1. 「50人・15m³/日」という問いの続き
前回の記事では、国土交通省が2026年3月に公表した「水道事業における分散型システムの導入検討手引き(案)」を読んで感じた違和感から出発し、数十人規模の小規模水道に急速ろ過を適用することの難しさを考えてきました。凝集剤(PAC)の管理、ジャーテスト、汚泥処理、河川への排出、そして法的・環境的な問題まで、「浄水場を小さくすること」と「浄水システムを小規模水道に最適化すること」は同じではないという結論でした。

今回は、その議論の手前にある問いに立ち戻ります。
そもそも「50人だから15m³/日」という水道の前提は、本当に正しいのでしょうか。
人口50人、1人あたり300L/日という計算で15m³/日という水量を導きました。この数字は生活用水のモデルとして一定の根拠があります。しかし、この計算に欠けているものがあります。それは、その50人がどのような暮らしをしているのか、という視点です。
2. 都市の50人と、山村の50人の水道は同じではない??
都市に暮らす50人の水の使い方を考えてみてください。飲料水、調理、洗面、入浴、洗濯、トイレ。これらが主な用途です。水は基本的に「生活のため」に使われます。
ところが、山村に暮らす50人の水の使い方は、これとはまったく異なる可能性があります。
その50人が農家でもある場合、水は生活だけでなく、畑への灌水、果樹園の防除、ハウス栽培、畜産、農産物の洗浄、農機具の洗浄、作業場の清掃などにも使われます。「住民50人」と「水道を使う人50人」は同じでも、「水道が使われる場所」と「用途」がまったく違うのです。
都市の水道計画では、人口と原単位(1人あたりの使用量)から水量を推計するという考え方が一般的に用いられます。しかし、この方法は都市型の生活用水を想定したものです。地域産業が水道と密接に結びついている過疎地では、人口原単位だけで水道計画を立てることに、根本的な限界があります。
3. 漁村ではさらに事情が違う
沿岸部の漁村では、水の使い方はさらに異なります。
漁船の洗浄、漁具の手入れ、魚箱の洗い、漁獲物の洗浄、荷さばき場の清掃、水産加工施設での使用、製氷。これらはすべて水道水を必要とする用途です。
実は、こうした地域の水需要については、行政制度の中でもすでに認識されています。水産庁の資料では「水産飲雑用水」という考え方が示されており、生活用水と水産用水を一体として扱い、船舶への給水、漁獲物の洗浄、水産施設・漁船・漁具の洗浄、水産加工、冷蔵・冷凍・製氷などが水産用水として想定されています。
行政制度の段階で、漁村の水需要は「家庭用の生活用水だけではない」とすでに位置づけられているのです。この事実は、過疎地の水道を考えるうえで重要な出発点になります。
4. 農村にも「営農飲雑用水」という考え方がある
漁村に「水産飲雑用水」があるように、農村には「営農飲雑用水」という概念があります。これは、生活用水だけでなく、営農に必要な水を含めて考えるという発想です。
国の補助制度の文脈で使われることが多いこの言葉ですが、ここで重要なのは補助の仕組みの説明ではありません。「地域の産業構造に合わせて水需要を考える」という先行事例として受け取ることが大切です。
水産飲雑用水も、営農飲雑用水も、共通して示していることがあります。それは、過疎地の水道を計画するとき、生活と地域産業を切り離して考えること自体が適切ではない場合がある、ということです。
5. 水量は「1日何m³」だけでは決まらない
水道の計画において、水量の考え方には大きく三つの軸があります。
日量は、一日にどれだけの水を使うかを示す基本的な指標です。これが水道施設の基本能力を決める基準になります。
時間最大は、一日の中でどの時間帯に水需要が集中するかを表します。たとえ日量が小さくても、特定の時間帯に大量の水が必要になる場合、その時間帯に水を供給できるだけの施設能力と貯水能力が求められます。
季節変動は、年間のどの時期に水需要が増えるかを示します。農業には農繁期があり、観光地には繁忙期があります。年間の需要の波を把握せずに施設を設計すると、必要な時に水が足りなくなるか、逆に過剰設備になるかのどちらかに陥ります。
都市の水道計画では、この三つの軸に対して豊富な統計データと実績があります。しかし過疎地の小規模水道では、地域産業の特性によってこの三つの軸が大きく異なります。
6. 漁村なら「時間最大」が重要になる
漁村の水需要を考えると、「時間最大」という視点がとりわけ重要になります。
漁船が一斉に帰港し、船を洗い、魚箱を洗い、漁具を洗う。これらの作業が短時間に集中する場合、1〜2時間の間に大量の水が必要になります。
一日の総使用量がそれほど大きくなくても、その水が特定の時間帯に集中するという特性があります。日平均で15m³/日だからといって、毎時0.625m³ずつ均一に使われるわけではありません。もし帰港後の2時間に一日の水量の大半が集中するとすれば、その2時間に対応できる供給能力と貯水能力が必要になります。
この時間的な集中を考慮せずに施設を設計すると、日量の計算上は足りているのに、現場では水圧が下がる、水が出なくなるという事態が起こります。
7. 農村なら「季節変動」が重要になる
農村の水需要では、「季節変動」が計画上の核心的な問題になります。
灌水、防除、農産物の洗浄、出荷準備、畜産の増加。農繁期には水需要が平常時の何倍にも跳ね上がる場合があります。一方で、農閑期の水需要は平常時と大きく変わりません。
ここに過疎地特有の難しさがあります。農繁期のピーク需要に合わせて施設を設計すれば、農閑期には大幅な過剰設備になります。一方、年間平均で施設能力を決めれば、農繁期に水が足りなくなる可能性があります。
どちらも極端な選択です。現実的な設計には、地域の農業の種類、栽培品目、出荷時期、灌水方法などを把握したうえで、ピーク需要の実態を丁寧に推計することが必要です。
8. 「人口原単位」だけでは水道計画が成立しない
ここで改めて、冒頭の15m³/日という数字に戻ります。
50人 × 300L/日 = 15m³/日
この計算は、生活用水のモデルとして一定の合理性を持ちます。しかし、地域産業を視野に入れると、必要な水量は次のように展開します。
生活用水 + 農業用水 + 漁業用水 + その他産業用水
これらをすべて合わせたものが、その地域で本当に必要な水道の規模です。
つまり、過疎地の水道計画では、「人口原単位+地域産業需要」という考え方が不可欠なのです。この視点を持たずに人口だけを根拠に水道を設計すると、完成した後に「産業用の水が足りない」という問題が必ず起きます。
9. 水質はどうなのか
水量の問題と並んで重要なのが、水質の問題です。
「その水は、どこまでの水質で供給する必要があるのか」という問いです。
生活用水、特に飲料水と調理用水については、水道法に定められた水質基準を満たすことが絶対条件です。この点に異論はありません。
しかし産業用水の用途には、農機具の洗浄、漁具の洗浄、作業場の掃除、散水などが含まれます。これらの用途に、飲料水と同じ水質が必要かどうかという問いを立てることができます。
10. ただし「産業用水=低水質でいい」ではない
ここで重要な留保が必要です。
「産業用水だから水質を低くしてよい」という話では、まったくありません。
農産物を洗う水、漁獲物に触れる水、食品加工に使う水、家畜が飲む水。これらは食の安全に直結します。用途に応じた衛生管理が求められることは当然です。
正しい問いは次のようになります。「すべての用途に、飲料水と同じ最高水準の処理を施した水を供給する必要があるのかどうかを、用途ごとに考える」ということです。
全部を一律の最高水準にすることが過剰であれば、必要な水質を用途ごとに整理し、それに合わせた処理と供給を考える。そうした発想が、小規模水道の設計では現実的な選択になる場合があります。
11. 「すべての水を飲料水水質にする」という発想を問い直す
仮に、ある集落の水需要が次のように分かれているとします。
生活用水(飲用・調理・入浴など):10m³/日
産業・雑用水(農機具洗浄・作業場掃除など):15m³/日
合計25m³/日のすべてを、飲料水水質まで処理する必要があるのでしょうか。
もし産業用15m³/日の大部分が、飲料水水質を必要としない用途であれば、高度処理が本当に必要な水量は10m³/日に限定できるかもしれません。残りの15m³/日については、その用途に応じた必要十分な処理にとどめるという考え方ができます。
これは水質基準を下げるという話ではありません。用途に応じた処理の最適化という発想です。
12. 二系統化という選択肢
ここで、一つの具体的な設計の考え方が浮かび上がります。「二系統化」です。
系統1として、生活用水を高い水質で確保する。系統2として、地域産業・雑用水を用途に必要な水質で供給する。この二つの系統を分けて計画するという発想です。
ここで明確にしておきたいのは、「二系統にすべきだ」とは言い切れないということです。これはあくまで、過疎地の水道計画において検討に値する選択肢の一つです。
地域の水需要の実態によっては、二系統化が合理的な選択になる場合があります。一方で、一系統のままのほうが合理的な場合もあります。
13. 急速ろ過なら「処理段階を分ける」という発想もある
前回記事とのつながりで言えば、急速ろ過系統でも、処理の段階を分けるという考え方ができます。
概念的に示すなら、原水を前処理した後、一部をそのまま産業用水として供給し、残りをさらに高度処理して生活用水として供給するという構成です。
ただし、この考え方を実際の設計に落とし込む際には、各段階での水質がどの水準になるのか、それが各用途の必要水質を満たしているのかを、用途ごとに丁寧に検証する必要があります。
14. 上向流粗ろ過+緩速ろ過なら、一系統でも合理的な場合がある
前回記事で述べた上向流粗ろ過+緩速ろ過という方式には、ランニングコストが比較的低いという特性があります。
この特性を踏まえると、産業用水の割合が大きい地域であっても、全量を上向流粗ろ過+緩速ろ過で処理してしまうほうが、設備を二重化するよりも合理的という判断になる場合があります。
二系統化そのものが目的ではありません。目的は、地域に必要な水を、必要な水質で、できるだけ安定して、できるだけ低いコストで供給することです。その目的に照らして、一系統が合理的なのか二系統が合理的なのかを考えるという順序が重要です。
15. 二系統化には「設備を二重にする」という代償がある
二系統化を検討する際には、それが伴うコストを正直に評価する必要があります。
系統を分けるということは、配水池、配水管、バルブ、給水設備、水質管理、漏水管理、更新コストなどがすべて増えることを意味します。50人程度の小さな集落で、3系統、4系統と細分化することは現実的ではありません。
もし系統を分けるとすれば、「生活用水」と「地域産業・雑用水」の2系統程度が現実的な上限ではないかと考えます。そしてその判断も、地域の水需要の実態によって変わります。
16. 「一系統か二系統か」は地域の需要構造による
簡単なモデルで考えてみます。
ケースAとして、生活用水が12m³/日、産業用水が3m³/日という地域では、全量15m³/日を一系統で処理するほうがシンプルで合理的でしょう。産業用水の比率が小さければ、それだけのために設備を二重化するメリットは薄い。
ケースBとして、生活用水が5m³/日、産業用水が20m³/日という地域では、全量25m³/日を飲料水水質まで処理することの合理性が問われます。産業用20m³/日のすべてに最高水準の処理が必要かどうかを検証する価値があります。
産業用水の割合が大きいほど、二系統化を検討する経済的な意味が出てきます。逆に産業用水の割合が小さければ、一系統のほうが管理も設計もシンプルに収まります。
17. 水道施設は「地域産業を支える施設」でもある
ここで少し視点を広げたいと思います。
過疎地では、水道の利用者は住民であると同時に、農家であり、漁師であり、加工業者でもあります。水道は生活インフラであるだけでなく、地域産業を維持するインフラでもあります。
水道が使えなくなれば、農業も漁業も成り立たなくなる。そうなれば、住民が地域に留まる理由の一つが失われます。過疎地において水道を維持することは、単に「水を供給する」ことにとどまらず、その地域で産業が継続できる環境を守ることでもあるのです。
この視点を持つことで、水道施設の設計に対する問いが変わります。「この施設で何m³の水を処理できるか」という問いから、「この施設はこの地域の暮らしと産業を、50年後も支えられるか」という問いへ。
18. 「水道を地域に合わせる」という発想
山村、漁村、観光地。同じ「過疎地」という言葉でくくられていても、水道の姿は地域ごとにまったく異なります。
山村では、農業・畜産・林業を前提にした水需要があります。漁村では、漁業・水産加工を前提にした水需要があります。観光地では、季節によって観光客が集中し、平常時とは比較にならない需要のピークが生じます。
それぞれに、必要な水量の規模も、時間的・季節的な変動パターンも、求められる水質も異なります。「人口が何人だから何m³/日」という計算では、この違いを捉えることができません。
正しい出発点は次のようなものではないでしょうか。この地域では、誰が、何のために、いつ、どれだけの水を使うのか。その実態から出発して、水道を設計する。
19. もう一度「50人」に戻る
この記事の冒頭で考えた「50人・15m³/日」という水道。
記事を通して考えてきた結果、同じ「50人」でも、農業が主産業の山村と、漁業が主産業の漁村と、観光が主産業の地域では、必要な水道がまったく異なることが見えてきました。
日量も違う。時間的な集中パターンも違う。季節変動の大きさも違う。必要な水質の構成も違う。
人口は水道計画の重要な出発点ではあります。しかし、それだけでは水道の姿を決めることができません。人口という数字の背後にある、その地域の暮らしと産業の実態を見ることが不可欠なのです。
20. 結論:過疎地の水道は、都市の水道を小さくしたものではない
この記事を通じて考えてきたことを、最後に整理します。
水量については、日量だけでなく時間的な集中と季節変動を把握することが必要です。漁村では帰港時の時間集中、農村では農繁期の季節変動が、施設設計の根拠になります。
水質については、すべての用途を一律に最高水準にするのではなく、用途ごとに必要な水質を考えることが現実的な選択につながります。飲料水に求められる水質と、農機具の洗浄に求められる水質は同じではありません。
系統については、産業用水の割合が大きい地域では二系統化を検討する意味がある一方、一系統のほうが合理的な地域も多くあります。設備の二重化は管理コストの増加を伴うため、地域の需要構造を正直に評価したうえで判断することが必要です。
そして最終的に言えることは、過疎地の水道は、都市の水道を小さくしたものではないということです。
そこに暮らす人たちが、どのように生活し、どのように仕事をしているのか。その地域の「水の使い方」そのものに合わせて、水道を設計する。それが、次の世代に引き継げる過疎地の水道のあり方ではないでしょうか。
