水道は“最も重要な基本インフラ”:誰のものか? ~民営化・国際紛争・地域の“命綱”を読み解く~

2019年の改正水道法、そして浜松市での25年にわたる運営権売却(コンセッション)は、「水は公共財」という常識を揺るがす出来事でした。水戦争の歴史や民営化の功罪から、「命のインフラ」である水道の行く末を、今こそ深く考えるべき時が来ています。

序章:水道=基本インフラの本質

「水」は、私たちの命を支えるだけでなく、あらゆる産業活動、防災、衛生、そして都市機能すべてを支える「社会の血液」です。現代社会において、水道が一日でも止まれば、私たちの生活はたちまち立ち行かなくなります。日本においては、1人1日200Lもの水を消費し、都市活動の9割が水道に依存しているという事実が、その重要性を雄弁に物語っています。

しかし、私たちは普段、蛇口をひねれば当たり前のように出てくる「安全な水」に対して、その裏側にある膨大なシステムや、そこにかかるコスト、そして将来への課題について、どれだけ意識しているでしょうか。

1. 水をめぐる争いの記憶:「水戦争」は今なお世界中で

歴史を紐解けば、人類の文明は常に水を求めて発展し、そして水を巡って争ってきました。食料の確保、土地の開墾、そして都市の発展には、安定した水資源の確保が不可欠だったからです。

現代においても、「水戦争」という言葉は決して過去の遺物ではありません。地球温暖化による水不足の深刻化、新興国の経済発展に伴う水需要の増大、そして企業活動による水の私有化の動きなど、世界では今なお、水を巡る様々な形での紛争が起こっています。

例えば、国際河川であるメコン川では、上流国の開発が下流国の水資源に影響を与え、国際的な緊張関係を生み出しています。また、シンガポールは、隣国マレーシアからの水供給に大きく依存していましたが、独自の「NEWater」プロジェクト(下水再生水)と海水淡水化プラントを開発することで、水自給率を高め、外交的な脆弱性を克服しようとしています。これらは、水が国家間の安全保障問題に直結する、まさに「水戦争」のリアルな姿と言えるでしょう。

出典:国土交通省「水資源問題の原因

2. シンガポールの“水自給”プロジェクト:外部依存からの脱却

シンガポールは、国土が狭く、天然の水源に乏しいという地理的制約を抱えています。長年、隣国マレーシアからの水供給に大きく依存してきましたが、これは外交上の大きなリスクでした。

そこでシンガポールが国家戦略として掲げたのが、「水自給プロジェクト」です。その中核をなすのが、高度な水処理技術によって下水を再利用する**「NEWater」**です。2005年には、水供給の約3割をNEWaterで賄う計画が始まり、2060年までには契約が満了するマレーシアからの水供給に代わり、自給率を高める戦略を推進しています

また、海水淡水化プラントの建設も進め、複数の水源を確保する「Four National Taps(4つの国家の蛇口)」戦略を展開しています。これは、水資源の外部依存から脱却し、国家の安定と発展を自らの手で確保しようとするシンガポールの強い意志の表れと言えるでしょう。

3. 世界の民営化・再公営化ラッシュ:利益追求と公共サービスの衝突

水道事業の民営化は、世界各地で議論を巻き起こし、その結果として「再公営化」という逆の動きも加速しています。民営化推進派は、民間企業の経営ノウハウや効率性を導入することで、サービスの質の向上やコスト削減が実現できると主張しました。

しかし、現実には、フランスのヴェオリア社やスエズ社といった多国籍企業が、水道事業の民営化を進める中で、料金の高騰、サービスの質の低下、インフラ投資の滞りなどの問題が顕在化しました。利益追求が公共サービスの維持・向上よりも優先され、住民の生活に大きな影響が出たのです。

その結果、パリ(フランス)やベルリン(ドイツ)など、かつて民営化を進めた都市が、再び水道事業を公営に戻す「再公営化」へと舵を切る事例が相次いでいます。これは、水道という「公共財」が、単純な営利目的の対象とはなり得ないことを示す重要な教訓と言えるでしょう。

出典:長周新聞(2020年9月17日記事より抜粋)

4. 日本の転換点:改正水道法(2019)が問うもの

日本においても、2019年に改正水道法が施行され、水道事業の運営権を民間企業に売却する「コンセッション方式」が導入可能となりました。これは、水道事業の安定経営と、老朽化したインフラの更新を目的としたものです。

しかし、この改正水道法には、大きな懸念の声も上がっています。特に指摘されるのは、**「民間参入で老朽管更新 vs 地方切り捨て」**という構図です。民間企業は利益が見込める都市部に集中し、過疎化や高齢化が進む地方の水道事業は、より一層厳しい状況に置かれる可能性があります。

また、法改正の経緯には、外資系企業の参入を促す「日本売り」だという批判や、拙速な議論であったという指摘も少なくありません。水道事業の将来を左右する重要な法改正であるにも関わらず、十分な国民的議論が尽くされたとは言えない状況でした。

5. 浜松市の25年コンセッション:期待と懸念

改正水道法施行後、最も早くコンセッション方式を導入したのが、静岡県浜松市です。浜松市は、上下水道一体の運営権を、フランスのヴェオリア・ジャパンを代表とする企業グループに25年間売却しました。

浜松市がコンセッション方式を導入した背景には、人口減少による水需要の減少、そして老朽化した水道施設の更新費用の確保という課題がありました。市は、民間ノウハウの活用による経営効率化と、安定した投資の実現に期待を寄せています。

しかし、その一方で、**「運営権料の使い道が不透明」「料金値上げのリスク」「トラブル時の責任の所在」**といった懸念も指摘されています。特に、水道料金が今後どのように変動していくのかは、市民にとって喫緊の課題であり、注目すべき点です。

6. 公共サービスと利益のジレンマ:小泉政権時の郵政民営化論議を引用

水道事業の民営化を巡る議論は、公共サービスと営利企業の利益追求という、根本的なジレンマをはらんでいます。かつて小泉政権が郵政民営化を進めた際に示された**「官から民へ」**というスローガンは、効率化や競争原理の導入を目的としたものでした。

しかし、郵政民営化が、必ずしも期待通りの成果を上げているとは言えない現実もあります。特に、郵便局が地域社会において果たしてきた役割や、過疎地でのサービス維持など、営利追求だけでは測れない「公共性」が失われることへの懸念は根強く残っています。

水道事業も同様です。営利企業である以上、当然ながら利益追求が最優先されます。しかし、水は、私たちの命と健康、そして社会活動を支える最も基本的なインフラであり、利益追求の対象となるべきではない、という意見も強く存在します。このジレンマにどう向き合い、真に持続可能な水道事業のあり方を探るかが、今後の大きな課題となります。

7. 水道は“土地の財産”──残すべき原則3カ条

水道は、単なるサービスではなく、その土地に暮らす人々の「財産」であるべきです。私たちは、この大切な財産を守り、次世代へと引き継いでいくために、以下の3つの原則を提唱します。

  1. 安全・安価の普遍的アクセス:安全な水が、誰にとっても、いつでも、どこでも、適切な価格で手に入るべきです。地理的条件や経済状況によって、水の供給が途絶えたり、不必要に高額になったりするようなことがあってはなりません。
  2. 地域主権の担保:水道事業は、地域住民の生活に密接に関わるため、その運営は地域住民の意思が反映されるべきです。透明性の高い情報公開と、住民参加の仕組みを確立することが重要です。
  3. 利益の地元還元:もし仮に、民間企業が水道事業に参入し、利益が生じたとしても、その利益は地域の水環境の保全や、水道インフラの改善など、地域社会に還元されるべきです。

「あなたは水道の民営化、どう考えますか?」この問いかけから、私たち一人ひとりが水道の未来について真剣に考え、行動を起こすきっかけとなることを願っています。

まとめ

水道は、私たちの命と社会活動を支える、かけがえのない基本インフラです。世界の「水戦争」の現実、そして民営化と再公営化の動きは、水が公共財としていかに重要であるかを私たちに教えてくれます。

日本における改正水道法と浜松市のコンセッションは、水道事業の新たな局面を示しています。しかし、私たちは、目先の効率性だけでなく、長期的な視点に立ち、安全・安価な水の普遍的アクセス、地域主権、そして利益の地元還元という原則を堅持すべきです。

水道の未来は、私たち一人ひとりの意識と行動にかかっています。この問題を「自分ゴト」として捉え、積極的に議論に参加し、より良い未来を築いていきましょう。

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