0. 国交省の資料を読んで感じた「違和感」
2026年3月、国土交通省から「水道事業における分散型システムの導入検討手引き(案)」が公表されました。人口減少や施設の老朽化、維持管理の担い手不足が深刻化する中で、今後、小規模な給水区域をどう維持していくかは、水道行政にとって避けて通れない問いです。その意味で、この資料が公表されたこと自体は重要な一歩です。
ところが資料を読み進めていくと、数十人規模の給水区域を対象とした事例が登場する場面で、紹介されていた浄水方式に目が止まりました。急速ろ過です。
「この規模でも急速ろ過なのか?」という、小さな違和感でした。
急速ろ過は優れた技術です。大規模浄水場では専門職員が常駐し、連続監視設備、薬品注入設備、汚泥処理設備などが整っている。だからこそ、急速ろ過は力を発揮し日本の高度成長期を支えてきました。しかし、大規模施設で合理的な方式を、そのまま小さくしたからといって、同じように合理的であり続けるとは限りません。
「急速ろ過はダメだ」と言いたいわけではありません。ただ、「この規模で、本当にそれが適しているのか?」という問いを、一度丁寧に考えてみたいと思いました。この記事は、その検討の記録です。
1. そもそも急速ろ過は何が大変なのか
急速ろ過の基本的な流れを確認しておきましょう。原水に凝集剤(主にPAC:ポリ塩化アルミニウム)を加え、フロック(凝集体)を形成させ、沈殿によって除去した後、砂層でろ過し、消毒して配水するというプロセスです。
この方式の要点は、「砂で濾す」ことよりも、その前段の凝集処理をいかに適切に行うかにあります。凝集が不十分であれば、後段のろ過に過剰な負荷がかかり、処理水の品質が低下します。逆に凝集剤を入れすぎれば、それはそれで別の問題が生じます。
つまり急速ろ過の成否は、凝集剤の管理精度に大きく依存しています。
2. 大規模浄水場なら、PACの管理はそれほど難しくない
大規模な浄水場であれば、原水水質の連続監視、ジャーテスト(凝集剤の最適添加量を確認する試験)、水質検査、専門職員による判断という体制が整っています。原水の濁度が変化したとき、すぐに対応して凝集剤の添加量を調整できます。
「原水水質が変わったらPACを調整する」という運転が、日常的に行われている。だからこそ、急速ろ過は大規模施設で合理的に機能します。私が問題にしているのは、急速ろ過という技術そのものではありません。
3. では、50人・15 m3/日の浄水場ならどうだろう
ここで、具体的なモデルケースを設定します。
給水人口:約50人、給水量:15 m3/日(1人300 L/日として計算)、原水:表流水、凝集剤:PACという想定です。
この規模の施設で、ジャーテストを含めた運転管理員を常駐させることは、現実的でしょうか。専門知識を持った管理者が常に現地に滞在するということは、その人件費は水道原価に直接反映されます。50人が利用する水道で、それを賄える料金設定が可能かどうか、容易に想像できます。
4. ジャーテストを常時対応する体制を確保できないなら、PACをどう管理するのか
理想的な運転では、毎日一定時間ごとに原水水質を測定してジャーテストを行い、その時の最適なPAC添加量を決定します。しかし常駐管理者がいない場合、管理者が施設を訪れるのは良くて毎日一定時間、現実的には数日おき、あるいは定期巡回となります。管理員が不在の間も、表流水の水質は変動し続けます。
そこで自然に生まれる発想が「不在にしている間の多少の濁度の変動を吸収できるよう、PACを少し多めに入れておこう」というものです。これ自体は一見合理的に見えます。しかし、「少し多め」という運転が、本当に小規模水道にとって安全側なのか、立ち止まって考える必要があります。
5. PACを少し多めに入れることの「裏側」
凝集剤の添加量には、少なすぎる場合と多すぎる場合の両方にリスクがあります。
添加量が少なすぎれば、凝集・沈殿が不十分となり、ろ過池への負荷が増加して処理水の濁度が上昇します。では多すぎればよいかというと、そうではありません。凝集剤由来の残留物質が増え、汚泥量が増加し、ろ過池への負荷も高まります。さらに、処理水側への残留や、配水池でのフロック状物質の沈降が生じることもあります。
「多めに入れておけば安心」という単純な話ではないのです。
6. ろ過した後にも、フロックが現れる?
現場での経験として、PACを比較的多く使用している浄水場では、配水池の底にフロック状の物質が沈んでいるケースがあります。ろ過をくぐり抜けたわずかな凝集物が、配水池内で再び沈降しているものです。
重要なのは、PACの過剰添加によって浄水工程の後段にフロック状物質が現れることがある、という事実です。そして、配水池に沈んだものだけでなく、一部がさらに水道水側へ流出する可能性も考えておく必要があります。
7. それは水道水として問題ないのか
二つの観点から整理します。
まず健康への影響について。PACは通常の浄水処理で広く使用されており、「PACを使ったから健康に悪い」という話ではありません。ただし、適正な凝集管理によって残留成分を抑えることが重要であることは変わりません。管理が行き届かない中での過剰添加の継続は、残留リスクを高める方向に働きます。
次に生活への影響について。健康への直接的な影響が小さい場合でも、水の濁り、配水池や管路への堆積物、水の見た目や味への影響は、水道利用者にとって問題となります。水道水の評価は「健康に害があるかどうか」だけではありません。人々が「安心して気持ちよく使えるかどうか」もまた、重要な基準です。
8. PACで作ったフロックはどこへ行くのか
凝集処理によって生成された大部分のフロックは、沈殿池の底に汚泥として蓄積します。大規模浄水場では、汚泥処理設備を通じて脱水・搬出し、再利用または適切に処分しています。しかし50人規模の小規模浄水場で、そのためだけに汚泥処理設備を持つことができるでしょうか。
仮に産業廃棄物の「汚泥」として排出するとなると、その処分費用は一般的に手間がかかるため、処分費用も高額になります。これが定期的に発生することになりますが、そのための費用は、水道原価に上乗せされることになります。
PACの薬品代そのものだけを見て「薬品費が安い」と評価することは、実態を見誤る可能性があります。汚泥処分費まで含めたトータルコストで考える視点が必要です。
10. ところが「川に流せばいい」という発想が出てくる
ここで、ある小規模の浄水場の実際の施設管理者との会話で耳にしたことがある話を紹介します。汚泥の処分について尋ねると、「川に流す」という答えが返ってきた経験があります。汚泥の処分費用が高いから川に流しているのか、あるいはその地域では汚泥を引き取ってくれる業者が見つかりにくいからなのかわかりませんが、そういうお答えでした。
これは本当に大丈夫なのでしょうか。この問いを、法律と環境の両面から考えてみます。
11. 「50 m3/日未満だから大丈夫」はどこまで正しいのか
水質汚濁防止法では、特定施設からの排水について、1日あたり50 m3以上の排水量を基準として規制が及ぶ仕組みがあります。その時お話を聞いた浄水場はこの範囲でしたし、今回の想定ケースである15 m3/日の施設は、この閾値を下回るため、排水基準の直接的な適用対象にはなりません。実際に、その話をきいたときに、この15m3/日の中なので、問題ないのかなと考えていました。
ただし、その後改めて考えていると、重要な点に気づきました。排水基準の適用対象外であることと、河川への汚泥投入が自由であることは、別の問題ということです。
12. 廃棄物処理法から見るとどうなるか
浄水工程から発生した汚泥は、廃棄物として扱われる可能性があります。廃棄物処理法の観点からは、これは産業廃棄物(汚泥)として分類されます。産業廃棄物を適切な許可なく河川に投棄する行為は、廃棄物の不法投棄として問題となりえます。
「排水」として処理するのか、「廃棄物」として処分するのかという区別は、単に法律論ではなく、その行為の実態に応じて判断されます。薄めて流しているから排水だ、という論理が必ずしも成立するわけではありません。
13. 河川法から見るとどうなるか
河川法の観点からは、河川への物質の投入を河川管理上どう扱うかという問題があります。河川は公共の財産であり、河川管理者(国や都道府県)の管理下に置かれています。河川の適正な利用や環境の保全を妨げる行為は、河川法上の問題にもなりえます。
整理すると、「水質汚濁防止法で規制されない=河川に自由に捨ててよい」とはならないのです。
14. 法律的に問題がなかったとしても、環境的にはどうなのか
ここで一度、法律の話を切り離します。仮に法律上の問題をクリアできたとしても、「環境にとって望ましいかどうか」は別の問いです。
15. PACを使った汚泥を自然の川に戻すということ
「アルミニウムは自然界にも存在する」という反論を聞くことがあります。しかし、ここで問題にしているのは元素としてのアルミニウムだけではありません。
人工的に製造されたPAC(ポリ塩化アルミニウム)という人工生成物を水処理工程に投入し、その化学反応によって生成した凝集物・汚泥を自然水系に戻すこと、その行為そのものについて考える必要があります。自然界に存在する元素であっても、人工的なプロセスによって生成した形態や濃度で環境に投入することの意味は、別に考えるべき問題です。
下流域でその川がどのように使われているのか、自然に対する影響はどうなのか気になります。農業への影響は?海に出て周辺海域への影響はないのか?など。
16. 「川に流せば希釈される」は十分な説明なのか
河川流量、放流量、濃度、頻度、放流地点——これらを総合的に考えたとき、「少量だから」「希釈されるから」というだけで影響がないとは言い切れません。下流で農業や水産業が営まれている場合、その水系を利用している生態系がある場合、単純な希釈論では済まないケースも考えられます。
「必ず悪影響がある」と断言することは今回しません。しかし、「希釈されるから大丈夫」という説明が、十分な根拠を持っているとも言えません。
この沈殿汚泥の問題は私の中では結論が出ませんが、産業廃棄物の「汚泥」として処理するのが適切なのでしょうが、その費用を水道原価に積み上げると、果たして水道として成り立つのかというジレンマに陥ります。
17. 国交省の手引きに戻る
冒頭の資料に戻りましょう。
今回一つひとつ考えてみると、管理者の問題、ジャーテストの問題、PAC添加量管理の問題、汚泥発生の問題、汚泥の処分費の問題、河川放流の法律上の問題、そして環境への影響の問題——と、思いのほか多くの論点が連鎖して現れました。
ここで確認しておきたいことがあります。浄水場を物理的に小さくすることと、浄水システムを小規模水道に最適化することは、同じではありません。大規模施設で成立していた前提条件が、小規模になった途端に成立しなくなることがあります。
18. 結論――急速ろ過は「適用できる」。しかし「適している」とは限らない
急速ろ過は、小規模水道においても技術的には適用可能です。
しかし、規模が小さくなるほど、凝集剤管理の精度確保、運転管理の体制構築、汚泥の適切な処理・処分、環境への排出に関する問題が、相対的に大きくなります。
大規模施設ではこれらの課題を専門職員と設備によってカバーできます。しかし50人・15 m3/日の水道で、同じ前提条件が揃うでしょうか。もちろん今後IOTやAIによって、もっと省力化できる技術は開発されていくと思います。しかし、それらにもコストがかかりますし、更新が必要です。
問うべきは「急速ろ過を適用できるか?」ではなく、「その規模で、長期間にわたって適切に管理できるか?」という問いなのではないかと思います。
では、50人程度の小規模水道には、どのような浄水方式が本当に適しているのでしょうか。その問いは、次回の記事で考えてみたいと思います。
