【緊急提言】中東危機とナフサ枯渇が招く、水道業界「暗黒の1年」。工事からコンサルへのシフトと、建設業倒産リスクの再検証

1. 【現状分析】中東情勢と石油供給の二面性

2026年2月に始まったアメリカとイランの軍事衝突は、日本の多くの人にとって「遠い国際ニュース」として受け取られているかもしれません。しかし、水道業界の実務に携わる方であれば、今この瞬間も資材調達の現場で異変を感じ始めているはずです。

ホルムズ海峡で何が起きているのか。Reutersの報道によれば、4月上旬には同海峡の通航量が通常の1割未満に落ち込み、24時間で通過した船舶は通常約140隻に対してわずか7隻という水準でした。4月下旬時点でも大型タンカーの通航は戦前水準を大きく下回っています。完全に「封鎖」されたわけではない。しかし、それが逆に厄介なのです。船は動いているため市場は楽観しやすい一方で、保険料の上昇、滞船、船腹不足、調達スケジュールの乱れが長引く。これは完全停止よりも、はるかに対応が難しい状態です。

米エネルギー情報局(EIA)によれば、ホルムズ海峡を通過する石油は1日平均2,000万バレル、世界の石油消費の約2割に相当します。そのほぼ全量がアジア向けであり、日本はその主要な受け手です。つまり、今回の影響は「原油価格が少し上がる」という話ではありません。日本を含むアジアの製造業全体が、同じボトルネックを同時に踏む構造になっています。

ここで、多くの報道が見落としている重要な論点を整理する必要があります。それが「燃やす石油」と「使う石油」の違いです。

資源エネルギー庁は国家備蓄原油の放出を進めており、2026年2月時点で約8か月分の石油備蓄を保有、4月には第二弾の放出も実施しています。これによって、ガソリン・軽油などの燃料価格は一定程度抑えられています。電力・都市ガス向けのLNG在庫も、ホルムズ経由分の約1年分が確保されているとされます。つまり「燃やす石油」は、政策の傘がある程度機能しています。

しかし、この傘は「使う石油」、すなわちナフサには届きません。

ナフサとは、原油を精製する過程で得られる軽質の留分であり、プラスチック・樹脂・合成繊維・塗料・接着剤などあらゆる化学製品の原料となるものです。ガソリンスタンドで給油する「燃料」ではなく、工場でモノを作るための「素材」です。国家備蓄の放出は燃料消費の補填を目的としており、化学原料としてのナフサ不足を直接カバーする仕組みにはなっていません。

Reutersはすでに、ナフサ由来製品の調達難から日本企業で受注停止や減産が発生していると報じています。住宅設備大手での納期影響の表面化、塗料・シンナー業界での調達困難。政府は「4か月分のナフサはある」と説明しつつも、供給不安を見込んだ中間流通段階での絞り込みが起き、末端では不足感が先行するという典型的なサプライチェーン不全が始まっています。


2. 【危機の本質】資材枯渇と優先順位の残酷な真実

では、水道業界はなぜこの「使う石油」の枯渇に直撃されるのでしょうか。

日本水道協会のJWWA規格やJIS認証の対象品目を見れば、その理由は明確です。水道用硬質ポリ塩化ビニル管(塩ビ管)、硬質ポリ塩化ビニル管継手、水道用ポリエチレン管、架橋ポリエチレン管、各種ゴムパッキン、シール材、被覆材、補修材。これらはいずれも、ナフサを原料とする石油化学製品です。水道はご存じの通り、配水管から末端の給水管まで、樹脂系部材の裾野は非常に広い産業です。

次に、供給が逼迫した際の「優先順位」という問題があります。現時点で政府がナフサ由来資材の配分順位を公式に明示しているわけではありません。ただし、過去の危機対応や産業構造から類推すれば、おおよそ次のような序列が浮かび上がります。医療用品(点滴・注射器・医療チューブ等)が最優先であることに異論はないでしょう。次いで食料パッケージ・物流資材、エネルギー基盤。インフラ更新用の資材がどの位置に置かれるかは、現時点では不透明な部分が残ります。

内閣官房の国土強靱化計画では、上下水道は電力・通信・交通と並ぶライフラインとして機能維持の対象に位置づけられており、「後回しの一般需要」として扱われる可能性は低い。しかし、医療・食料と比べて資材全体が潤沢に回る保証もない。これが現実的な見立てです。

そして、もう一つ見落とせない背景があります。水道事業はもともと、余裕のある産業ではありません。法定耐用年数40年を超えた管路の割合は上昇を続け、更新率は低下・横ばい傾向が続いています。2025年度の更新率ベースでは、全管路の更新に130年以上かかる計算です。年間2万件超の漏水・破損事故が発生し、基幹管路の耐震化率は42.3%にとどまっています。

更新を先送りできない状況で、更新のための資材・人・資金の三つが同時に細る。今回の中東危機は、そのような構造的な脆弱性の上に降り注いでいます。


3. 【時系列予測】1年後のロードマップ:何が起きるか?

では、今後1年間で水道業界の現場はどのように変化するのでしょうか。工事のサイクルに沿って、具体的に追ってみます。

2026年4〜6月(現在):表面的な安定の裏で進む地殻変動

4月末は日本の公共工事のピークがいったん落ち着く閑散期です。在庫分がある程度クッションになっており、全面的な資材欠乏というよりは「納期が読めない」「見積の有効期間が極端に短くなった」「一部品目が入手しにくい」という形で影響が出始めています。ただし、実際、モノタロウなどの資材流通サイトでは、塩ビ管・継手類の品薄状態がすでに確認されています。表面的な混乱は防げているように見えても、この段階で発注単価の再検討と調達先の複線化に動けているかどうかが、後の命運を分けます。

2026年7〜10月:民間工事の停滞と中小業者の資金繰り悪化

民間工事(工場建設・住宅・商業施設)は「やるが、材料が読めないので慎重になる」局面に入ります。工期が読めない工事を受注することへの抵抗感が高まり、民間の発注者側も設計変更・規模縮小・延期の判断をし始めます。この影響が最初に直撃するのは、資材調達力が低く、価格転嫁交渉力も弱い地域の中小工務店・指定給水装置工事事業者です。受注はあっても資材が入らない、あるいは入っても採算が取れない。固定費(人件費・機械リース費・事務所維持費)を賄えない業者から、資金繰りの悪化が表面化し始める時期です。

2027年1〜3月(ピーク期):公共工事の「蒸発」と発注構造の転換

ここが最大の山場です。本来であれば公共工事の繁忙期にあたるこの時期、「予算はある、しかし資材がない」という状況が多くの自治体現場で現実になる可能性があります。落札はできても着工できない。あるいは、見積段階で材料調達の見通しが立たず、不調・不落が続出する。そう予想される局面では、自治体の発注担当は工事発注を断念し、予算消化のためかわりに何かを発注しなければなりません。

その受け皿になるのが、調査・設計・耐震診断・更新計画策定・アセットマネジメント(AM)支援といったコンサルティング系業務です。「工事ができない年だからこそ、次の工事に向けた計画を整える」というロジックは、予算執行の面でも説明がつきます。国土交通省の資料においても、水道事業体が老朽化・更新需要・耐震化・技術者不足・人口減少下の収益悪化という複合課題に直面しており、官民連携やDX、広域化支援への需要が高まる方向が示されています。資材が読めない年ほど、発注は設計・計画に寄る。これは自然な流れだと考えます。


4. 【経営リスク】建設業者の淘汰とインフラ維持の「断絶」

施工会社側のリスクについて、より具体的に見ておく必要があります。

帝国データバンクによれば、2025年度の全国企業倒産は10,425件、建設業だけで2,041件と過去10年で最多でした。資材費・燃料費の高騰を価格転嫁できた割合はわずか42.1%。Reutersも、原油高・化学品高が夏頃以降の倒産増加につながる可能性を報じています。

今回の危機で施工会社が陥るリスクは、「工事量が減って売上が落ちる」という単純なものではありません。「受注はある、しかし資材が不安定で工期が読めず、価格転嫁もできず、工事を進めるほど資金繰りが悪化する」という、より深刻な構造です。固定費(職員給与・機械リース・事務所維持)は工事の有無に関わらず発生します。塩ビ管が入らない、入っても価格が3割上がっている、見積が通らないという状況が半年続けば、体力のない中小業者から順に脱落していきます。

そして、一度失われた施工能力は、情勢が安定してもすぐには戻りません。人は他の業種に移り、機材は売却され、ノウハウと人脈は散逸します。地域の水道工事を担える施工業者がいなくなった自治体は、発注できても工事ができないという「能力の断絶」に直面します。これは資材不足と並んで、中長期にわたって水道インフラの維持を困難にする最大のリスクです。


5. 【生存戦略】「省資材・長寿命」インフラへの強制転換

では、この厳しい局面をどう乗り越えるのか。

資材が手に入らない状況でも工事を続けようとすれば、調達コストが跳ね上がり、採算は崩壊します。一方、工事を完全に止めれば老朽インフラの劣化が進み、漏水・断水リスクが積み上がります。この板挟みの中で、現実的な答えは一つの方向に収斂していきます。「使う資材の量を減らす設計」への転換です。

具体的には、次のようなアプローチが考えられます。

まず、更新の優先順位の精査です。老朽化した配管をすべて交換するのではなく、リスクの高い区間・低い区間を精密に診断し、本当に更新が必要なエリアと、補修・延命で対応できるエリアを分ける。この「後進の要不要エリアの検討業務」こそ、今まさに自治体が発注すべき、かつ施工業者に依存しない業務です。

次に、省資材・長寿命なシステムへの移行検討です。機械・電気設備が少なく、樹脂系部材への依存が低い水処理方式への転換。これは、資材不足という物理的な制約を生き延びるための現実的な選択肢に一部で動いていくと思われます。

そして、小規模水道の計画づくりです。広域水道への依存度を下げ、地域で自立的に水を確保できる小規模分散型の仕組みを整えておくことは、サプライチェーンの混乱に対するレジリエンスを高めます。今この時期に計画を整えておくことで、情勢が安定した段階での工事に備えることができます。


6. 結び:平和に甘んじてきた設計思想の終焉

日本の水道システムは長らく、ある前提の上に成り立っていました。「世界が安定しており、資材は安価に、安定的に届く」という前提です。

今回の予期せぬ軍事衝突でその現実が叩き壊された今、インフラ設計の思想そのものを問い直す必要があります。資材に依存しすぎた更新計画、施工業者が存在することを当然とした発注体制、工事ができることを前提とした維持管理計画。これらすべてが、現実に追いつけなくなる可能性があります。

自治体の水道担当者が今着手すべきことは、状況が見えない中で工事の計画を進めることではなく、進められない状況を前提とし、今年度はコンサル業務への発注に切り替えることです。例えば、老朽化配管対策としてどの管路を優先し、どの管を更新しない/または劣後すると決めるのか。どのエリアに小規模分散型の仕組みを入れるのか。これらの検討と判断を、今の閑散期に計画として整えておく。

水未来研究所は、建設費だけでなく、資材リスク・行政工数・長期的な維持管理負荷まで含めた「真に持続可能な水道システム」の設計をお手伝いします。老朽化配管の更新要否エリアの精査、小規模水道の計画策定、緩速ろ過をはじめとする省資材・長寿命型システムの導入検討。「工事ができない未来」に備えた設計思想への転換を、今ここから一緒に考えませんか。

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