能登地震の現場から問う「災害時水道」の空白:法律と命の間で、生活用水をどう守るか

目次

1. 能登半島地震、支援の現場で見た「水」の断絶

2024年1月1日、能登半島を最大震度7の地震が襲った。

発災直後から私たちは現地に入り、水道支援の活動を続けた。そこで目の当たりにしたのは、「断水」という言葉が表す以上の現実だった。

インフラが寸断された被災地では、水道管の復旧に想定を大きく超える時間がかかった。一部の地域では1ヶ月、場所によっては1年以上にわたって断水が続いた。行政や支援団体の尽力により、飲料水としてのペットボトルは着実に届けられた。その点では、過去の災害からの教訓が活かされていたと思う。

しかし、現場に立つほどに分かってきた現実がある。飲料水は届く。しかし「生活を再建するための水」が、圧倒的に足りないのだ。

洗濯するための水。入浴するための水。地震で傷んだ自宅の床や壁を清掃するための水。トイレを流すための水。これらは、飲料水のペットボトルでは代替できない。しかしその水を、断水が続く被災地に届ける仕組みが、制度上も物理上も、十分に整っていなかった。


2. 高齢者の悲鳴と「生活用水」の壁

現場で出会ったある高齢女性の言葉が、今も頭を離れない。

「毎日ペットボトルを運ぶ気力も体力も、もうおばあさんにはないよ」

配給所から自宅まで、ペットボトルを抱えて繰り返し運ぶ。それだけで一日の体力の大半が消える。家の片付けも、洗濯も、体を拭くことも、後回しになっていく。

飲料水が確保されても、生活は再建されない。人間が尊厳を持って暮らすためには、飲む以外の用途に使える水が必要だ。洗濯一回に使う水は約60〜100リットル、入浴は150〜200リットル、被災した部屋の清掃には状況によっては数百リットルが必要になる。これをペットボトルで賄うことは、物理的にも精神的にも不可能に近い。

給水車が巡回しても、タンクに入れた水を自宅まで運ぶのは体力のある若者でなければ難しい。高齢者が多い能登の被災地では、生活用水の「ラストワンマイル」が、大きな壁になっていた。


3. ある町での「希望」と、立ち塞がった「水道法」の壁

被災地で現場支援を続ける中で、ある町で「希望」と呼べる発見があった。

その地域では、地滑り防止対策として山腹に水抜き穴が整備されていた。その穴から、良好な水質の地下水が安定して湧き出していることが確認された。水質を検査すると、飲料水として利用できる可能性を十分に持つ水だった。

「この水を、既存の配水タンクに投入できれば、全世帯の蛇口から水が出るようになる」——現場の誰もがそう確信した。管路はまだ使える状態にあった。ポンプと接続の工事さえできれば、短期間で生活用水を町全体に届けられる現実的な計画が、そこにあった。

しかし、その計画は実現しなかった。

行政の回答は「水道法の規定に適合しない」「前例がない」というものだった。担当者が意地悪だったわけではない。法律に従って誠実に判断した結果だ。しかしその判断が正しいとしても、その決定の向こう側で、高齢者が水を運べずに苦しんでいる現実は変わらなかった。

法律と命の間で、現場の人間は引き裂かれていた。


4. 提言:災害時における「条件付き生活用水給水」の法整備を

この経験から、私たちは一つの問いを立てざるを得ない。

飲料水水質基準をクリアできない水であっても、災害が発生し普段の水道が止まった中では、清掃・トイレ・洗濯に使える品質の水が確保できているなら、それを既存の配管ネットワークを通じて届けることを、災害特例として法的に認める仕組みが必要ではないだろうか。

現行の水道法は平時の安全確保を目的として設計されており、災害時の柔軟な運用を許容する規定が十分ではない。しかし災害時には、「安全な飲料水」と「生活を継続するための水」を分けて考える発想が必要だ。

具体的な条件付き運用の枠組みとして、次のような制度設計を提案したい。

まず、当該水が飲料水として使用不可であることを住民に徹底周知すること。情報提供の手段・内容・責任の所在を明確にする。次に、住民の合意を前提とした時限的な特例措置として運用を認めること。平時の水質基準とは別に、「生活用水基準」として災害時に適用できる判断軸を法令で定めること。そして、一定期間後の状況評価と通常水道への復旧計画を同時に策定することを条件とすること。

こうした制度が整っていれば、能登の現場で「前例がない」という壁に阻まれることなく、あの地下水を活かせた可能性がある。

レジリエンスの再定義

さらに踏み込んで言えば、今回の経験は平時のインフラ設計思想にも問いを投げかけている。

地滑り防止用の水抜き穴から安定した地下水が湧き出ていることは、有事の前から分かっていた事実だ。しかし、それを「非常時の水源候補」として水道システムの設計に組み込んでいた自治体はほとんどなかった。

「地域にある既存の資産を、有事のバックアップとして制度的・技術的に位置づけておく」という発想を、平時のインフラ設計に組み込む必要がある。それは大規模な投資を必要とするものではない。水源の候補を台帳に記録し、接続の仕様を事前に検討し、手続きの枠組みを整えておく。それだけで、次の災害時に選択肢が生まれる。

レジリエンスとは、巨大な設備を作ることではない。地域に眠る資産を、いざというときに使える状態に整えておくことだ。


5. 次の災害で「運べない」と泣く人をなくすために

あのおばあちゃんの言葉を、私は忘れることができない。

「毎日ペットボトルを運ぶ体力も気力も、もうないよ」

その言葉は、個人の体力の問題ではなく、制度と設計の問題だ。届けられるはずの水が、法律の隙間に落ちて届かなかった。使えるはずの水源が、前例のなさという理由で眠り続けた。

次の災害で同じ言葉を聞かないために、現場の経験を制度や設計の改善に繋げていくことが、水道に関わる専門家としての責任だと考えています。

水未来研究所は、被災地での支援活動から得た知見を、平時の水道設計と災害対応の制度的枠組みの両面に活かしていきます。地域の水道の防災計画、非常時バックアップ水源の検討、既存資産を活用したレジリエンス設計についてのご相談は、いつでもお気軽にどうぞ。

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