お堀の浄化に「凝集剤」は有用か? –水処理とは何かを考えはじめたきっかけ

目次

1. 実証実験の回顧:凝集剤散布による水質改善の限界

社会人になって2年目のことです。私が担当することになったのは、人気観光スポットとして知られるお城のお堀の浄化実証実験でした。

そのお堀は、多くの観光客が訪れる美しい城郭の足元に広がっていましたが、アオコが繁茂し、見た目の印象を大きく損なっていました。上司がお堀の浄化実験を客先に提案し、実証実験がスタートしました。採用したシステムは、凝集剤を少量ずつお堀に散布し、水中に浮遊する懸濁物質を凝集・沈降させることで水の透明度を高めるものでした。

稼働直後の効果は目を見張るものでした。濁っていたお堀の水が次第に透き通り、底が見えるほどに改善しました。まだ水処理の素人だった私は、その変化に純粋に感動したことを覚えています。

しかし、その感動は長くは続きませんでした。

システムは繰り返しトラブルを起こしました。凝集剤が装置のポンプや配管でつまる事象が発生する。その都度、システムは停止してしまいます。現場に駆けつけられるのは、停止の翌日か翌々日になることが多く、到着するたびに目にするのは、凝集剤を投入する前よりもはるかに濁った、緑がかったお堀の水でした。

なぜ止まるたびに、元より悪い状態になるのか。その疑問が、私の中でどんどん大きくなっていきました。


2. 技術的考察:なぜ「リバウンド」が起きるのか

この現象を理解するためには、凝集剤が実際に何をしているのかを正確に把握する必要があります。

凝集剤は、水中に浮遊する微細な粒子(懸濁物質)をくっつけて大きな塊にし、重力で沈降させる薬品です。これにより、光の透過を妨げていた粒子(アオコを中心とした懸濁物質)が底に沈み、水の透明度が上がります。見た目は確かにきれいになります。

しかし凝集剤が除去するのは、あくまで「浮遊している粒子」です。水中に溶け込んでいる窒素やリンといった溶存栄養塩は、凝集剤では除去できません。これらの栄養塩は、水中にそのまま残り続けます。

ここで、アオコの役割について考える必要があります。アオコは単なる「汚れ」ではありません。水中の窒素やリンを吸収し、光合成によって有機物を生産する生物です。言い換えれば、アオコは水中の過剰な栄養塩を消費することで、水質の浄化に一定の役割を担っています。

凝集剤を継続的に散布すると、アオコの増殖が抑制されます。その結果、水中の窒素やリンを消費する生物がいなくなり、栄養塩がお堀の中に蓄積し続けます。そしてシステムが停止した瞬間、蓄積した豊富な栄養を餌に、アオコが爆発的に増殖します。凝集剤を入れる前より濁りがひどくなるのは、この負のスパイラルによるものでした。

凝集剤は水をきれいに「見せる」ことはできます。しかし水中の栄養バランスという根本的な問題には、まったく手をつけていない。それどころか、本来その栄養を消費していた生物プロセスを阻害することで、問題を水面下に蓄積させていたのです。


3. 「力でねじ伏せる」水処理からの卒業

現場でリバウンドを繰り返すお堀を見続けながら、私の中に強い違和感が積み重なっていきました。

凝集剤を入れることは、対症療法に過ぎないのではないか。お堀という自然の水系において、薬品で強制的に見た目を整えることは、環境への負荷を先送りにしているだけではないのか。システムが止まるたびに以前より悪化するという現実は、その水系が薬品による制御に依存させられ、自然な生態系のバランスを失っていくことを意味しているのではないか。

いまやっていることへの違和感を自分の中で強く感じ始めました。

物理的・化学的処理は、問題を可視化し、短期間で効果を出すことができます。しかしそれは、自然の水系が本来持っていた自己調整能力を無視した介入でもあります。薬品への依存が深まるほど、システムが止まった時のリバウンドは激しくなる。この構造は、凝集剤に限らず、「力でねじ伏せる」アプローチ全般に共通する限界です。

この経験が、私が水処理の本質を考え続けるきっかけになりました。物理的・化学的処理が苦手とする領域を、生物的プロセスはどう補完できるのか。自然の摂理に学ぶ設計とはどういうものか。その問いが、その後の私の仕事の根底に流れ続けています。


4. 解決策の提案:生物処理をお堀に応用する

では、お堀の水質を持続的に改善するためには何が必要か。私なりの結論は、凝集剤のような化学的介入ではなく、生物的プロセスを活用した仕組みです。

お堀の水質問題の根本は、窒素やリンといった栄養塩の過剰蓄積にあります。この栄養塩を系外へ排出しない限り、どんな処理を施しても問題は繰り返されます。生物処理が優れているのは、微生物や植物が栄養塩を直接吸収・同化し、バイオマスとして系外に取り出せるという点です。

具体的なアプローチとして、微生物の活性化による底質改善が考えられます。お堀の底に蓄積した有機物は、嫌気的な条件下で腐敗し、栄養塩の溶出源となります。ここに好気的な条件を作り出し、微生物による有機物分解を促進することで、底質の改善と栄養塩の固定が同時に進みます。

また、実はここでも粗ろ過×緩速ろ過もお堀の浄化に応用できると考えています。砂と砂利の層を水が通過する過程で、物理的なろ過と生物膜による生物的分解が同時に機能する。お堀の脇に作ったこのシステムに水を循環させながら処理することで、薬品を使わずに懸濁物質の除去と栄養塩の削減を実現できる可能性があります。そのシステムは近隣学生にとって学びの場にもなるはずです。

生態系全体の活性化を促しながら、底質と水質をじっくりと改善していく。時間はかかりますが、薬品への依存なしに自律的に澄んだ水を維持できる状態を目指す。それが、持続可能な水景管理の姿だと考えています。


5. 未来へ繋ぐ「本物」のシステムを

社会人2年目の私がお堀の前で覚えた違和感は、今思えば水処理の本質に触れる入り口でした。凝集剤が作り出す「きれいに見える水」と、生物プロセスが作り出す「本当にきれいな水」の違い。その差を、失敗を通じて体感したことは、その後の私の設計思想を根底で形作っています。

自然の摂理に逆らう処理は、必ずリバウンドを引き起こす。自然の摂理に学ぶ処理は、時間はかかっても確実に水を変えていく。粗ろ過×緩速ろ過という技術への情熱も、突き詰めればこの確信に根ざしています。砂と砂利と微生物という、自然界にもともと存在する仕組みを使って水をきれいにする。その原理の正しさを、あのお堀の前で初めて直感したのかもしれません。

いつか、日本中の歴史的なお堀や川や池の水を、薬品に頼らず、自然に即した形で自律的に澄み切らせたい。その思いは、今も変わらず私の中にあります。水処理とは何かを考え始めたあの原点に立ち返りながら、水未来研究所はこれからも「本物のシステム」を追い求め続けます。

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