はじめに
「うちの地域には、どんな浄水方法が合っている?」
水道水をつくる方法には、いくつかの種類があります。
代表的なものとして、
- 急速ろ過
- 上向流粗ろ過+緩速ろ過
- 膜ろ過
- 深井戸による地下水利用
- 地下水+除鉄・除マンガン
などがあります。
では、どれが一番優れているのでしょうか。実は、そう簡単には決められません。浄水方法にはそれぞれ、得意なことと、苦手なことがあるからです。
例えば、
- 土地はあるけれど、人をあまり置けない
- 土地はないけれど、機械設備を置くことはできる
- 水はかなり濁る
- 水は比較的きれい
- 人口が多い
- 人口が少ない
- 機械設備の更新費用が負担になっている
など、地域の条件によって有力な方式が変わります。
さらに、「現在使っている方式」と「今の地域に合っている方式」が同じとは限りません。
30~40年前には合理的だった方式が、人口減少や水需要の減少、人手不足、設備の老朽化などによって、次の更新時には別の方式のほうが合理的になることもあります。
このガイドでは、専門家が行っている浄水方式の選択を、できるだけ一般の人にも分かる形にしてみます。
STEP 1 まずは、ざっくり診断してみよう
あなたの地域なら、どの方式が候補になりそう?
最初から難しい話はしません。まず、次の質問に答えてみてください。
① 水源は何ですか?
深井戸
ここで、地下水の水質が、、
- 水質が比較的良好→ 地下水+必要な消毒など
- 鉄・マンガンが多い→ 地下水+除鉄・除マンガン
河川・ダム・湖など
② 河川・ダムなどの水は、どのくらい濁りますか?
🟢 濁りが少ない~中程度の濁り・ある程度の変動がある
→ 上向流粗ろ過+緩速ろ過が有力候補
🔴 大きく濁る・大雨などで高濁度になる
→ 急速ろ過・膜ろ過などを優先して比較
③ 給水人口はどのくらいですか?
| 給水人口 | まず比較したい方式 |
|---|---|
| 100人以下 | ⭐ 上向流粗ろ過+緩速ろ過 |
| 101~5,000人 | ⭐ 上向流粗ろ過+緩速ろ過、膜ろ過 |
| 5,001人以上 | ⭐ 急速ろ過の優先度が高くなる |
※これは「人数だけで方式が決まる」という意味ではありません。規模が大きくなるほど、必要な処理水量や施設規模などが変わるため、方式を比較する際の重要な目安として使います。
④ 浄水場に職員を常駐させることはできますか?
「難しい」→上向流粗ろ過+緩速ろ過、または膜ろ過を優先的に検討。
ただし、両者の考え方は違います。
- 上向流粗ろ過+緩速ろ過: 機械設備そのものを少なくして、人が操作する必要を減らす。
- 膜ろ過: 自動運転・自動逆洗などを利用して、人が操作する必要を減らす。
つまり、「人が少ない」という問題を、機械を減らして解決するか、機械による自動化で解決するかの違いです。
「常駐できる」→ 急速ろ過も選択肢に入りやすくなります。
特に、
- 給水人口が多い
- 原水の濁度変動が大きい
- 大量の水を処理する
- 土地が限られている
という条件が重なると、急速ろ過のメリットが大きくなります。
⑤ 土地は十分ありますか?
「ある」→ 上向流粗ろ過+緩速ろ過のメリットが大きくなる
「少ない」→ 膜ろ過・急速ろ過のメリットが大きくなる
ここまでの診断を、ひと目で見ると
【地域の水道】
│
▼
水源は何?
/ \
深井戸 河川・ダム・湖
│ │
▼ ▼
地下水の水質 原水の濁り
│ │
┌─────────┴───┐ ┌────┼─────────┐
│ │ │ │ │
良好 鉄・Mn等 少~中 大きく変動
│ │ │ │ │
▼ ▼ └─┬──┘ ▼
地下水+ 除鉄・ │ 急速ろ過
必要な処理 除Mn ▼ ・膜ろ過等
上向流粗ろ過
+緩速ろ過
│
▼
給水人口は?
┌────────┼────────┐
│ │ │
~100 101~5000 5001~
│ │ │
▼ ▼ ▼
粗ろ過+ 粗ろ過+ 急速ろ過の
緩速ろ過 緩速ろ過 優先度↑
/
膜ろ過
│
▼
職員常駐は?
/ \
難しい できる
│ │
▼ ▼
粗ろ過+ 急速ろ過も
緩速ろ過 比較しやすい
または膜ろ過
│
▼
土地は?
/ \
ある 少ない
│ │
▼ ▼
粗ろ過+ 膜ろ過・
緩速ろ過 急速ろ過
このフローチャートの使い方
ここで大切なのは、「最後に必ず一つの答えが出る」わけではないということです。
例えば、以下のケースなら、上向流粗ろ過+緩速ろ過がかなり有力になります。
給水人口2,000人
河川水
濁りは少~中程度
職員常駐が難しい
土地は十分ある
一方、以下のケースだと膜ろ過などの評価が上がります。
給水人口2,000人
河川水
大雨で濁度が大きく上昇
職員常駐が難しい
土地が少ない
つまり、この診断は、「あなたの地域では、この方式を比較してみる価値が高そうです」というところまで案内するものです。
STEP 2 5つの方式を表で比べてみよう
ここまでの診断で、「なるほど、うちの地域では上向流粗ろ過+緩速ろ過が候補なのか」と思ったら、次にこの表を見てより納得感を増していただけたらと思います。
| ー | 急速ろ過 | 上向流粗ろ過+緩速ろ過 | 膜ろ過 | 深井戸地下水 | 地下水+除鉄・除マンガン |
|---|---|---|---|---|---|
| 一言でいうと | 機械と薬品で大量処理 | 土地と自然の力を利用 | 膜でコンパクトに処理 | 良い地下水を使う | 地下水の弱点だけ処理 |
| 主な水源 | 河川・ダム等 | 河川等 | 河川・地下水等 | 深井戸 | 深井戸 |
| 濁りへの対応 | ◎ | ○~◎ | ◎ | ◎※ | ◎※ |
| 濁度変動への対応 | ◎ | ○~◎※ | ◎ | ◎※ | ◎※ |
| 必要な土地 | ○ | △(広い) | ◎(少ない) | ◎ | ◎ |
| 機械設備 | 多い | 少ない | 多い | 少ない場合あり | 中程度の場合あり |
| 日常的な操作 | 比較的必要 | 少ない | 少ない | 少ない場合あり | 少ない場合あり |
| 自動化 | ○~◎ | △~○ | ◎ | ○~◎ | ○~◎ |
| 薬品 | 比較的多い | 少なくしやすい | 洗浄等で必要 | 必要な場合あり | 処理による |
| 機械更新 | 多い | 少ない | 多い | 少ない場合あり | 中程度の場合あり |
| 維持管理費 | 中~高 | 低くしやすい | 中~高 | 低くできる場合あり | 中程度の場合あり |
| 小規模水道 | △~○ | ◎ | ○ | ◎ | ◎ |
| 大規模水道 | ◎ | △~○ | ○ | △ | △ |
| 土地に余裕のある地方 | ○ | ◎ | ○ | ◎ | ◎ |
| 土地が少ない都市部 | ◎ | △ | ◎ | ― | ― |
※実際の適性は原水水質、施設条件などによって異なります。
STEP 3 5つの方式を、もう少し詳しく知る
ここから先は、「もっと浄水の方法について詳しく知りたい人向け」です。
全部を読む必要はありません。STEP 1で自分の地域の候補になった方式から読んでも構いません。
① 急速ろ過
「大量の水を、比較的コンパクトな施設で処理する」方式
急速ろ過は、河川やダムなどの表流水を処理する代表的な方式です。
基本的には、凝集 → 沈殿 → 砂ろ過という流れで水を処理します。
原水中の細かな濁りを凝集剤でまとめて大きなフロックにし、沈殿させ、その後砂でろ過します。
強み
最大の強みは、「濁りのある水を大量に処理できる」ことです。また、緩速ろ過よりも処理速度が速いため、同じ処理能力なら比較的コンパクトな施設にできます。
そのため、
- 大都市
- 人口の多い地域
- 土地が限られている地域
などと相性がよい方式です。
しかし、設備が多い
急速ろ過では、
- 凝集剤注入設備
- 沈殿設備
- ろ過設備
- ポンプ
- バルブ
- 計測機器
- 制御設備
など、多くの設備が必要になります。
原水の濁度が変われば、凝集剤の注入量も適切に調整する必要があります。常駐職員がいる浄水場なら対応しやすい一方、職員が常駐しない施設では、自動計測・自動制御などが重要になります。
高度処理を追加することもある
急速ろ過だけでなく、
- 粒状活性炭
- オゾン
- オゾン+粒状活性炭
などを組み合わせることがあります。より高度な処理ができる一方、設備・電気・薬品・メンテナンス・更新費用も増えます。
したがって、「急速ろ過は高性能だから、どこでも最適」ということではありません。
② 上向流粗ろ過+緩速ろ過
「土地を使って、機械設備を減らす」方式
今回の診断で、地方の小規模水道を考える際に特に注目したい方式です。緩速ろ過では、水をゆっくり砂層に通します。砂の表面には生物ろ過膜が形成され、その働きも利用して水を浄化します。その前に上向流粗ろ過を設けることで、原水中の比較的大きな濁質を先に取り除きます。
強み
最大の特徴は、機械設備が少ないこと。そのため、
- 機械故障が少ない
- 機械のメンテナンスが少ない
- 機械更新費用を抑えやすい
- 日常的な運転操作が少ない
- 常駐職員を置きにくい施設でも管理しやすい
というメリットがあります。
濁りに弱い?
従来、「緩速ろ過は濁った水に弱い」というイメージがありました。
これは緩速ろ過単独を考えた場合には重要な弱点です。しかし、上向流粗ろ過を前段に組み合わせることで、濁度変動への対応力を高めることができます。したがって、「緩速ろ過だから濁った川には使えない」とは一概に言えません。
最大の弱点は土地
一方で、処理速度が遅いため、広いろ過面積が必要です。そのため、土地が高い都市部では不利。逆に、土地が比較的安い地方では、この弱点が小さくなります。これは今回の診断で非常に重要なポイントです。
③ 膜ろ過
「土地を使わず、機械と膜でコンパクトに処理する」方式
膜ろ過では、非常に細かな孔を持つ膜を使って水をろ過します。大きな特徴は、コンパクトで、自動化しやすいことです。
強み
- 必要な土地が少ない
- 自動運転しやすい
- 日常操作を少なくできる
- 濁りや微生物などを高い精度で除去できる
そのため、「土地は少ないが、人が常駐しにくい」という地域でも候補になります。
ただし、膜は汚れる
膜は使用していると表面が閉塞してきます。そこで、 逆洗という一定時間ごとに水や空気を使った操作で自動的に洗浄します。また、一定期間ごとに薬品洗浄という方法で、
- 有機物
- 金属類
- 硬度成分
などを洗浄します。完全自動化することもできますが、設備費が高くなるため、専門人材が定期的に作業する方式もあります。
注意点
膜ろ過は、「コンパクトだから安い」とは限りません。
- 膜の更新
- ポンプ
- 電気
- 制御設備
- 薬品
- 薬品洗浄
などの費用がかかります。つまり、土地を節約する代わりに、機械・膜・電気・薬品にお金をかける方式と考えると分かりやすいでしょう。
④ 深井戸による地下水
「そもそも良い水源を使う」方式
深井戸による地下水利用は、表流水を高度な設備で処理するのとは発想が違います。地下の地層を通ることで自然にろ過された水を、水源として利用します。良好な地下水であれば、必要な処理だけを行うというシンプルな水道にできる可能性があります。
強み
- 濁りが少ない場合が多い
- 水質が比較的安定している場合がある
- 天候による急激な濁度変動を受けにくい
- 大規模な浄水設備が不要になる場合がある
注意点
地下水だから必ず良い水とは限りません。地域によって、
- 鉄
- マンガン
- 硝酸性窒素
- 硬度
- その他の成分
などに注意する必要があります。また、必要な水量を将来にわたって確保できるかも重要です。
⑤ 地下水+除鉄・除マンガン
「地下水の弱点だけ処理する」方式
地下水自体は良好でも、鉄やマンガンが多いという地域があります。
その場合、
- 酸化
- ろ過
などによって鉄・マンガンを取り除きます。表流水を大規模に処理するより、必要な処理だけを組み合わせられる可能性があります。
ただし、「鉄とマンガンだけ取れば必ず大丈夫」ということではありません。地下水全体の水質を調査して、何を処理する必要があるのかを確認することが大切です。
STEP 4 「今の方式」と「これからの方式」は同じとは限らない
ここからが、このガイドで特に大切な考え方です。例えば、現在:急速ろ過だったとして、診断結果が、次回更新時:上向流粗ろ過+緩速ろ過が有力となったとします。このとき、「今の浄水場は間違っている」とは限りません。
浄水場がつくられた時代を考えてみる
例えば、1980年代。
当時は、
- 人口が増えていた
- 水需要も増えていた
- 経済成長が続いていた
- 水道料金収入も増えると考えられた
- 職員を確保しやすかった
- 機械設備を維持できると考えられた
という地域がたくさんありました。その条件なら、「大量の水を、コンパクトな浄水場で処理する急速ろ過」を選ぶことには合理性がありました。
STEP 5 現在は条件が変わっているかもしれない
現在は、
- 人口減少
- 水需要減少
- 水道料金収入の減少
- 職員不足
- 技術職員不足
- 機械設備の老朽化
- 更新費用の増加
などが問題になっています。
さらに地方では、土地はあるが、人とお金がないという状況も考えられます。そうなると、「土地を使ってでも、機械設備を減らす」という考え方の価値が高くなります。そこで、上向流粗ろ過+緩速ろ過が次回更新時の候補として浮かび上がることがあります。
STEP 6 だから「更新時」に比較する
大切なのは、今すぐ方式を変えることではありません。
現在の施設がまだ使えるのであれば、現在の施設を適切に維持管理しながら、「次に大規模更新するときには、どの方式を選ぶのが合理的か?」を考えるのです。例えば、
現在、急速ろ過の浄水場だったとしても、
地域の現在条件
- 給水人口:2,000人
- 原水:河川
- 濁度:少~中程度
- 土地:余裕あり
- 職員:常駐困難
- 機械設備:老朽化
この場合、次回更新時の候補としては、
- 第1候補:上向流粗ろ過+緩速ろ過
- 第2候補:膜ろ過
- 比較対象:現在の急速ろ過
というように考えます。
STEP 7 最後に「役所に聞いてみよう」
この診断の目的は、住民が浄水場の設計をすることではありません。「自分の地域の水道について、具体的な質問ができるようになること」です。
例えば、
- 現在の浄水方式は、いつ、なぜ選ばれたのでしょうか?
- 建設当時と比べて、給水人口はどのくらい変わりましたか?
- 水需要はどのくらい変わりましたか?
- 現在の機械設備の更新には、今後どのくらいの費用が必要ですか?
- 浄水場に職員を常駐させることは難しくなっていますか?
- 次回の更新では、現在とは違う浄水方式も比較しますか?
- 上向流粗ろ過+緩速ろ過を比較検討したことはありますか?
- 膜ろ過にした場合、建設費と維持管理費はどう変わりますか?
などです。
最後に
このガイドで目指しているのは、「専門家のように浄水場を設計できるようになること」ではありません。
まず、「うちの地域では、どういう方式が候補になるんだろう?」と考えられること。
そして、「今の方式は、昔の条件では合理的だったのかもしれない。でも、今の条件ではどうなんだろう?」と考えられること。
さらに、「次の更新では、これとこれを比較してほしい」と行政に質問できること。
そのために、
- ① まず診断する
- ② 表で比較する
- ③ 詳しい解説を読む
- ④ 現在の施設と照らし合わせる
- ⑤ 必要なら行政に質問する
という順番で、このガイドを使います。
浄水方法は、「一番優れた方式」を選ぶものではありません。
その地域の水源、人口、土地、人、設備、費用、そして将来に合った方式を選ぶものです。
そして、30年前の最適と、現在の最適と、20年後の最適が違っても、それはおかしなことではありません。むしろ、人口や社会の状況が変われば、水道施設もそれに合わせて考え直すことが自然なのです。
