1. 地震大国における水道設計のパラダイムシフト
先日、三陸沖で大きめの地震があり、先週は長野でも地震が観測されました。
日本は世界有数の地震大国です。南海トラフ巨大地震、首都直下地震、日本海溝・千島海溝沿いの地震。これらは「起きるかもしれない災害」ではなく、「確実に来る災害」として位置付けられています。その前提に立てば、水道インフラの設計思想そのものを見直す必要があります。
従来の水道設計は、平時の安定供給と水質確保を最優先に組み立てられてきました。しかし今、設計に求められる評価軸は変わりつつあります。いま水道に求められているのは以下の3軸による評価です。
第1軸:壊れにくさ。 地震の揺れや津波に対して、施設がどれだけ物理的な損傷を受けにくいか。設備の複雑さと破損リスクの相関を正確に評価することが求められます。
第2軸:復旧の速さ。 被災後、どれだけ早く通水を再開できるか。部品調達の容易さ、修復に必要な技術レベル、現地にある資材での対応可能性。この軸が、長期断水を防ぐ鍵を握ります。
第3軸:バックアップ体制。 主要施設が被災した場合に、代替の水供給手段が存在するか。分散型水源の確保と、移動可能な浄水システムの組み合わせが、この軸を支えます。
この3軸を複合的に評価することが、地震大国日本における浄水システム選定の新しい出発点です。
2. 浄水システム別・災害リスクマトリックス
3軸の評価フレームを用いて、主要な浄水システムを比較します。
地下水+塩素消毒
3つのシステムの中で、構造的なシンプルさという点でNo.1の評価を与えられるのが、地下水+塩素消毒の組み合わせです。
地下水を水源とする場合、浄水処理の設備は基本的にポンプと塩素注入装置のみです。処理工程が少ないほど、被災時に壊れる可能性のある設備の数が減ります。地下水源そのものは、能登地震の事例でも示されたように、地震の揺れによるダメージを受けにくい傾向があります。
課題は停電リスクです。ポンプの稼働には電力が必要であり、停電が長引けばポンプが止まります。また水中ポンプや制御盤が故障した場合の修復には、専門的な技術と機材が必要になるケースがあります。ただし、非常用発電機との組み合わせで停電リスクはある程度カバーでき、全体的な災害脆弱性は低い部類に入ります。
粗ろ過×緩速ろ過
災害レジリエンスという観点で、最も優れた特性を持つのが粗ろ過×緩速ろ過システムです。
このシステムの構造は、砂利と砂の充填された槽に水を通過させるという極めてシンプルなものです。制御盤、精密機器、複雑な配管系統が存在しないため、地震の揺れで破損するクリティカルな部品が少ない。これは壊れにくさという点で、決定的な優位性をもたらします。
さらに重要なのが、自然流下式での設計が可能という点です。水源から浄水施設、そして配水池へと、重力を利用して水を流す設計であれば、停電が発生しても水は流れ続けます。電力に依存しない稼働が実現できるシステムは、停電が長期化する大規模災害において、他のシステムとは一線を画した強みを発揮します。
急速ろ過・膜ろ過
高度な浄水処理が可能な急速ろ過と膜ろ過は、平時の水質管理において優れた性能を発揮します。しかし災害レジリエンスという観点では、構造的な課題を抱えています。
凝集剤注入装置、攪拌装置、ポンプ類、制御盤、センサー、膜モジュール――これらの精密設備が正常に機能することで、初めてシステム全体が稼働します。地震の揺れは、これらのクリティカルポイントのいずれかに損傷を与える可能性があります。一箇所が機能を失えば、システム全体が止まる可能性がある。設備の複雑さは、破損リスクの増大と表裏一体です。
3. 「復旧スピード」の現実:部品調達の壁
被災後の復旧において、最も見落とされがちな問題が「部品の調達」です。
粗ろ過×緩速ろ過が災害時に示す最大の強みは、修復に必要な材料が比較的容易に調達できるという点です。砂と砂利は、被災後でも物流さえあれば手に入ります。コンクリートの補修材料も同様です。躯体や配管に損傷が生じたとしても、その修復に求められる技術と材料は、他の浄水システムと大きく変わりません。「壊れても、材料調達が比較的容易で早期に直せる」という特性が、復旧スピードを根本的に支えます。
一方、急速ろ過や膜ろ過のような高度な処理システムでは、修復に必要な部品がメーカーの専用品であることがあります。制御盤の基板、専用のポンプ部品、膜モジュール――これらは現地では調達できず、メーカーへの発注と取り寄せが必要になります。
通常時であれば、数日から1〜2週間で部品が届くかもしれません。しかし大規模災害の直後は、同じ部品を必要とする被災自治体が全国各地で発注を競います。部品の到着まで数週間から数ヶ月を要するケースは、現実として起こりえます。その間、水道は止まったままです。
熊本地震、東日本大震災、そして能登地震。これらの事例を振り返ると、復旧が長期化した地域の多くで、この「部品調達の壁」が復旧を阻む大きな要因の一つとなっていました。設計段階でこの現実を織り込んでいるかどうかが、被災後の住民生活を左右します。
4. 能登地震で証明された「移動式バックアップ」の価値
能登半島地震の被災地では、各地から仮設の浄水装置が持ち込まれ、応急的な水供給に貢献しました。急速ろ過や膜ろ過をベースとしたユニット型の装置が、トラックで運ばれ、現地に設置されて稼働する。その機動力は、大規模断水が続く中で確かな役割を果たしました。
この経験から、業界全体で検討が始まりつつある構想があります。「動的バックアップ」とも呼べる考え方です。
平時においては、こうした移動式浄水ユニットを各浄水場や防災拠点に配置し、通常の補助的な役割を担わせます。そして大規模災害が発生した際には、被害の少なかった地域や広域応援の枠組みの中で、被災自治体へと移動・展開させる。固定された施設だけに依存するのではなく、動かせる浄水能力を「予備戦力」として平時から整備しておくという発想です。
この構想が実現するためには、移動式ユニットの標準化、広域での保有・管理体制の整備、展開手順の事前訓練といった課題の整理が必要です。しかし能登での実績が示したように、その有効性は疑いようがありません。恒久施設が被災した後の「最初の数日間」を乗り切る手段として、移動式バックアップの整備は今後の水道政策において重要な位置を占めていくと考えられます。
5. 地域に最適な「ポートフォリオ」を組む
災害に強い水道インフラを実現するために必要なのは、一つの「最強のシステム」を選ぶことではありません。地域の特性に応じた複数の技術を組み合わせ、全体として強靭なポートフォリオを構成することです。
広域化による大規模集中型の浄水場は、スケールメリットと高度な水質管理という強みを持ちます。しかしその一方で、一箇所の被災が広範囲の断水に直結するという脆弱性も併せ持ちます。広域化に頼りすぎることは、リスクの集中を意味します。
小規模分散型の水道――地域の地下水や湧水を活用した粗ろ過×緩速ろ過システム――は、広域インフラが被災した際のセーフティネットとして機能します。すべての住民が広域水道に依存するのではなく、一部の集落が自立した水源を持つことで、被災時の影響範囲を分散させることができます。
そして恒久施設と移動式バックアップの組み合わせが、このポートフォリオにさらなる柔軟性を加えます。
「水が止まらない、止まってもすぐ出る」地域社会の構築は、単一の技術では実現できません。水未来研究所は、各地域の地形・人口密度・水源特性・管理体制を踏まえた最適なポートフォリオの設計を、これからも提言し続けていきます。
