1. 市民の「自助」には限界がある。行政が担うべき「生活用水」の壁
大規模災害が発生した後、飲料水については一定の対応が機能することが多くなってきました。自治体の備蓄倉庫に保管されたペットボトル、全国から届く支援物資、避難所への配給——これらは過去の災害の教訓から整備が進み、発災から数日後には飲料水の確保はある程度の水準に達します。
しかし、能登半島地震の現場で改めて浮き彫りになったように、飲み水が届いても「生活」は守れません。
洗濯、入浴、床や壁の清掃、トイレの水——これらに必要な水量は、飲料水の比ではありません。1日1人あたり20リットル以上が最低限必要とされるこの「生活用水」を、ペットボトルで賄うことは物理的に不可能です。
給水車という手段もありますが、その運用には明確な優先順位があります。行政の中枢機関、病院、大型避難所——これらへの対応が完了してから、住宅街に届くとすれば相当な時間が経過してからです。その間、高齢者は重い水を運べず、被災した家の清掃も進まず、生活の再建は止まったままになります。
「市民が自分で備えてください」という自助の呼びかけには限界があります。行政が備え、整備し、仕組みとして用意しておくことが、次の災害で命と生活の質を守る鍵です。
本稿では、大きな予算を必要とせず、今すぐ着手できる7つの給水戦略を提案します。
2. 既存ストックの「機能転換」で水を確保する
アイディア①:公共施設の「雨どい給水口」への転換
全国の市町村には、役場、公民館、図書館、コミュニティセンター、警察署——様々な公共施設が存在します。これらの施設には、すでに雨どいが設置されています。
この雨どいに、わずかな改修を加えるだけで、災害時の給水拠点に変えることができます。具体的には、雨どいの下部に分岐管と簡易バルブを設置し、雨天時に住民が容器を持参して直接水を汲める構造にします。本格的な貯水槽や浄化設備がなくても、「雨が降っているときに住民が集まって水を汲む」という機能だけでも、生活の助けになります。
費用は数万円から数十万円程度。建物の維持管理予算の範囲内で実施できる施設も多いはずです。大型施設では、駐車場の地下空間を活用した地下貯水槽と小型ポンプを組み合わせることで、雨水を貯留・提供する機能を持たせることもできます。
重要なのは「今すぐできる低コスト版から始める」という姿勢です。完璧な設備を求めてゼロから予算を確保しようとすると、着手が遅れます。既存の雨どいに手を加えるだけなら、来年度の工事待ちにする必要もありません。
アイディア②:市民プールの「水の在庫」を戦略的に開放する
市や町が管理する公共プールには、常時大量の水が蓄えられています。夏季は子供たちが泳ぐ場所として機能しますが、それ以外の時期でも解放されている市民プールはあります。
このプールの水を、災害時に周辺住民へスムースに提供するルールをあらかじめ整備しておくことが重要です。「どのような災害が発生したときに」「誰の判断で」「どのような手順で」「どのように水を配るか」——このプロセスを平時に決めておかなければ、有事に機能しません。
同時に、このルールを地域住民に広く周知しておくことが不可欠です。「近くのプールに行けば水が汲める」という情報が住民の間に浸透していれば、災害直後の混乱期でも自発的に行動できます。
プールの水は飲料水基準を満たしていませんが、洗濯・トイレ・床の清掃・身体の洗浄には使えます。大量の水を確保できる点で、非常に有効な資源です。
3. 民間の力を借りる「災害協定」の質を上げる
アイディア③:地下水を持つ銭湯・ホテルとの実効的な入浴協定
銭湯や温浴施設を持つホテルの多くは、大量の水を必要とするため、独自の地下水(井戸)を水源として使用しています。公共水道が止まっても、自前の地下水があれば入浴サービスを継続できる可能性があります。
こうした施設と災害協定を結び、「断水発生時に一定の補助の下で市民向けの入浴サービスを提供する」という取り決めを平時から整えておくことが有効です。
ただし、協定の「質」が重要です。書面の合意だけでなく、以下の点を明確にしておく必要があります。燃料(ガス・灯油)の確保をどう支援するか。従業員が出勤できない場合の対応をどうするか。市民への周知と誘導をどう行うか。補助金の支払いタイミングと手続きをどうするか。これらが事前に決まっていなければ、有事に動けません。
入浴は単なる衛生の問題ではありません。長期の断水下で「お風呂に入れる」という体験が、被災者の精神的な支えになることを、現場経験を持つ支援者の多くが証言しています。
アイディア④:地下水を持つコインランドリーとの洗濯支援協定
地下水を使用しているコインランドリー店は、断水中でも洗濯サービスを提供できる可能性があります。こうした店舗と災害協定を結び、被災者への洗濯サービスを提供する仕組みを整えておくことを提案します。
長期の断水下では、洗濯ができないことが衣類の衛生状態を悪化させ、皮膚疾患や感染症のリスクにつながります。特に乳幼児や高齢者にとって、清潔な衣類の確保は健康維持に直結します。
一見すると地味な対策に見えますが、被災地での「生活の再建感」に大きく寄与します。コインランドリーは多くの市街地に存在しており、協定のネットワークを構築すれば、広域の洗濯支援が低コストで実現できます。
4. ハード整備と情報発信のデジタル化
アイディア⑤:公共空間への「拠点井戸」整備
公園や役所の敷地など、平時から人が集まりやすい場所に、電動・手動の両方で使用できる井戸を整備しておくことを提案します。
停電を想定すれば、電動ポンプだけでは不十分です。手動でも一定量の水が汲める構造にしておくことで、あらゆる災害状況に対応できます。
整備費用は井戸の深さや規模によって異なりますが、既存の防災予算の枠組みの中で計画的に進めることが可能です。整備後は、無料で開放できる設備として住民に周知し、「いざとなればここに行けば水が出る」という安心感を地域に根付かせます。
アイディア⑥:公園の池に「浄化機能」を付与する
市街地の大型公園には、景観のために管理されている池が存在することがあります。この池水に浄化設備(上向流粗ろ過など)を付設することで、平時は池水の水質維持に使い、有事には簡易生活用水として提供できる「二刀流」の設備として活用できます。
飲料水としての利用は水質基準の観点から難しい場合がありますが、洗濯・清掃・トイレ用水としての活用であれば、現実的な選択肢になります。
アイディア⑦:リアルタイム給水情報ポータルの構築
災害発生後の混乱を増幅させる最大の要因の一つが、「情報の不足」です。「どこで水が汲めるか」「どこでお風呂に入れるか」「どこで洗濯できるか」——この情報が住民に届かなければ、給水拠点を整備しても機能しません。
自治体の防災アプリやWebポータルに、以下の情報をリアルタイムで地図表示できる機能を平時から実装しておくことを提案します。現在稼働中の給水ステーションの場所と残量状況、入浴可能な施設のリストと受付状況、洗濯支援が利用できる施設の場所、避難所の混雑状況。
システムの構築は費用がかかりますが、既存の防災アプリのアップデートや、オープンデータを活用した低コストでの実装も可能です。この情報基盤があるだけで、被災者の行動が変わり、混乱が軽減されます。
5. 次なる災害に「今」備える
これら7つの戦略に共通するのは、「大規模な予算と時間をかけずに実施できる」という点です。
雨どいの改修は数万円。協定の締結は予算ゼロから始められます。拠点井戸は防災予算の優先事業として位置づけられます。情報ポータルは既存システムの活用で実現できます。
完璧な設備を一度に整えようとすれば、次の災害が来るまでに間に合いません。「できることから、今すぐ」という発想が、次の断水時に何万人もの生活を変えます。
水未来研究所では、自治体の実情に合わせた災害時給水戦略の立案と、技術面での支援を提供しています。「ウチの自治体で実現できる手段は何か」という最初の問いから、一緒に考えさせてください。
