水道の浄水方法には、急速ろ過・膜ろ過・緩速ろ過など、さまざまな方式があります。その中でも緩速ろ過は、どちらかといえば「昔ながらの技術」というイメージを持たれているかもしれません。実際、緩速ろ過を採用する施設は減少傾向にあり、その大きな理由の一つが「広い土地が必要になること」です。
しかし、ここで私は少し立ち止まって考えてみたいのです。「土地をたくさん使うから緩速ろ過は不利」という評価は、本当に日本全国どこでも同じように当てはまるのでしょうか。東京のような大都市と、人口数万から十数万人程度の地方都市では、土地の価値がまったく異なります。もしそうなら、地方都市においては緩速ろ過をもっと積極的に再評価してよいのではないか——本記事では、そのような問いを出発点に考えを整理していきます。
緩速ろ過の最大の弱点は「土地を使うこと」
緩速ろ過は、砂の層をゆっくりと水が通過することで浄化を行う方式です。砂の表面には微生物による「生物ろ過膜」が形成され、これが水中のさまざまな物質を除去する役割を果たします。非常に自然に近いプロセスであることが特徴ですが、その「ゆっくり」という速度が、同時に最大の制約にもなります。
東京都水道局も、緩速ろ過は急速ろ過に比べてろ過速度が遅く、同じ量の水を処理するには広いろ過池面積が必要になると説明しています。神奈川県も、緩速ろ過は濁度や臭味、細菌類などの除去に優れる一方、「広大な用地を必要とする」ことから最近ではほとんど造られていないと述べています。緩速ろ過の弱点が広い土地を必要とすることにあるという評価は、確かに根拠のあるものです。
問題は、その「土地」がどれほど高価なのか、という点です。この問いが、議論の分かれ道になります。
東京の10ヘクタールと地方都市の10ヘクタールは同じではない
東京の市街地で10ヘクタールの土地を浄水場として確保することを考えてみましょう。それは非常に大きな機会費用を伴います。住宅・オフィス・商業施設など、その土地を別の用途に利用する選択肢がいくらでもあるからです。「浄水場のために10ヘクタールを使う」ということの重さが、大都市では計り知れないものになります。
ところが、人口10万人程度の地方都市で、中心市街地から少し離れた場所に10ヘクタールの土地があった場合はどうでしょうか。農地・休耕地・山林に近い土地・工業団地周辺・公有地・既存水道施設の周辺など、比較的安価に確保できる土地が存在する可能性があります。もちろん地域によって事情は異なります。しかし重要なのは、「広い土地が必要」という問題は、土地価格によってその経済的な意味が大きく変わるという事実です。
緩速ろ過を「土地を使うから不利」と一括りにするのではなく、その土地を確保するために、その地域ではいくらかかるのかまで踏み込んで考える必要があります。
むしろ人口減少時代には、緩速ろ過の長所が大きくなる可能性がある
ここからが、地方都市で緩速ろ過を再評価したい理由の核心です。
日本では人口減少が進んでいます。人口が減れば水道の使用量も減りますが、水道施設は人口に比例して小さくなるものではありません。浄水場には多くの設備があり、それらを維持・更新していかなければなりません。そしてこれからの地方では、電力費・設備更新費・人材確保の問題がむしろ深刻になっていく可能性があります。
こうした状況の中で、緩速ろ過の特徴を改めて見直すと、別の景色が見えてきます。名古屋市上下水道局は、緩速ろ過について「浄水処理技術が簡便で維持管理費用が安く、さらに良質な浄水水質が得られる」と説明しています。国土交通省の資料でも、省エネルギーで、凝集剤を使わずに良質な水を得られる技術として紹介されています。つまり緩速ろ過は、土地を使う代わりに、機械設備やエネルギーへの依存を小さくできる技術でもあるのです。
土地が高価な都市では、このトレードオフは不利に働きます。しかし土地が安く、電力費や設備更新費、人手不足が課題となる地方では、逆に魅力が増す可能性があります。
「郊外に浄水場を置く」という発想
そこで、一つの考え方を提示したいと思います。地方都市の中心部に浄水場を置く必要が、本当にあるのでしょうか。
水源から都市郊外の広い土地に引水し、粗ろ過・緩速ろ過・消毒を経て配水池へ、そこから中心市街地と周辺地域へ配水する——このような構成を考えることができます。中心市街地から少し離れたところに、比較的広い土地を使って緩速ろ過池を整備し、都市全体に供給する水を処理する。土地が安ければ、「広い」という緩速ろ過の弱点をかなり小さくできるかもしれません。
ただし、ここで重要になるのが送水管です。浄水場を郊外に移せば、浄水場から市街地まで水を送るための導水・送水施設が必要になります。「土地が安いから郊外に浄水場を作れば必ず安くなる」とは言えません。浄水場の建設費・土地代・電力費・薬品費・人件費・修繕費・更新費・送水管の建設と更新費を合わせて考える必要があります。国土交通省も、水道施設についてライフサイクル全体を考えるアセットマネジメントの重要性を示しています。「浄水場単体」ではなく「水道システム全体」で比較することが求められるのです。
緩速ろ過にはもう一つ弱点がある
緩速ろ過には、土地の問題以外にも考慮すべき弱点があります。それが原水の濁度変動への対応です。緩速ろ過は、比較的水質が良好で水質変動の小さい原水に適しています。大雨などによって河川の濁度が急激に上昇すると、そのまま緩速ろ過に送ることが難しくなる場合があります。神奈川県の施設でも、高濁度時には凝集剤を使用する対応が取られています。「地方の河川水は大雨で濁るから緩速ろ過は難しい」という反論は、一定の根拠を持っています。
しかしここでも、技術の進歩がこの問題に新たな可能性をもたらしています。
「粗ろ過+緩速ろ過」という組み合わせ
近年注目したいのが、粗ろ過と緩速ろ過を組み合わせるという考え方です。緩速ろ過の前段に粗ろ過を置き、まず大きな濁質を取り除いてから緩速ろ過に送ることで、緩速ろ過が苦手としてきた原水濁度の変動に対応しようという発想です。
日本ではすでに粗ろ過を前処理として組み合わせた緩速ろ過施設の実例があります。名古屋市上下水道局は、下関市菊川浄水場において「粗ろ過→緩速ろ過」という処理工程を採用している例を紹介しています。また近年は、上向流粗ろ過を緩速ろ過の前処理として利用する研究・実証も進められています。
これは重要なポイントです。昔の緩速ろ過をそのまま復活させるのではなく、現代の技術で弱点を補った「新しい緩速ろ過システム」として捉えることができるからです。
ただし「粗ろ過があれば何でも解決」ではない
ここは冷静に見る必要があります。粗ろ過によって濁度対策が改善できる可能性があるとしても、どんな水源・どんな濁度変動にも対応できるという意味ではありません。水源によっては、高濁度・藻類・臭気・有機物・化学物質・水質事故など、別の問題が発生することがあります。「粗ろ過+緩速ろ過なら万能」と考えるのは危険です。大切なのは、その地域の水源に対して本当に適した処理方式なのかを検証することです。
それでも「地方都市ではもっと検討していい」と思う
ここまで考えてみると、緩速ろ過に対して少し違った見方ができます。
従来は「緩速ろ過は広い土地が必要→土地が高い→都市では不利→急速ろ過などへ」という流れが主流でした。大都市では、これは確かに合理的な判断です。しかし地方都市では、「土地が比較的安い→郊外に広い土地を確保できる可能性がある→土地を多く使うという弱点が小さくなる→シンプルで省エネルギーな浄水方式のメリットが相対的に大きくなる」という逆転が起こる可能性があります。特に人口減少が進む地域では、この視点は重要ではないでしょうか。
「地方都市なら緩速ろ過」ではなく「条件が合う地方都市なら」
もちろん、すべての地方都市で緩速ろ過が適しているわけではありません。比較的安価な土地を確保できること、市街地が比較的コンパクトであること、浄水場から配水区域までの距離が極端に長くないこと、水源の水質が比較的良好であること、高濁度時の前処理を確保できること、電力使用量や薬品使用量を抑えたいこと、高度な機械設備への依存を減らしたいこと、将来的な人口減少と技術者確保の難しさが見込まれること——こうした条件が揃う地域で、積極的に検討する価値があると思います。
こうした条件が揃うなら、「土地をたくさん使う」という緩速ろ過の弱点が、弱点ではなくなる可能性があります。
実際、維持管理費の比較でも興味深い例がある
長野県上田市では、緩速ろ過方式の石舟浄水場と急速ろ過方式の腰越浄水場について維持管理費を比較しています。市の説明によれば、2021〜2023年度の比較対象費用を配水量で割った1m³当たりの維持管理費は、緩速ろ過が17.1円、急速ろ過が17.8円でした。
もちろん、浄水場の立地条件や取水方法などが異なるため、これだけで「緩速ろ過のほうが安い」と結論づけることはできません。しかし少なくとも、「緩速ろ過は古いから高コスト」と単純に考えるべきではないことを示す一例です。重要なのは、地域ごとに実際の条件を入れて比較することであって、方式の新旧だけで判断することではありません。
これから必要なのは「浄水方式の全国一律評価」ではない
日本の水道がこれから直面する課題は、人口減少・施設の老朽化・人材不足・電力価格・財政制約など、複雑に絡み合っています。国土交通省も、水道施設の更新について単純に既存施設をそのまま更新するのではなく、長期的なアセットマネジメントによって持続可能性を考えることを求めています。人口減少地域では分散型システムなども含めて、地域の状況に応じた水供給のあり方を検討する方向性も示されています。
そう考えると、「この方式が最新だから採用する」「この方式は古いから廃れる」という発想ではなく、その地域にとって50年後・80年後まで維持できる水道なのかという視点が必要になります。
緩速ろ過は「古い技術」ではなく「土地を使って機械を減らす技術」
私は、緩速ろ過を考えるとき、この見方が最もしっくりきます。緩速ろ過は、土地を使う代わりに機械設備やエネルギーへの依存を減らすという技術です。だから土地が非常に高い場所では不利になります。しかし土地が安い場所では、そのトレードオフが変わります。
日本では、都市部と地方では土地の価値が大きく異なります。さらに地方では人口減少によって土地の余剰が増える一方、電力費や設備更新費、人材確保の問題はむしろ深刻になっていく可能性があります。そう考えると、「広い土地が必要だから緩速ろ過は不利」という評価を地方都市にもそのまま当てはめるのは、少し違うのではないでしょうか。
「地方都市の水道」をもう一度設計し直す
例えば人口10万人の地方都市があるとします。中心市街地には高い土地しかないが、数km離れれば比較的安価な土地が確保できる。水源の水質も比較的良好で、粗ろ過によって濁度変動への対応力を高めることができる。浄水場から配水池までは自然流下をできるだけ利用できる。このような条件が揃うなら、巨大な機械設備を持つ浄水場を更新するよりも、土地を広く使ったシンプルな浄水場を新設するほうが、50年単位では合理的というケースがあっても不思議ではありません。
もちろん、実際にどちらが安いかは計算してみなければ分かりません。だからこそ、やってみる価値があります。
「地価」を変数に入れた浄水方式比較をしてみてはどうか
そこで私は、地方自治体が浄水場を更新するとき、緩速ろ過・急速ろ過・膜ろ過などを、地価まで含めたライフサイクルコストで比較することをもっと積極的に行ってよいのではないかと思っています。人口5万人・10万人・20万人・50万人という規模ごとにモデル都市を設定し、土地価格と必要用地面積の積に加えて、建設費・電力費・薬品費・人件費・修繕費・設備更新費・管路費・災害対策費を50年・80年といった長期で積算する。そうすれば「どの程度の地価なら緩速ろ過が有利になるのか」という、かなり具体的な答えが出せるはずです。これは「緩速ろ過は土地を使うから不利」という全国一律の議論よりも、ずっと実態に近い比較になるでしょう。
おわりに
緩速ろ過は、決して万能な浄水方式ではありません。広い土地が必要で、原水の水質によっては前処理も必要で、ろ過池の管理も欠かせません。しかしその代わりに、非常にシンプルな仕組みで水を浄化でき、省エネルギーで、比較的良質な水を得やすいという特徴があります。
そして今の日本では、土地は余りつつあり、人口は減り続け、電力や設備の維持にはお金がかかり、水道技術者の確保も難しくなっています。これは、もしかすると緩速ろ過を再評価する絶好のタイミングなのかもしれません。
大都市では土地を使わない浄水方式、地方都市では土地を使ってでもシンプルな浄水方式——地域によって最適な技術を使い分けることを、もっと真剣に考えてよい時期に来ているように思います。緩速ろ過を「昔の技術」として見るのではなく、土地が比較的安く人口減少が進む地方都市のための水道技術として見直してみる。そこには、これからの日本の水道を考えるうえで、意外に大きな可能性があるように思います。
