更新総額6.4兆円! 郊外部の水道を「小規模水道システム」で守る
更新総額6.4兆円──この途方もない数字は、現時点で布設後40年を経過した全国の更新が必要な水道管路をすべて更新するために試算された金額です。
しかし、すべてを更新するのが非現実的であるならば、「更新しない地域」が必ず発生します。その「更新しない地域」の住民に、いかにして「水」を届け続けるかを検討することが喫緊の課題となっています。
その答えは、まさにその地域に合った規模感の給水システムを構築することにあるでしょう。地域郊外の水道を日本の新たな財産とし、そのような郊外エリアを故郷とする人々にこれまで同様安心して帰れる地域整備の可能性を探ります。
1. なぜ『郊外切離し』案が浮上したのか
現在、全国の水道管路の総延長は約69万kmに及び、そのうち布設後40年以上が経過し約16万kmが更新の時期を迎えています。
しかし、すべての管路を画一的に更新していくことは財政的に極めて困難です。特に、更新対象となる管路の中には、「費用が便益を上回る」末端管が多数含まれています。これは、人口減少が止まらない日本の現状において、給水人口の減少に伴い、末端の給水区域が採算割れを起こしているためです。

例えば、図1:都市の水道給水模式図をご覧ください(実線は水道管を示し、□は住宅を示すものとします)。
この図の左側(都市の中心部)では世帯密度が高く、管路更新の費用対効果が高いことが一目瞭然です。しかし、図の右側(郊外部)では世帯密度が著しく低く、またこのようなエリアでは人口流出が止まらない可能性が高く、このエリアへの給水のための管路の維持管理コストが給水収益を大きく上回る可能性が高まります。
この状況が続けば、水道事業全体の財政を圧迫し、都市部のサービス水準にも影響を及ぼしかねません。こうした背景から、水道事業の持続可能性を確保するため、「郊外切り離し」という、これまでの常識を覆す選択肢が議論されるようになったのです。

そこで、図②のように、左側と右側をつなぐ配管の一定区間を黄色の範囲で切断すると、従来の給水エリアの左側に集約されます。右側の給水エリアには、小規模な水道を作る必要が生じますが安価でこれを実現できれば、中央の配管更新は今後も不要となります。

2. 二者択一ではない:3つの選択肢
郊外の水道問題に対し、「維持か、給水区域の縮減か」という従来の二者択一の議論ではなく、今後は状況に応じた3つの選択肢を検討すべきと考えます。
- 配管更新継続(都市中心部):人口密度が高く、水需要も安定している都市中心部では、既存の水道網を計画的に更新し、従来の高品質なサービスを継続します。
- 区域縮減(供給終了):すでに人の居住がなくなり、あるいは事業者撤退により水道使用がなくなった区域では、給水区域から除外するともに、区域境界で配管を閉じるとともに、区域外の配管の更新をストップします。
- 小規模独立水道(今回の主役):人口減少が進むものの、一定の居住者がいる郊外部では、既存の広域的な水道網から切り離し、地域に合わせた小規模な給水システムを構築します。これが、本記事で深掘りする「新・小規模水道」です。
選択肢 | メリット | デメリット | レジリエンス(災害対応力) |
---|---|---|---|
① 配管更新継続 | 安定供給・高品質サービス継続 | 高コスト・人口減による採算悪化リスク | 高 |
② 区域縮減 | 維持管理コストの抜本的削減 | 将来的に人が戻る可能性 | 高 |
③ 小規模水道 | 地域特性に合わせた住民による低コスト運営 | 初期投資・住民による運営管理への協力 | 高(分散型のため) |
3. 小規模水道の技術マトリクス
小規模水道は、水源の特性や給水人口規模に合わせて、最適な水処理技術を選択することが重要です。ここでは、試験的に想定した具体的な技術マトリクスをご紹介します(実際の適用に当たっては、詳細なコスト試算、リスク分析などを必要との前提)。なお、水源として小河川や沢水、湖などの表流水を水源とした場合を想定しています。
3-1. 人口120人未満相当:生物砂ろ過法が最適
比較的良好な原水水質で、給水人口が120人未満(給水量30m3/日程度)までの小規模集落には、砂利ろ過と生物砂ろ過*を組み合わせた方法が有効です。これは、特別な薬剤や複雑な機械を必要とせず、自然の力を活用するため、導入・維持コストを大幅に抑えることができます。生物砂ろ過による水道は”おいしい”との定評があり、
*生物砂ろ過は、以前の緩速ろ過ですが、維持管理負担を抑えるために砂利ろ過との組み合わせをはじめ、さまざまな負担軽減手法が開発されています。
給水人口が120人以上でも採用できますが管理負荷が上がるため、管理負荷を理解の上賛同する集落での適用が望ましいと言えます。
3-2. 人口100人以上相当:MF/UF膜+塩素消毒が主流
給水人口が100人(給水量25m3/日程度)以上で、スケールメリットを享受できはじめるようになると、MF(精密ろ過)膜やUF(限外ろ過)膜を導入し、塩素消毒と組み合わせることが可能となります。これらの膜ろ過技術は、このケースでは凝集剤を不要が前提となります。膜ろ過運転は運転管理が比較的容易であり、安定した水質の水を供給できます。
3-3. 人口による水処理法の選択の補足
今後の日本の人口はご承知の通り減少傾向にあります。水処理方法の選択時の人口も、将来的には徐々に減少することを前提とし、水処理方法を選択する必要があります。そのような考えから、上記では生物ろ過法と膜ろ過処理の適用範囲を重ねています。
- 水処理方法選択時の人口が120人だった場合、将来的に100人を割り込み、90人、80人となることが想定される場合は、生物砂ろ過法を選択がリスクが少なくなります。
- 逆に、人口が110人であっても都市部からの人口流入が予想され、将来的に人口が増えることが想定されるような場合には、膜ろ過システムが採用されても問題ありません。
3-4. 原水水質における留意点
小規模水道では、水源の水質が処理選択に大きく影響します。
- 地下水水源の場合:鉄やマンガンが多く含まれることがあり、万が一含まれることが判明し、別の良質な地下水を得ることが難しいと判断した(井戸の再掘削をしない)場合には、これら金属成分を除去するための処理が必要です。
- 沢水・河川の場合:フミン質(着色成分)や有機物(TOC)が含まれることがあり、これらを除去するための対策が求められます。
水質 | 水処理方法 | 適用例 |
鉄、マンガン | 塩素酸化>凝集剤注入>機械式ろ過 | 比較的人口が多い場合に、採用可能 |
ばっ気酸化>生物砂ろ過 | 比較的人口が少ない場合に、適用 | |
フミン質による着色 | 活性炭処理 | 実験により活性炭の取替頻度を算定し、コストが見合う場合 |
オゾン酸化 | 人口が一定程度多い場合に、採用可能 | |
有機物(TOC) | 生物砂ろ過 | 汚染度合いにより、生物砂ろ過を2段処理も検討 |
4. 住民組合による維持管理オペレーション
小規模水道の整備には一定割合の資金投下が必要となります。また水道施設が増えることで管理費用の上昇を抑え、全体のライフサイクルコストを一定程度に抑えるためにはOPEXの低減化が必要となります。功の鍵は、その地域の住民による管理組合が維持管理を行うオペレーションモデルにあります。
- 施設の日常管理は住民管理へ:これまで行政が担っていた小規模施設の日常的な巡回点検や簡単な清掃・運転操作は、地域の住民組合が担うことで、運営管理コストを大幅に圧縮できます。もちろん、それぞれの施設の総合的な品質監理や専門的な技術支援は、引き続き行政が実施します。
- 「分かりやすさ」が求められる運用:住民による管理を実現するためには、施設の運用がシンプルであり、かつ、誰にでも分かりやすい設備構造であることが重要です。
- 運転管理コストの圧縮:住民による日常管理は、外部委託費などを削減し、運転管理コストの圧縮に直結します。
- 住民組織の横のつながり:住民が自ら水道を守る意識を持ち、定期的に地域内の住民組織による研修会や情報交換会を実施します。これにより地域コミュニティの結びつきが強まり、いざという時の助け合いにも繋がるという、将来的な目標も生まれます。
5. “スマホで見える化”が鍵
住民による維持管理を円滑にし、行政による遠隔監視を行うには、最新のデジタル技術を活用した「見える化」が不可欠です。
- クラウド活用による情報確認:給水量、水槽水位、残留塩素濃度などの主要な情報をクラウドにアップロードし、住民がスマートフォンでリアルタイムに確認できるようにします。
- LINE/SMS通知によるアラート:異常が発生した場合(例:水槽水位の急激な低下、残留塩素濃度の異常など)には、当番の住民にLINEやSMSで自動通知され、速やかに現場確認を行えるようにします。
- 低コストでの導入・運用:このようなシステムは、例えば、導入コスト30万円程度、月額運営費も回線料込みで5,000円程度で運用が可能であれば、小規模水道でも導入しやすい価格帯だといえます。
- 漏水検知や場内監視の効率化:配水池の水量や給水量の変化を常時監視することで、給水エリアの漏水検知の早期化や、場内での異常(例:設備故障の疑い)も察知しやすくなります。

6. 事業スキームと財源
小規模水道の導入・維持には、新たな事業スキームと財源の確保が重要です。
- 施設のCAPEXは市や県が100%出資:施設の新設や改築にかかる初期投資(CAPEX: Capital Expenditure)は、自治体が100%出資することで、住民の初期負担を軽減します。ただし、総事業費がかさむため、住民は日常的な運用管理(OPEX: Operating Expenditure)を担うことで、事業に寄与します。
- 水道料金の均一化:給水区域内に複数の小規模施設が存在し、それぞれの給水原価が異なる場合でも、住民間の公平性を保つため、水道料金は同一金額とすることが考えられます。
- 国からの補助・助成:地方行政の資金負担増を軽減するため、国は補助金や助成金、給水事業の実施支援などでサポート体制を強化する必要があります。
- 定期的な水質検査:安全性を確保するため、定期的な水質検査は不可欠です。現状の制度と地域の状況に合わせて、検査体制を適正化していく検討も必要です。
7. 課題と今後の論点
新・小規模水道モデルには、いくつかの課題も存在します。
- 止まらない人口減少リスク(転出/高齢化):住民のさらなる転出や、高齢化による人口減少がさらに進んだ場合、住民による管理体制の維持が困難になる可能性があります。このような場合、隣接する住民組合との合併や、最終的には運搬給水への移行など、キーとなる浄水場の設定や、配水池への受水設備への設置など、柔軟なステップダウンに向けた設計が求められます。
- 災害時を想定した運搬給水対応設備の導入:小規模水道は分散型であるためレジリエンスは高いものの、万が一のシステム停止に備え、運搬給水への円滑な移行を可能にする設備(貯水槽など)の導入も検討すべきです。
これは、「ステップダウンで柔軟に移行できる設計」を最初から組み込むことで、将来の変化にも対応できる持続可能なシステムを構築することに繋がります。
まとめ & 次回予告
日本の水道は、今、大きな転換期を迎えています。「老朽化=すべて配管更新」という従来のモデルから、「小さく作り、デジタルで回し、必要なら“運搬給水”へ──」という新たな発想へのアップデートが求められています。これは、郊外部の水道を守り、地域コミュニティが活きる持続可能な水供給モデルへと進化するための道筋です。
次回は、今回触れた「人口密度に応じた複数浄水場配置」について、その具体的な設計と運用方法を掘り下げていきます。
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