素晴らしい浄水場だった。それでも「次」の更新を考える時が来ていた。

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素晴らしい浄水場を見学した

先日、業務で訪問する機会があった浄水場のことを書いておきたいと思います。

施設に入り、中の設備を見ながら、気がつけばあちこちに目が向いていました。設備の配置、設備同士をつなぐ配管の引き方、電気配線の整え方、機械設備と建築との取り合い、メンテナンスのためのスペースの確保、そして施設全体の整理整頓の行き届き方——それらを見ていると、「これはすごいな」と、思わず手を止めてしまう場面がいくつもありました。

私自身、これまで数多くのプラント建設に携わってきた経験があります。そのうえで正直に言えば、今回の施設はかなりレベルが高い仕上がりでした。「ここはこういうふうに施工するのか」と、業務の傍ら何度も勉強させてもらいました。


30年、40年経っているとは思えない

さらに驚いたのが、施設の状態です。

建設からかなりの年月が経過しているにもかかわらず、「本当に30年、40年経っているのか?」と思うほど、全体の状態が良かったのです。これは建設当時の施工品質だけによるものではないでしょう。その後の維持管理が、きちんと継続して行われてきたからこそ、これだけの状態が保たれているのだと感じました。

良い施設は、良い施工だけによって生まれるのではありません。良い維持管理によって、はじめて長く使われる施設になる。そのことを、この浄水場は静かに示していました。こういう施設を実際に見て、肌で感じられる機会は、本当に勉強になります。


ところが、その施設も「更新」の時期を迎えている

そんな素晴らしい浄水場でしたが、建設から長い年月が経過した今、現在は更新についての検討が進んでいる段階だということでした。

そして、今回の検討で重要な点として感じたのは、単に「同じ方式でそのまま更新する」という方向ではなく、処理方式そのものを見直すことが前提になっているという点でした。

施設がきちんと維持管理されていても、設備には寿命があります。更新の時期が来たとき、人は自然と「次はどんな施設にするか」を問われます。そしてその問いは、今の日本の水道事情を考えると、以前よりずっと重いものになっています。


改めて気になった「膜ろ過のコスト」

その施設は膜ろ過方式を採用しています。

膜ろ過は非常に優れた浄水技術です。クリプトスポリジウムなどへの対応が社会的に求められた背景から多くの浄水場で採用されてきましたし、処理水質は安定していて、さまざまな汚染物質に幅広く対応できます。また、通常は全自動での運転が可能という実用上の強みもあり、信頼性の高い処理方法です。

しかし今回、改めて考えさせられたのが、維持管理にかかるコストのことでした。今回訪問した浄水場では、この維持管理コストが行政にとって大きな課題として捉えられており、それが処理方式の変更を前提とした更新の検討へとつながっていました。


膜は「使って終わり」ではない

膜は使い続けるうちに、少しずつ目詰まりしていきます。そのため、数十分ごとの逆洗に加え、定期的な薬品洗浄が必要です。今回訪問した施設では、薬品洗浄の際には膜を業者が施設から持ち帰り、薬品洗浄を行ったうえで次回の薬品洗浄時に戻すという運用がされていました。

この洗浄コストを見ると、「薬品代がかかる」というだけではありません。取り外しの作業、運搬、洗浄、点検、保管、再搬入、再設置——これら一連の工程すべてにコストが発生します。高度な技術を維持するための仕組みそのものに、費用がかかるのです。膜ろ過のランニングコストは、薬品代という単純なコストだけでなく多くの関連コストがかかるのです。


人口が減ると、このコスト問題はさらに大きくなる

ここが、今回の訪問で最も考えさせられた点でした。

日本の人口が減れば、水道の使用量も減っていきます。浄水場の能力が仮に200 m³/日だからといって、毎日200 m³の水を作るわけではありません。実際、昨今の人口減少の影響もあり、設備能力に対して7割、あるいは5割以下しか使わないという施設も増えてきています。

しかし、浄水場の維持管理費は、作る水の量に比例して減るわけではありません。水の量が減っても、膜の定期的な洗浄は必要です。設備の点検・修繕も、洗浄も、更新も必要です。専門業者によるメンテナンスも引き続き必要です。電気代や薬品代の一部は水量に連動して下がるとしても、費用の多くは水量の増減に関係なく発生します。

つまり、作る水の量が減れば減るほど、1 m³の水に乗ってくる維持管理コストが大きくなる。人口減少社会において、これは構造的な問題です。


「次も膜ろ過」とは限らない

現在の施設が悪かったわけではありません。今回見せていただいた施設は、繰り返しになりますが、本当に素晴らしいものでした。それでも更新の時期を迎えれば、「次をどうするか」を考えなければなりません。

「今の施設と同じ方式で更新するのが、将来にとって本当に最適なのか」——その問いから目を背けることはできなくなっています。今回訪問した施設とは別の話ですが、膜ろ過を採用していた浄水場で、更新の時期を迎えたとき、ランニングコストの高さと人口減少による給水量の落ち込みが重なり、近隣施設でカバーできることが確認したうえで膜ろ過施設を閉鎖したという事例もあります。

現在の膜ろ過浄水場が、将来も同じく膜ろ過で更新されるとは限らない時代になっています。


これは「膜ろ過が悪い」という話ではない

ここで一度、整理しておきたいことがあります。

膜ろ過は、導入された時代背景を考えれば、十分に合理的な選択でした。当時必要とされた性能を持った施設をつくり、実際に何十年も安全な水を供給し続けてきました。普段の管理がしやすく、設置後すぐに良質な水質を実現でき、さまざまな汚染物質を安定的に除去できる——その信頼性は本物です。

膜ろ過が悪かったのではありません。社会の条件が変わったのです。人口が減り、水需要が減り、施設が能力をフルに使った運転ではなくなり、水道料金収入も減る。その一方で、施設は老朽化し、更新の時期を迎える。だからこそ、更新のタイミングで「これからの人口規模に適した浄水方式とは何か」を改めて問い直す必要があるのです。


これからの水道施設は「高性能」だけでは評価できない

これまでの浄水場の評価は、どれだけ安全な水を作れるか、どれだけ高度な処理ができるか、ということが中心でした。それは今後も変わらず重要です。

しかしこれからは、それに加えて「何十年も維持できるのか」という問いが、これまで以上に重くなります。「建設できるか」から「維持できるか」へ。「最大能力はいくらか」から「将来の人口に対して適正な規模か」へ。水道施設を評価する軸が、静かに変わりつつあります。


最後に

今回訪問した浄水場は、本当に素晴らしい施設でした。設備の施工はきれいで、配管も電気配線も整然としていて、長年使われてきたにもかかわらず維持管理が行き届いていました。

だからこそ、「良い施設をつくれば、それで終わり」ではないことを、改めて感じました。30年、40年と使われてきた施設は、やがて必ず更新の時期を迎えます。そのとき、人口が減少した社会の中で、私たちはどんな浄水場を次の世代に残すのか。

それは「今ある浄水場をどう更新するか」という個別の話だけではなく、これからの日本の水道施設をどう設計していくか、という問いでもあります。

では、次の浄水場はどんな方式がよいのでしょうか。その答えを、私はまだここに書きません。ただ、その問いを持ちながら、これからも現場を歩き続けたいと思っています。

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