近くの川から1日50m³を取水する場合の「水利権・協議・許可」をモデルケースで考える
「人口80人ほどの小さな集落に、地域で使う浄水場をつくりたい」「これまでは各家庭が井戸や沢水を使っていたが、老朽化や水質への不安から、集落で共同の水供給施設を整備したい」「近くに川があるので、そこから取水できないだろうか」——こうした相談が、人口減少が進む山間部や離島の集落から寄せられることがあります。
このようなケースでは、浄水設備の機種を選ぶ前に、まず整理しなければならないことがあります。それは「その川から水を取ることができるのか、誰に相談し、誰と協議し、どのような許可が必要なのか」という、水利に関する一連の手続きです。本記事では、実際の案件を想定しやすいよう、以下のモデルケースを設定して考えていきます。
今回のモデルケース
山間部のある集落を想定します。集落人口は80人、新しい水供給施設は集落で共同所有・管理し、集落内の各家庭に給水します。計画取水量は最大50m³/日、水源は近隣の河川で、河川水を浄水処理して集落へ供給します。既存の大規模水道事業体は集落まで給水しておらず、地元自治体との初期協議はすでに完了しており、「この方向で施設整備を検討しましょう」という了承を得た状態から先を考えます。
なお、給水人口80人であるため、水道法上の「水道事業」には原則として該当しません。水道法では、給水人口100人以下の水道による供給は「水道事業」から除かれています。もっとも、水道法の対象外であっても、自治体が条例や要綱等で小規模水道を規制している場合があります。ここでは自治体がこの施設を「小規模未規制水道」「飲料水供給施設」等として扱うことを確認済みという前提で進めます。
1. 「浄水場をつくる」と決まったら、最初にやること
最初にやることは、浄水設備の機種を選ぶことではありません。まず確認すべきは、「この川から、本当に必要な水量を安定して取れるのか」という一点です。
ここで重要になるのが、河川の種類、河川管理者、既存の水利権、慣行水利権、河川の流量、渇水時の流量、取水予定地点、そして上流・下流の水利用といった要素です。「川が近くにある」というだけでは、取水可能とは判断できません。これらを一つひとつ確認していくことが、浄水場計画の本当の出発点です。
2. まず「その川はどんなレベルの川なのか」を確認する
最初の調査項目は、意外に単純です。「この川は一級河川なのか、二級河川なのか、準用河川なのか、普通河川なのか」を確認することから始まります。
河川法が適用される河川では、原則として流水を継続的に取水するには河川法23条に基づく流水占用の許可、いわゆる水利権の許可が関係します。一方、普通河川には河川法は適用されず、市町村が条例などにより管理しています。普通河川であれば「河川法上の水利権」という整理そのものが変わってきます。
したがって、最初に行政窓口へ確認すべきことは「この取水予定地点はどんなレベルの河川に該当し、河川管理者はどこですか」というシンプルな問いから始めることで十分です。
3. 次に「50m³/日」を河川の単位に置き換えてみる
50m³/日は一見すると小さな数字です。しかし河川の水利使用では、1日何m³という数字だけでは判断できません。50m³/日を秒単位に換算すると、約0.00058m³/sになります。
問題は、その川が渇水時にどれだけ流れているかです。渇水時でも毎秒1m³流れる川であれば、50m³/日の取水は河川流量に対して非常に小さいでしょう。しかし山間の小さな川で渇水時に毎秒0.001m³しか流れていなければ、同じ50m³/日でも話はまったく異なります。「50m³/日だから簡単」ではなく、「その川の流量に対してどの程度の取水になるのか」が判断の鍵です。
4. 河川管理者に「既存の水利」を確認する
河川の種類が分かったら、次に確認するのがその川の既存水利です。農業用水・水道用水・工業用水・発電用水・その他の取水・慣行水利権など、すでにその川の水を使っている権利や慣行がないかを調べます。
水利権は単純な「○○さんが何m³持っている」というものではありません。水利使用規則には、目的・取水地点・取水方法・最大取水量・1日最大取水量・年間総取水量・取水条件・渇水時の制限・許可期間などが定められます。
今回のモデルケースでは、まず「○○川のこの取水予定地点について、既存の水利使用状況を確認したい」と河川管理者に相談するところから始まります。
5. そもそも「河川管理者」とは?
水利権を調べ始めると「河川管理者に相談してください」と言われます。河川管理者とは、その河川のその区間を法律上管理している行政機関のことです。ただし「河川管理者」という名前の役所があるわけではありません。河川の種類や区間によって、国土交通省の河川事務所、都道府県の河川担当部署、市町村の河川・土木担当部署などが窓口になります。
まずは「○○川の○○地点で、水道に準ずる生活用水として50m³/日の取水を検討しています。河川管理者と担当窓口を教えてください」と地元の市町村や都道府県に問い合わせることから始めれば十分です。なお、一級河川だから必ず国、二級河川だから必ず県という単純な区分ではなく、一級河川でも区間によって都道府県等が管理する場合があります。今回のような案件では、「河川管理者を探すこと自体が最初の調査の一つ」と考えておくことが実務上の正しい認識です。
6. 「水利権がない」と言われたら、それで終わりではない
仮に「この付近には許可水利権はありません」と言われたとしても、「では50m³/日を自由に取れる」という意味にはなりません。ここは特に注意が必要な点です。
昔から地域で使われてきた水であれば、慣行水利権が存在する可能性があります。旧河川法以前などから特定の者が継続的・排他的に利用してきた水については、社会的に承認された慣行水利権が認められる場合があり、これらは通常の許可水利権とは異なる扱いになります。
したがって、河川管理者への確認の際には「許可水利権だけでなく、慣行水利権や地域の既存取水も含めて確認したい」と伝えることが重要です。
7. 水利権者が見つかったら、すぐに「交渉」するのか?
既存の水利権者が確認できたからといって、すぐに個別交渉を始めるわけではありません。まず河川管理者に「今回の50m³/日の取水について、関係河川使用者は誰になりますか」と確認します。
河川法では、既得水利権者や漁業権者など、取水によって損失を受ける可能性がある関係河川使用者への通知・意見提出等の仕組みがあります。実務上も、既存の水利使用に影響が出る場合には、新規の水利使用者が許可申請に先立って関係者の同意を得ることが多いとされています。ただし、影響を受けないことが明らかな関係者まですべての人から同意を取る必要があるわけではありません。「誰と話をする必要があるかを、まず河川管理者と整理する」ことが重要なステップです。
8. 例えば、こんな関係者が出てくる
取水予定地点の上流にA農業用水があり、下流にC農業用水とD漁業があるケースを想像してみましょう。この場合、集落側が最初からA・C・Dのすべてに連絡するのではありません。まず河川管理者に「この取水によって影響を受ける可能性があるのはどこですか」と確認します。その結果として、A農業用水とは協議が必要、C農業用水にも影響確認が必要、D漁業についても意見を確認、その他の水利使用者には影響なし、という整理になるかもしれません。これが水利調整の入口です。
9. 次に必要なのが「河川流量の調査」
既存水利の調査と並行して、河川流量を調べます。特に重要なのは、平常時の流量ではなく渇水時にどの程度流れているかです。
水利使用許可の判断では、基準渇水流量から河川維持流量や既存水利使用量を差し引いた残りと新規取水量との関係が重要な判断材料になります。基準渇水流量は一般に10年に1回程度の渇水年における取水予定地点の流量を基礎とする考え方です。今回のような小規模取水でも、考え方の基本は「川にどれだけ水があるか、川に残すべき水、既存水利で使う水、新しい集落が使う水」という関係になります。
10. ここで初めて「この川を水源として採用できるか」を判断する
河川の種類・河川管理者・流量観測資料・渇水時流量・水質・上流の土地利用・洪水や土砂災害のリスクといった水源調査と、許可水利権・慣行水利権・農業用水・漁業などの水利調査、さらに取水地点・浄水場候補地・導水距離・高低差・集落までの管路といった施設条件をまとめて評価したうえで、「この川を水源として採用する」という基本方針を決定します。
11. 水質調査も、この段階で始める
浄水場を建設する以上、水量だけでなく水質も非常に重要です。河川水であれば、濁度・色度・pH・有機物・アンモニア態窒素・大腸菌等・鉄・マンガン・農薬・PFASなどの対象物質、上流側の生活・農業・工業活動を確認します。「この川は水量的には取れるが、原水水質が非常に不安定」ということもあり得ます。そうなると浄水方式や維持管理費が大きく変わってきます。水利権調査と水質調査は別々の仕事ですが、浄水場計画としては同時に進めることが合理的です。
12. 取水地点を決める
「この川から取る」と決まっても、次に「どこから取るのか」を具体的に決める必要があります。川幅・水深・河床・洪水時の水位・渇水時の水位・取水口の設置可能性・河川管理施設との関係・土地所有関係・浄水場までの距離・導水管の施工性などを調べます。同じ川でも取水地点が数百m違うだけで水利関係や施工条件が変わることがあります。水利権の重要な内容として「占用の場所」が定められることからも、取水地点の選定は慎重に行う必要があります。
13. 取水施設そのものにも許可が必要になる
ここで重要な点があります。「水利権を取得すること」と「浄水場を建てられること」は別の話です。河川区域内に取水口・取水ポンプ・取水堰・取水塔・管路などの工作物を設置する場合、河川法上の工作物の新築等の許可などが関係する可能性があります。水利使用に伴って河川区域内に施設を設ける場合、流水占用の許可だけでなく、土地の占用や工作物の新築等の許可なども必要になる場合があり、これらを一体の事業として同時に申請する考え方が示されています。「水を取れること」と「その取水施設を河川に設置できること」は別々に確認する必要があります。
14. 水利使用の許可申請を準備する
ここまで来たら、いよいよ水利使用許可の申請準備です。今回のケースであれば、目的を集落の生活用水、取水地点を○○川○○地点、最大取水量を50m³/日、取水方法をポンプ取水、給水人口を80人、浄水場を○○地点、配水先を○○集落とした事業計画を整理します。
重要なのは「なぜ50m³/日必要なのか」を合理的に説明できることです。取水量は目的・事業計画から見て必要かつ妥当な範囲であることが求められます。「浄水場を50m³/日にしたいから50m³/日ください」ではなく、「80人の集落に対して計画上この程度の水需要があり、そのため最大50m³/日の取水が必要です」という説明が求められます。
15. 「50m³/日」という数字をもう一度考える
80人に50m³/日ということは、単純計算で一人当たり625L/日になります。実際の計画では、1人1日使用水量・最大給水量・漏水・浄水場内での洗浄水・配水ロス・将来人口などを整理して「50m³/日は本当に必要か」を確認することが重要です。この段階で「50m³/日必要だと思っていたが、実際には30m³/日で足りる」となる可能性もあります。これは水利協議を有利に進めるためにも重要な確認作業です。
16. 既存水利との協議では、何を話すのか?
「水利権の交渉」と聞いてもイメージしにくい部分です。例えば農業用水の関係者との協議であれば、「集落の生活用水として、最大50m³/日を取水したい」という話から始まります。相手から「夏の渇水時に農業用水が不足しないか」という懸念が出るかもしれません。そこで「一定の流量以下になった場合は取水を制限する」「農業用水の取水時間帯を避ける」「渇水時には集落側で貯水槽を利用する」などの対策を検討することがあります。ただし何を合意する必要があるかは河川・水利関係によって大きく異なります。全国一律の「水利権交渉書式」が存在するわけではなく、その川の状況に応じた実務的な協議が必要です。
17. 最終的に「水利使用規則」という形になる
協議と行政審査を経て許可されれば、その水利使用の具体的な内容は水利使用規則に定められます。水道用として使用する、取水地点はここ、最大取水量は○m³/s、1日最大取水量は○m³、渇水時には一定条件で取水制限、取水量を測定する、許可期間は○年間——こうした条件が記載されます。
つまり今回の集落にとっては、「川の水を50m³/日使ってよい」という漠然とした権利をもらうというよりも、「この目的で、この地点から、この方法で、この量を、この条件のもとで使用してよい」という許可を得る、と考えるほうが実態に近いでしょう。
18. モデルケースを時系列にするとこうなる
ここまでを実務の流れとして整理すると、以下のような順序になります。
STEP 0 現状の状態
以下の状態から検討を開始するとします
集落80人
自治体との初期協議済み
共同浄水場をつくる方向で合意
近隣に候補河川あり
STEP 1
候補河川の正式名称・取水予定地点を確定する
STEP 2
その地点の河川区分を確認する
一級?
二級?
準用?
普通?
STEP 3
その地点の河川管理者を特定する
国?
県?
市町村?
STEP 4
実際の担当部署を特定する
○○河川事務所?
○○土木事務所?
県○○課?
市役所○○課?
STEP 5
河川管理者に事前相談する
「集落80人、最大50m³/日の生活用水として取水を検討しています」
STEP 6
既存水利・流量・必要な協議相手を確認する
という順番になります。
19. このモデルケースで一番大切なこと
今回のような小さな集落の浄水場では「水利権を取る」という作業を単独で考えないことが重要です。水需要→水源→河川流量→既存水利→水質→取水地点→関係者との調整→水利使用許可→取水施設→浄水場→維持管理、という一連の事業として捉える必要があります。
なお、50m³/日という規模は、国土交通省が定める特定水利使用・準特定水利使用の水道の規模(それぞれ最大2,500m³/日以上、1,200m³/日以上)を大幅に下回ります。このモデルケースでは「巨大な水資源開発事業」のような大規模な水利調整を想定する必要はありません。もっとも、河川法上の河川から取水する以上、規模が小さいことだけで許可が不要になるわけではなく、河川の種類と管理者に応じた手続きが必要です。
20. 小さな集落だからこそ「水利権」だけを見てはいけない
80人程度の集落では、大きな水道事業と違い、誰が施設を持つのか、誰が水質管理するのか、誰がポンプを点検するのか、故障したら誰が修理を頼むのか、水利使用許可の申請者は誰なのか、集落の人口が50人になったらどうするのか、といった問題も非常に重要です。
給水人口100人以下の小規模水供給システムでは、施設・財政・維持管理・衛生確保などが課題になることが指摘されています。小さな浄水場をつくる場合、「つくれるか」だけでなく「20年後も、この集落で維持できるか」まで含めて計画する必要があります。
まとめ
今回のモデルケースで、自治体との初期協議が終わった後に最初にすることは、浄水設備を選ぶことでも、水利権者に交渉を申し込むことでもありません。まず「この川から、集落の生活用水として必要な量を、長期的・安定的に取水できるのか」を調査することです。
そのために、①河川の種類と河川管理者を確認する、②既存水利権を調べる、③慣行水利権を調べる、④河川流量・渇水時流量を調べる、⑤水質を調べる、⑥取水地点を決める、⑦関係河川使用者を河川管理者と整理する、⑧必要な関係者と協議する、⑨水利使用許可を申請する、⑩取水施設・浄水場等の設計・許認可へ進む、という順番になります。
そして最も重要なのは、水利権は「川の水を所有する権利」ではなく、特定の目的・場所・方法・量・条件のもとで河川の流水を使用することを認めてもらう制度であるという基本理解です。80人程度の集落であっても、この基本構造は変わりません。ただし規模が小さいからこそ、水利権そのものよりも地域の慣行・自治体独自の小規模水道制度・維持管理体制などが事業成立の鍵になる場合があります。
国土交通省も2026年3月に、人口減少地域等を念頭に「近傍水源を開発し、小規模な水道施設を導入する」という分散型システムを選択肢の一つとして整理しています。今回のような案件は、これからの日本においてますます重要になる分野です。小さな集落の水を守るための計画は、大きな水道事業と同じ丁寧さと慎重さを持って進める必要があります。
なお、国交省も水利権についてはかなり詳しく解説されています。そちらの記事も合わせて参考人されるのが良いと思います。
水利権制度等-国交省HP(下記画像クリックで国交省の該当HPが開きます)

