓄状況を「水道事業体ごとに異なる」と明記し、他の水道事業体からの調達を前提にできない場合があると注意を促しているのは、まさにこの特注性ゆえです。給水管のような小口径の消耗品は組合や商社の在庫でまかなえても、送水本管や大型ポンプのクラスになると、代替品を探すこと自体が容易ではなくなります。
さらに厄介なのは、部材の調達だけでなく、費用の精算プロセスにも相応の時間と手続きを要するという点です。全管連マニュアルでは、応急復旧に要した工事請負費や資材費は、原則として受援側の水道事業体が負担するとされ、その算定に当たっては工事の規模や所要日数、地理的・気候的要件など、複数の要素を考慮して個別に取り決めることになっています。特注品の緊急調達となれば、通常の入札や見積もりのプロセスを経ている余裕はなく、価格や責任の所在をどう整理するかという事務的な調整もまた、復旧全体の速度に影響を与える要因になります。平時であれば数週間で済む手続きが、被災下では関係者の連絡すらままならず、さらに長引く可能性もあります。
第2章:直すための「頭脳(ブレーン)」まで被災しているという決定打
物資の不足以上に復旧を遅らせるのは、優先順位を決め、代替品を評価し、再設計を指示する中枢機能の被災です。先の主変圧器の事例でも、40年前の設計をそのまま再現することはできませんでした。既設メーカーが製造を中止した測温抵抗体や高圧ブッシングは他メーカーの代替品に置き換える必要があり、寸法の違いから取り合いの再検討が必要になりました。本体タンクの鋼材も、当時のSM材は現在使用されておらず、現行のSS材で設計し直されています。
こうした判断を下せるのは、大手コンサルやメーカーの設計部門、事業者の中枢に集中する、ごく限られた技術者だけです。現場に工事作業員が揃っていても、この「何をどう直すべきか」を指示するブレーンが大都市圏で同時に被災していれば、復旧作業はそのまま空転してしまいます。
さらに、輸送や安全に関する基準そのものが数十年前と現在とで変わっていることも、再設計を避けられない理由の一つです。先の事例でも、輸送コンプライアンスの見直しにより、既設と同じ寸法のままでは輸送できず、本体タンクの分割構造そのものを見直す必要が生じました。古い規格をそのまま複製すればよいという単純な話ではなく、現行の法規制、現行の部材、現行の輸送条件のすべてに照らして一から設計し直す作業が、復旧の裏側では常に発生しているのです。
判断が求められるのは設計段階だけではありません。この事例では、隣接する稼働中の発電機からの誘導電流が観測されたため、作業員の感電リスクを避けるための対策が急きょ検討されました。迂回回路を構築し、隣接機の出力を一時的に制限してもらうことで、ようやく安全な作業環境が確保されています。こうした現場での臨機応変な技術判断もまた、経験を積んだ技術者にしか下せないものです。同時多発的に被害が生じる南海トラフ巨大地震では、こうした細やかな安全判断を担える技術者の絶対数そのものが、決定的に不足する事態が想定されます。
この構図は、第2部で見た自治体の災害マネジメントにおける「総括支援チーム」の考え方とも通じるものがあります。行政の世界では、災害対応の経験や知見のない職員だけで復旧業務を進めることは困難だとされ、経験豊富な人材を外部から呼び込む仕組みが制度化されています。インフラの設計・調達の世界には、これに相当する公式な仕組みはまだ十分に整っていません。だからこそ、平時のうちに、地域を越えて技術者や設計情報を融通し合える体制を、業界横断的に準備しておくことの重要性は、行政以上に大きいのではないかと私は考えています。設計図面や仕様情報を特定の企業や部署だけが抱え込むのではなく、緊急時に参照できる形で関係者間に共有しておくことも、頭脳の分散という意味では有効な備えになるはずです。
この事例は平時の単発故障への対応であり、被災した1台の変圧器に、日立という一企業のリソースを集中投入できたからこそ、9か月という短縮が実現しました。もし南海トラフ巨大地震のように、同種の設備が同時に複数、広範囲で損傷したとすれば、限られた設計技術者と製造能力を、どの地域のどの設備に優先的に振り向けるかという、はるかに困難な配分判断が避けられません。手足となる工事人員をいくら集めても、頭脳となる技術者の数そのものは、簡単には増やせないのです。
さらに注目すべきは、この事例における復旧の進め方そのものです。復旧の指示を受けた直後、事業部・設計・調達・製造・品質保証・輸送・工事という各部門からプロジェクトメンバーが任命され、社内では毎週、顧客との間でも毎週、定例会議が設定されました。緊急の事案が生じた際には、その都度臨時会議を開いてリスクとチャンスの両方を素早く判断する体制が敷かれています。また、すべての部材を新品でまかなう計画を進めながらも、納期の長い部品については既設部品を整備して再利用する代替案を並行して検討し、万一のリスクに備えるという、二重の設計判断も行われました。これほどまでに緻密な調整と判断の積み重ねがあって初めて、9か月という数字が実現したのです。裏を返せば、この調整と判断を担う人材そのものが被災すれば、同じ速度は到底再現できないということでもあります。
第3章:復旧できない時間の中で、都市は「暮らせない場所」になる
タワーマンションやオフィスビルが無傷でも、上水道が揚水できず、下水が流れず、エレベーターが動かなければ、そこで生活し働くことはできません。飲料水だけでなく、排泄や衛生を司る生活用水の供給途絶が長期化すれば、都市機能は静かに、しかし確実に崩れていきます。第1部で見た「水が止まった瞬間の危機」は、第3部が扱う「水が戻らないまま続く数か月」という、もう一段長い時間軸の危機へとつながっていきます。復旧までの空白が数か月、あるいは数年に及ぶとすれば、住民や企業は「残るか、離れるか」という過酷な選択を迫られることになります。
この選択は、個人の忍耐力の問題ではありません。生活用水が確保できない期間が数週間を超えれば、健康や衛生の観点から現実的に住み続けられる限界を迎えます。企業にとっても、事業所や工場が復旧するまでの空白期間をどう乗り切るかは、単なる不便さの問題ではなく、事業継続そのものを左右する経営判断になります。復旧という言葉の裏にある「待つ時間の長さ」を具体的に見積もっておくことが、防災計画やBCP策定において、これまで以上に重要になってくると私は考えています。
特に注意すべきなのは、この「空白期間」が一様ではなく、地域や施設ごとにまだらに訪れるという点です。第2部で見たとおり、復旧の優先順位は、病院や避難所、行政施設から順に割り当てられます。裏を返せば、優先順位の低い一般の住宅地やオフィス街では、他の地域が徐々に日常を取り戻していく中で、自分たちの街だけが取り残されているという感覚を、長期間にわたって抱え続けることになります。この「まだら」な復旧の実態を、住民や企業があらかじめ知っておくかどうかで、いざというときの心構えや行動の選択肢は大きく変わってくるはずです。
優先度が高いとされる医療機関でさえ、この空白から完全に自由ではありません。災害拠点病院については、診療機能を3日程度維持するために必要な給水設備の整備が課題として掲げられていますが、これは逆に言えば、3日を超えて水道の復旧が長引いた場合、備蓄や自家水源だけでは診療機能を維持できなくなる可能性があるということです。復旧までの空白が特注部材の調達難易度によって数か月単位に及ぶとすれば、優先復旧の対象であるはずの医療機関でさえ、綱渡りの運営を強いられることになりかねません。
この空白期間は、第1部で見た経済被害の広がりとも直結しています。生産・サービス低下による全国への影響が数十兆円規模にのぼると想定されているのは、単に工場や設備そのものが壊れているからだけではなく、こうした復旧の空白期間そのものが、企業活動を長期にわたって圧迫し続けるからです。復旧を待つ数か月から数年という時間そのものが、経済損失を積み上げていく主要な要因になっているという視点は、被害額の数字を読み解くうえでも欠かせないと私は考えています。数字の大きさばかりに目を奪われるのではなく、その数字の裏にある「時間の長さ」にこそ、目を向ける必要があるのではないでしょうか。
第4章:人口と供給能力の釣り合い──「全復旧」から「縮退と適正化」へ
だからこそ、「元通りに戻す」という理想論を一度手放す必要があると私は考えています。ここまで見てきた特注品の長納期、規格の再設計、ブレーンの不足という三つの壁を踏まえれば、被災前とまったく同じ姿への「全復旧」を前提とした計画そのものが、非現実的だと言わざるを得ません。国土交通省の事前復興まちづくりガイドラインでも、安全な地域への集約や、被災地域からの移転が、現実的な復興パターンとして位置づけられています。同ガイドラインでは、被害が想定される区域を復興検討区域としてあらかじめ抽出し、被災の割合や地形、基盤整備の状況に応じて、現地での再建、盛土などによる嵩上げ再建、既存市街地の改造、そして高台等への新市街地整備という複数の復興パターンの中から、地域の実情に応じた組み合わせを選んでいくという考え方が示されています。すべての地域を同じ方法で「元通り」に戻そうとするのではなく、地域ごとに最も現実的な再建の形を選び取るという発想が、そこには含まれています。
同ガイドラインは、こうした将来の都市構造を、立地適正化計画のような平時の計画にもあらかじめ位置づけておくことの重要性にも触れています。つまり、供給と人口のバランスをどう取り戻すかは、災害が起きてから初めて考える話ではなく、平時のインフラ計画の中にすでに織り込んでおくべき問いなのです。拡大期に張り巡らされた過剰な給水区域や集中型インフラを、縮小社会と災害リスクに合わせてコンパクトに再設計する「縮退管理」の発想が、これからは欠かせません。
国の国土強靱化基本計画が掲げる「自律・分散・協調」型社会という考え方も、この文脈で捉え直す必要があります。人口や機能が一部の大都市圏に集中したままでは、その大都市圏が被災した際の代替が利きません。地域単位で自律して機能できる分散型のインフラを各地に整備し、それらが緩やかに協調し合う社会構造へと移行することこそが、真の意味での強靱化だと私は考えています。水インフラに引き寄せて言えば、巨大な浄水場から広域に水を送り届ける集中型のネットワークに加えて、地域や街区の単位で完結する小規模分散型の水源・処理システムを組み合わせておくことで、一部が被災しても他の地域への影響を最小限に抑えられる構造をつくることができるはずです。
この発想は、大都市圏だけでなく、地方の中小規模の水道事業体にとっても無関係ではありません。むしろ人口減少が進む地方ほど、将来の給水人口に見合わない過大な施設規模を抱え続けているケースは少なくなく、南海トラフ巨大地震のような広域災害が起きる前から、平時のうちに施設の統廃合や区域の再編を進めておくことは、それ自体が有事の脆弱性を減らす備えになります。縮退と分散は、対立する概念ではなく、供給規模を実態に合わせて最適化するという意味で、根っこは同じ発想だと私は考えています。防災の文脈で語られがちな「縮退」という言葉には後ろ向きな響きがありますが、実際には、限られた資源をどこに集中させ、どこを手放すかという、極めて前向きな経営判断なのです。
住み続けるか離れるかは感情論ではなく、供給できる水やエネルギーの量と、そこに住む人口とを釣り合わせるための、合理的な意思決定なのです。全復旧という理想を追い求めるあまり判断が遅れれば、その間、住民や企業は答えのないまま空白の時間を過ごすことになります。縮退と適正化という選択肢を平時のうちから制度として用意しておくことこそが、被災後の混乱を最小限に抑える現実的な備えだと私は考えています。
結論:南海トラフ巨大地震が突きつける「都市と国家の再設計」
3部を通して見てきた南海トラフ巨大地震の本質は、都市が「壊れる」ことではありません。外部供給が「止まり、助けられず、直せない」ことにこそ、この災害の本当の恐ろしさがあります。第1部で見た生命維持の途絶、第2部で見た支援の実効限界、そして第3部で見た復旧そのものの長期化。この三つは別々の問題ではなく、一つの構造から生まれる三つの現れ方だと私は考えています。
平時の巨大都市は、外部から水・食料・燃料・電力・人材を吸い上げ続けることで高効率な生活を実現してきました。しかしその効率性は、外部との接続が断たれた瞬間、そのまま脆さに転じます。助ける側もまた同じ社会構造の中にいるため、支援そのものにも限界があります。そして復旧を担う部材や頭脳もまた、遠く離れた特定の場所に集中しているがゆえに、簡単には届かなくなります。都市を支えていたはずの「つながりの強さ」が、災害時にはそのまま「共倒れのリスク」に姿を変えるのです。
この構造を直視するならば、私たちが目指すべき方向は自ずと見えてきます。集中型・巨大ネットワークへの一極依存を改め、地域単位で自律して機能する分散型水インフラや、縮小社会に適応した給水区域の再設計へと舵を切ること。それが、南海トラフ巨大地震という現実が、私たちに突きつけている問いだと思います。防災とは、災害が起きた後にどう頑張るかという話である以上に、平時のうちに都市とインフラの構造そのものをどう設計し直すかという、長期的な経営判断なのだと私は考えています。
3部にわたってお伝えしてきたのは、決して脅すための話ではありません。むしろ、正しく恐れることができれば、そこから講じられる備えは数多くあります。地域単位で完結する水源の確保、老朽化した設備の計画的な更新、給水区域の適正な見直し、そして何より、支援を待つことを前提にしない自立した運用体制の構築。こうした一つひとつの積み重ねが、いざというときに都市の生命線を守る力になると私は信じています。長い3部作にお付き合いいただき、ありがとうございました。
水未来研究所では、こうした問題意識のもと、地域で完結する自律型・分散型の水インフラのあり方について、引き続き考え、発信を続けていきたいと思います。
参考文献
- 防衛省・自衛隊「災害派遣の対応」
- 防衛省「令和7年版防衛白書 7 大規模災害などへの対応」
- 内閣府「市町村のための人的応援の受入れに関する受援計画作成の手引き」
- 内閣官房「国土強靱化基本計画」
- 内閣府「南海トラフ地震対策」
- 内閣府「南海トラフ巨大地震の経済的被害資料」
