1. 高まる「インフラへの不安」と自律型防災へのシフト
能登半島地震での長期断水は、多くの人に「行政の準備だけでは間に合わないことがある」という現実を突きつけました。政府や自治体が懸命に復旧を進めていても、末端の集落に水が届くまでには、どうしても時間がかかります。
この経験を受けて、地域や集落の単位で「公助を信頼しつつも、過度に期待せず自分たちでも備える」という共助・自助の動きが、全国各地で静かに加速しています。水道を単一の系統だけに依存するリスクを減らし、独自のバックアップ給水網を構築しておこうという動きです。
本記事では、この流れの中で具体化しつつある3つのアプローチを整理し、それぞれの特性と組み合わせ方について提言します。
2. アプローチ①:集落単位での「生活用水バックアップ水道」の整備と注意点
未利用水源を活かした独自給水網の構築
集落の近くに利用可能な水源がある場合——湧水や小河川など——、そこを活用して被災時専用の独自給水網を整備しておく動きが出てきています。市町村による水道の災害対策強化を否定するのではなく、その上に自分たちの備えも重ねるておくという発想です。
仮に公共水道にトラブルが起きても自分たちで用意した生活用水供給装置でなんとか最低限の生活を維持しようとするもので、災害レジリエンスの向上につながります。
ただし、この取り組みを住民主導だけで進めようとすると、陥りがちな問題があります。例えば、水量の見積もりが甘く、渇水期に供給が追いつかない。水質の確認が不十分で、設備スペックが実態に合わない。その結果、無駄な初期投資や想定外の維持管理コストが発生するケースが少なくありません。もし計画中の方がご覧になっている場合、プロの設計指導を適宜入れることが、最終的なコスト最適化に直結します。
3. アプローチ②:浄水場の一部を「可変式(移動型)」にするレジリエンス強化
固定された浄水場からの脱却
従来の浄水場は、完全に固定された施設として設計されてきました。その地点で水を浄化し、管路で送水する。この構造は効率的ですが、浄水場そのものが被災した場合に脆弱です。
これに対して、一部の先進的な自治体では、浄水機能の一部を「可搬型浄水装置」としてパッケージ化し、必要に応じて移動・展開できる設計への転換が始まっています。
浄水場のベースとなる恒久的な浄化機能には、粗ろ過×緩速ろ過を据えます。薬品も複雑な機械も必要とせず、ランニングコストはほぼ電気代のみ。月1回程度の巡回点検で運用できるため、担い手が少ない集落でも継続的な管理が可能です。
その上で、突発的な造水需要の急増や、大雨後の急激な高濁度時に対応するバックアップとして、可搬型浄水装置(膜ろ過・機械式砂ろ過・繊維ろ過など)を組み合わせます。可搬型は平時は稼働せず待機状態とし、必要な時だけ稼働させる設計です。
粗ろ過×緩速ろ過の「動かない強み(低コスト・長期安定)」と、可搬型装置の「動ける強み(即応性・機動力)」を組み合わせるこのハイブリッド方式が、今後の小規模水道のデファクトスタンダードになると私たちは見ています。
北九州市のモバイルシフォンタンク導入事例
この考え方を先行実装した事例として注目されるのが、北九州市上下水道局による日本原料株式会社の「モバイルシフォンタンク」の導入です。
このシステムは、平時は道原浄水場の補助設備として稼働しています。しかし災害時には被災地へ搬送し、現地で独立した浄水機能として使用することを明示的に想定した設計になっています。さらに重要なのが、「近隣自治体が被災した場合には移送して使用する」という広域融通の思想を明示している点です。
これは単なる応急給水車ではありません。移動可能な浄水機能として、平時と有事の両方で価値を発揮する設計です。自拠点が被災した際の代替運転だけでなく、近隣の被災地域へ移動して即座に給水を開始できる「融通性」が、地域全体の災害レジリエンスを飛躍的に高めます。
4. アプローチ③:平時は景観、有事は命のインフラ「池水・せせらぎ浄化型」
フェーズフリーなインフラという新発想
3つのアプローチの中で、最も革新的でありながら、実施例がまだ極めて少ないのがこの池水浄化型です。しかし今後の普及が最も期待される手法でもあります。
地域の池やせせらぎの水を常時循環・浄化するシステムを設置し、平時は水質改善による景観向上に貢献しながら、災害時にはそのまま生活用水の供給施設として機能させる。モードの切り替えも特別な操作も不要で、平時に動いていたものが有事もそのまま動き続けるフェーズフリーな設計です。
静岡県磐田市・ヤマハ発動機の先行事例
現時点で国内における代表的な実施例が、静岡県磐田市でのヤマハ発動機による取り組みです。池水を常時浄化するシステムを導入し、平時の景観維持と有事の生活用水確保を両立させるという構想を実装しています。
この取り組みが示す可能性は、水道行政だけにとどまりません。
平時においては、水質改善による景観向上、子どもたちへの環境・水浄化に関する生きた学習教材、自治体の先進的な環境政策としてのPR効果が期待できます。有事においては、別途装置を搬入・設置することなく、即座に生活用水の供給拠点として機能します。
企業CSRとしての新たな可能性
さらに注目したいのが、民間企業がCSR(社会的責任)活動として、地域の池や水辺にこのシステムを寄贈・導入するという動きの可能性です。地域貢献とBCPを同時に実現できるこのモデルは、企業にとって新たなESG投資の形として成立しうると私たちは見ています。地域住民の生活を守りながら、企業自身の事業継続性も高める。その両立を一つのシステムで実現できるという点で、今後の普及が期待されます。
5. 3つのアプローチを統合した持続可能な防災デザイン
3つのアプローチを整理すると、共通する方向性が見えてきます。
固定インフラから、分散・可変インフラへの移行です。一箇所に機能を集中させるのではなく、地域に分散した複数の水源と浄水機能を組み合わせ、一部が被災しても全体が機能し続ける構造を作る。この設計思想の転換こそが、これからの防災水道の核心です。
粗ろ過×緩速ろ過の「動かない強み」と、可搬型装置の「動ける強み」を組み合わせること。池水浄化型のフェーズフリーな設計を地域の拠点に組み込むこと。可搬型浄水装置を広域融通の資源として位置づけ、自治体間で連携する体制を整えること。
これらを統合した防災デザインが、「水道を公助だけに頼らない」という選択を、地域の日常に根付かせる道筋です。水未来研究所は、技術の提案と設計支援を通じて、この方向への移行をこれからも後押ししていきます。
