1. 日本の水道が陥った「極端な議論」
ここ10数年、日本の水道業界では「広域化」という言葉が呪文のように繰り返されてきました。老朽化するインフラの更新費用を捻出できない中小自治体が増え、人口減少で収入が先細る中、「規模を大きくして効率化する」ことが唯一の処方箋であるかのような雰囲気が、業界を覆っていました。
ところが、2024年の能登半島地震が、その空気を一変させました。集中管理された水道システムが広域にわたって同時に機能停止し、復旧に数か月を要した現実を前に、「広域化は脆弱だ」「分散化こそが災害に強い」という声が急速に広がり始めました。
私はここに、違和感を覚えます。
「広域化か、分散化か」――その問い自体が、すでに思考を狭めています。本来、水道設計の本質は「どちらが正しいか」という二者択一ではなく、「この地域にとって、30年後・50年後に最も合理的な水の届け方は何か」をゼロベースで考えることのはずです。
その「原点」を、私はアフリカでの村落給水設計の現場から学びました。
2. アフリカの村で実践した「最適水道設計」のプロセス
かつて私は、タンザニアのWami/Ruvu流域における村落給水プロジェクト(JICA)に携わりました。対象は給水人口2,000人から7,000人規模の村々。20〜30の候補村について、水源の状況、地形、集落分布、人口規模、住民の意志などを総合的に調査・分析・評価し、最終的に10〜15の村を選定して給水システムを設計するというプロジェクトです。
このプロジェクトで私たちが使った「武器」は、大きく二つです。
一つは「点給水」、すなわちハンドポンプ付き井戸です。その場で掘り、その場で使う。動力を必要とせず、壊れても地域で修繕できる。最もシンプルで、最も強靭な給水方式です。
もう一つは「管路給水」です。湧水や深井戸からポンプで水を汲み上げ、配水池に貯め、管路を通じて集落内の複数の公共水栓(パブリック・タップ・スタンド)へ届けるシステムです。
重要なのは、この二つを「どちらかに統一する」という発想がなかったことです。地形を読み、集落の分布を読み、水源の位置を読みながら、「この村にはどちらが、あるいはどの組み合わせが最適か」を徹底的に議論しました。
3.【図面解説】地形と集落分布に合わせた「ハイブリッド設計」
以下に、実際の設計図面3枚を紹介します。同じ「村落給水」でも、地形と集落分布に応じて、いかに設計が異なるかをご覧ください。
なお、今回の事例紹介はJICAによって実施されたプロジェクト「The Study on Water Resources Management and Development in Wami/Ruvu Basin in the United Republic of Tanzania」です。この報告書はJICA図書館で閲覧可能である公開資料のため、皆様に参考として公開いたします。
図面1:MM5 Lukenge Village General Plan ―「線で届ける」管路主体型

Lukenge村の設計は、管路給水をメインとするモデルです。
西側に位置する2重丸の印の井戸(WELL AND CONTROL HOUSE)からポンプアップし、そぐそばの配水池(TANK(E))へ送水します。そこから配水管路(DISTRIBUTION PIPELINE)が東へ向かって長く延び、道路沿いに点在する集落(Lukenge A SV、Songambele SVなど)の各所に公共水栓(PUBLIC TAP STAND)を設けています。
地図を見ると、集落が南北に走る主要道路沿いに帯状に分布していることがわかります。この線形の集落分布に対し、管路を一本通してそこから水栓を配置するという「線で届ける」設計は、非常に合理的です。管路延長は長くなりますが、分岐が少なくシンプルな系統で済むため、維持管理の負担も抑えられています。
もし、東側のエリアに井戸の最適地が見つかっていたら、配管給水を2つにわけることも考えられましたが、残念ながら井戸は西側でしか候補地が見つからなかったこともあり、このような設計となりました。
図面2:MU2 Kilongo Village General Plan ―「高低差を活かす」重力活用型

Kilongo村の設計で注目すべきは、配水池(TANK(G))の位置です。村の西側、等高線が密集した山の中腹に設置されています。そこからやや下った場所に井戸を掘り、そこからポンプアップしてこの村でもっとも標高が高いエリアに配水池を設置し、下流側のエリアに配水します。
配水池からの配水管は標高の低い村落中心部(Msembe地区)に到達すると、今度は樹枝状に広がる配水管路(DISTRIBUTION PIPELINE)が集落全体をカバーします。
高台に配水池を置き、重力で水を送り出すこの設計は、ポンプアップに必要な電力コストを最小化します。起伏のある地形を「弱点」ではなく「強み」として活かした、地形に合わせた最適設計です。
図面3:MR3 Usungura Village General Plan ―「管路と点の混在」ハイブリッド型

3枚の図面の中で、最も示唆に富むのがこのUsungura村の設計です。
北部のUsungura Mjini SVには、井戸(WELL AND CONTROL HOUSE)と配水池(TANK(E))を核とした管路給水システムを導入し、複数の公共水栓を設置しています。一方、南部のVikongoro SVとKizanda SVには、管路は通していません。それぞれのサブビレッジに独立したハンドポンプ(HAND PUMP)を複数台配置するという、点給水との組み合わせになっています。
なぜこの設計になったのか。理由は明快です。北部と南部では、集落の規模と密度、地形条件、そして何より水源へのアクセスが異なります。南部の集落に管路を延伸することは、コストに見合わないと判断しました。
これこそが、「最適配置」の思考の本質です。均一なシステムを全域に押し付けるのではなく、地域ごとの条件に応じて最適な方式を選び、それらを組み合わせる。このハイブリッドの発想が、持続可能な給水システムの鍵を握っています。
4. プロフェッショナルの議論が生み出す「磨かれた設計」
こうした設計は、一人の技術者の判断だけで生まれるものではありません。
まず現地調査をもとに設計者がベース案を作成し、そこから地質の専門家、施設設計の専門家、社会経済の専門家に、全体の取りまとめを行う業務主任とまずは徹底的に議論し、案を練りこみます。時には住民代表を交えた議論を重ねながら、案を練り上げていきます。「本当にこの水源で十分か」「ハンドポンプの維持管理は誰が担うのか」「10年後の人口増加に対応できるか」――そうした問いを何度も往復することで、設計は磨かれていきます。
さらにJICAや相手国政府との協議を経て、技術的な妥当性だけでなく、「10年後・20年後もその地域が自立的に維持できるか」という持続可能性まで担保した上で、最終決定に至ります。
このプロセスには、設計者の自己満足が入り込む余地がありません。地域の現実と、専門家の知見と、将来への責任だけが、設計図の上に残ります。
5. 日本も「最適設計」の原点に戻ろう
翻って、日本の水道設計を考えます。
「広域化か、分散化か」という議論が続く中、私が問いたいのはこれです。
「この集落の地形と水源と人口分布を正直に見たとき、本当に最適な答えは何か」という問いを、私たちは真剣に立てているか。
アフリカの村落給水では当然のように行われている「点と管路の最適配置」という思考が、なぜ日本では「広域か分散か」という二項対立に矮小化されてしまうのか。その背景には、前例踏襲、業界の慣習、そして技術的な想像力の欠如があると、私は感じています。
日本人はもっと知恵と工夫が得意で、最適化がもっとも得意な人々だと思っています。それがなぜ、このような設計方針のまま固まってしまっているのか。
山間部の小さな集落に、都市型の管路系統を無理やり延伸する必要はないかもしれません。逆に、小規模給水で済ますには規模が大きすぎる集落に、水質管理も難しい自家給水を押し付けることも正しくない。地形を読み、集落を読み、地域の生活水タイルを考え、財政を読み、将来を読んだ上で、最もシンプルで最も持続可能な組み合わせを選ぶ。
それが、水道設計の当たり前だと思います。
水未来研究所は、この「最適設計」の視点をこれまで通り実施していくことを自らの役割と定めています。緩速ろ過の専門家として培ってきた技術的知見と、海外プロジェクトで叩き込まれた「現場の論理」を組み合わせながら、この地域の100年後の水道を、フラットな目で設計していきたいと考えています。
「広域化か、分散化か」ではなく、「この地域にとっての最適な水道とは何か」。その問いから、すべては始まります。