第四回:大都市の水道は“現状維持”でよいのか?現状整理と今後についての提案【12連載】

「東京も大阪も、水道料金は全国平均よりも安く、サービスは安定しているように見える。だが、本当にそうなのか。裏に隠された2つの問題に迫る」

私たちが暮らす東京や大阪などの大都市の水道は、一見すると極めて恵まれた環境にあるように見えます。

大都市の水道料金は全国平均よりも安価に抑えられ、蛇口をひねればいつでも安全な水が安定的に供給される。これは、長年の努力と投資の賜物であり、世界に誇れる日本の都市インフラの象徴です。

しかし、その「安定」の裏側には、見過ごしてはならない二つの大きな問題が隠されています

本記事では、大都市の水道が直面する現状維持の限界を明らかにし、その打開策として「公共投資+施設ミニマム化」「DX+再雇用」「コンセッション」という3つの道筋について検討しながら、海外の先進事例もいくつかご紹介します。


大阪市東淀川区の水道記念館(旧柴島浄水場送水ポンプ場) – 大阪文化財ナビより

1. 現状維持派で見過ごされる2大課題

大都市の水道事業には、安価な料金と安定した供給実績から「現状維持で十分」という意見が存在します。しかし、データは、それが将来への大きなツケとなりかねない2つの深刻な課題を示唆しています。

1-1. 配管・設備の更新ピーク(2040年前後)

日本の水道インフラは、高度経済成長期に集中的に整備されました。その結果、現在、大量の配管や設備が法定耐用年数(40年)を迎えつつあり、2040年前後には更新のピークを迎えると予測されています。東京、大阪は積極的に老朽化配管の更新に取り組んでいますが、それでも以下に記す状況となっています。

  • 老朽管の現状:東京23区の水道管のうち19%、大阪広域では21%がすでに40年を超過しています。全国平均では22%にも上り、年間5万件の漏水事故が発生しています。これらの数字は、更新が喫緊の課題であることを示しています。
  • 耐震化の遅れ:全国平均の耐震化率は44%と低く、大規模地震時の断水リスクを抱えています。

1-2. 技術職の年齢分布と退職加速(この10年間で3割のシニア技術者が退職)

水道施設の維持管理や更新には、高度な専門知識と経験を持つ技術職員が不可欠です。しかし、日本の水道事業体では、技術職の高齢化が深刻な問題となっています。

  • 高齢化の進行:東京23区の技術職平均年齢は51.3歳、大阪広域では49.8歳と、全国平均の48.6歳と比べても高齢化が進んでいます。職員の3人に1人が60歳以上という状況は、間もなく大量退職時代を迎えることを意味します。
  • 技術継承の課題:この10年間で、水道の現場を支えてきたシニア技術者の約3割が退職していると言われており、若手への技術継承が喫緊の課題です。

これら2つの課題は、まさに「現状維持」が将来の負担の先送りに過ぎないことを明確にデータで示しています。


表 東京と大阪における水道料金と問題点

項目東京23 区大阪広域全国平均
基本料金(20 ㎥/月)122 円/㎥131 円/㎥182 円/㎥
老朽管(40 年超)19 %21 %22 %
技術職平均年齢51.3 歳49.8 歳48.6 歳

このような状況での「現状維持」は、必要な更新投資を先送りし、将来世代に大きなツケを回すことに他なりません。料金は安いかもしれませんが、それは健全な経営状態の証ではなく、隠れたリスクの蓄積である可能性があります。

2. 施設の老朽化に対する道筋案A:公共投資+低コスト施設化で乗り切る

では、この課題を乗り越えるために、どのような道筋があるのでしょうか。一つ目の道筋は、「公共投資の最適化と低コスト施設化」です。これは、「低コスト施設への置き換え+公共投資」で現状を打開する考え方です。

2-1. 税投入・国補助・地方債の最新枠組み活用

水道事業は原則独立採算ですが、国の補助金制度や地方債の活用など、税金投入を含めた新たな財源の枠組みを積極的に活用することが検討されています。特に、老朽管更新や耐震化など、大規模な投資が必要なプロジェクトには、国からの支援が不可欠です。

2-2. HDPE管・新たな技術開発によるCAPEX 20~30%圧縮シナリオ

老朽化した配管の更新において、従来の耐震性のダクタイル鋳鉄管工法や資材に固執せず、新たな技術を積極的に導入することで、大幅なコスト削減が期待できます。

  • HDPE管の普及:高密度ポリエチレン管(HDPE管)は、徐々にそのシェアを伸ばしつつありますが、耐震性・耐久性に優れ、敷設コストが比較的安価であるため、従来のダクタイル鋳鉄管に代わる有力な選択肢です。
  • 推進工法・トレチレンス更新:掘削範囲を最小限に抑える推進工法や、既存管路の内部に新たな管路を形成するCIPP(更生管)/スパイラルパイプといった非開削(トレンチレス)更新技術は、工事期間の短縮や交通規制の影響軽減、そしてCAPEX(初期投資費用)を20~30%圧縮する効果が期待できます。日本の都市部での管割更新では1kmあたり4000万円とも言われる高コストを大幅に削減できる可能性を秘めています。
  • 上記は、水道配管に関する新技術ですが、浄水場の浄水システムも今後、新技術の開発、置き換えによって、水質を維持しながら低コスト化が可能であれば、新技術の積極的な採用が望まれます。

これらを組み合わせることで、必要なインフラ投資を「低コスト施設への置き換え+公共投資」で効率的に進め、現状の課題を乗り越える現実解となり得ます。

3. 水道職員の高齢化に対する道筋案B:

二つ目の道筋は、デジタル技術(DX)の活用と、経験豊富な退職者を「再雇用」する新たな人材戦略です。これは、「AIが指導役」となり、技術継承と効率化を両立させるプロトタイププロジェクトと言えます。

3-1. 東京・大阪のデジタル計画とAI導入

東京都や大阪広域水道企業団はすでに水道の様々な領域でデジタル化計画を進めています。特に高齢化が進む人材問題に対し、彼らの持つ知見分野へのAIの活用が期待されています。AIが過去のデータやベテラン技術者のノウハウを学習し、維持管理の最適化や異常検知をサポートすることで、技術継承の課題を補完し、効率的な運用を可能にします。

3-2. AIアシストで若手を育てるロードマップ

AIは単に業務を効率化するだけでなく、経験の浅い若手技術者の「指導役」としても機能します。ベテランの知見をデータベース化し、AIがアシストすることで、若手は実践を通してより早くスキルを習得できます。これにより、東京や大阪のような大都市でのデジタル活用がさらに進む可能性があります。

3-3. IoT・デジタル化で管理人数を減らす

IoT(モノのインターネット)センサーを活用し、配水池の水位、水圧、水質などをリアルタイムで監視することで、遠隔地からの管理が可能になります。これにより、現場での巡回点検の頻度を減らし、管理人数を削減できるだけでなく、異常の早期発見にも繋がります。

3-4. 退職者再雇用と技能DBの蓄積

退職したベテラン技術者を再雇用し、その持つ豊富な経験と技能をデータベース(技能DB)として蓄積・活用する仕組みを構築します。これにより、技術継承を円滑に進めるとともに、熟練の知見を効率的に共有し、活用することが可能になります。

3-5. 海外人材の活用は慎重に

水道は国家の基本インフラであり、機密情報に触れる機会も多いため、海外人材の活用には慎重な検討が必要です。スパイ対策の観点からも、安易な導入は基本的には避けるべきでしょう。

4. 施設老朽化と人材不足の解決策としての道筋C:コンセッションについて

三つ目の道筋は、民間資金とノウハウを活用する「コンセッション」です。

4-1. コンセッション検討の概要

コンセッションは、公共施設等の所有権を自治体が保持しつつ、運営権を民間企業に設定する方式です。メリットとしては、民間資金の活用による財政負担の軽減、民間ノウハウによる経営効率化、そしてサービス品質の向上が挙げられます。しかし、その裏側にはリスクも存在します。

4-2. 採用した場合の懸念点

  • 料金急騰:民間企業は利益追求が目的のため、最終的に料金が高騰するリスクがあります。
  • 投資手控え:利益を優先し、インフラ投資が手控えられ、結果としてサービスの質が低下する可能性があります。
  • 情報非対称と監視主体の消滅:民間事業者の情報開示が不十分な場合、自治体や住民が適切な監視を行うことが困難になります。
  • 出口(再公営化)コスト:問題が発生し、再公営化する場合、民間企業への賠償金や再雇用コストなど、多額の費用が発生する可能性があります。

4-3. 世界の失敗例:コンセッション後、250都市が再公営化へ

コンセッションは世界中で導入が進んだ一方で、失敗事例も少なくありません。250都市が再公営化に戻ったという事実が、その難しさを示しています。その失敗例の一例を以下に示します。

  • ボリビア・コチャバンバ:料金急騰により大規模な暴動が発生し、契約が破棄されました。
  • ジャカルタ:民間企業が投資を手控えた結果、水質が悪化し、漏水率が40%にまで上昇しました。
  • パリ:水道料金が高騰し他結果、再公営化することとなり、民間への賠償金と再雇用費用で3年間の赤字を計上しました。
  • ベルー・チリ鉱山地帯:水源を巡る争いが反政府運動に発展しました。

これらの事例から、水道という「命綱」の民間委託は、極めて慎重に進めるべきであることが分かります。

5. 海外の老朽化対策事例紹介

海外では、日本の水道が直面する老朽化や運営課題に対し、様々なアプローチが試みられています。海外技術の日本の水道への適用について、検証を行い、有用と考えられるものについては試験導入後、全国へのできる限り早い適用が望まれます。

  • ① オランダ・Vitens社:DMA+漏水AI監視
    • 技術の核心:約300~600世帯ごとにDMA(District Metered Area:配水ブロック)を設定し、音響や圧力波形をAIが解析して漏水を監視するシステムを導入しています。
    • なぜ日本で効くか:日本の平均漏水率は都市部で7~10%と低水準ですが、さらなる削減は可能です。DMA化は土木工事が不要で、センサーと通信だけでOPEX(運営費)を大幅に削減できるため、導入コストも30~50万円/地点、数ヶ月で償却可能とされています。
  • ② 英・豪:CIPP/スパイラルパイプ等トレンチレス更新
    • 技術の核心:既存配管内に樹脂ライナーを牽引したり、HDPEスパイラルを回転圧入したりすることで、掘削せずに管路を更生・強化し、耐震・耐食性を50年延長する技術です。
    • なぜ日本で効くか:日本の都市部で開削更新は1kmあたり約4000万円と高コストです。トレンチレス更新はこの更新費用を30~50%削減できるため、都市部での大規模更新に有効です。
  • ③ 米・ポートランド/仏・リヨン:管路内マイクロ水力発電
    • 技術の核心:既設送水管の減圧区間に小型タービン(5 ~ 50 kW)を挿入し、発電でポンプ電力を相殺する技術です。
    • なぜ日本で効くか:高低差を持つ送水路が多い日本では適用例が多いことが想定されます。タービン挿入は開削不要(バイパス管で施工)で、再エネ補助の利用でCAPEX軽減も期待できます。

これらの海外事例は、「土削らずCAPEXOPEX*を下げる」という、まさに「技術=老朽化対策の真丸」と呼べる発想転換を示しています。いずれも、厳しい水質基準や規制を満たした上で実際に成果を上げており、日本への導入ハードルも比較的低いと考えられます。ービスやインフラ投資が疎かになった結果、水質悪化や料金高騰、さらには社会不安へと繋がった現実を示しています。

*CAPEXはCapital Expenditureの略で、いわゆるイニシャルコストであり、OPEXはOperating Expenditureの略で、いわゆるランニングコストです。

6. 今後の大都市水道をどう描くか(未来像)

大都市の水道の老朽化対策は、単にインフラを修理するだけでなく、それにかかる莫大な費用を今後どう抑え、またよりOPEXを必要としない設備に置き換えることができるのか、という視点で対応の検討が必要です。

人材の高齢化が進む中、必要な税金投入や、施設の低ランニングコスト化を目指し、コストカットできた費用で次のインフラ投資や技術開発を促進していくべきです。結果的に、全体コストを抑えた運用に切り替えていくという発想が重要になります。

例えるのであれば、一般電球を一時的な出費にはつながりますが、すべてLED電球に取り替えることで、電気代を抑え、また寿命が圧倒的に伸びることで交換に係る計画・人件費を抑えることができます。初期に投入する費用はそれなりにかかりますが、圧倒的にOPEXを抑えることができるので将来の投資を抑えることができます。

このような取り組みを水道業界でも積極的に導入すべきです。挑戦を続ける中で時には失敗する公共事業もあるでしょう。ただし、常によりよい水道を目指し、改善を続けることができれば将来のインフラ投資はさらに費用を抑え、浮いたお金を初期投資分として返却し、さらに別分野のインフラ投資に回すといったことも可能になるでしょう(独立採算制の議論はいったん忘れて書いています)

未来は暗いか?いいえ、“よりよくしよう”という意思があれば持続可能な水道を維持することが可能だと信じています。人口減と老朽化で将来像が暗く映るのは、旧来の技術や運転モデルのまま試算しているからに他なりません。私たちは、古いモデルに固執せず、新たな「管理する知恵」を導入することで、持続可能な水道システムを築くことができるのです。

7. まとめ

置かれている状況の打破は困難な道ですが、不可能ではありません。現状見える最善策を模索し続け、間違っていたら方向転換できる柔軟性が重要です。基本インフラ投資を知恵や技術開発で減らしていく、という考え方こそが、これからの日本の水道の未来を明るくします。

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