フミン質(腐植)による色度対応について

山の沢水を水道にするとき、水処理技術者を悩ませるのが、フミン質と呼ばれる着色物質です。

山林の落ち葉の中を通る間に、水に溶け込むと思われるその物質は、薄茶色の色を呈し、水道の色度の水質基準である5度を超えるもととなる物質です。

数年前、千葉県のとある簡易浄水場の改修現場で、フミン質による色度対策に奮闘しました。その時の発見や最終的な対応方法、衝撃の事実なども織り込みながら、このフミン質対策についてできるだけわかりやすくまとめてみたいと思います。

森の中の落ち葉を雨水が浸透するときにフミン質が流れ出すのだろうか
目次

フミン質(フミン酸)とは

フミン質について、Wikipediaでは次のように紹介されています。

Wikipediaより

フミン酸(フミンさん、humic acid)とは、植物などが微生物による分解を経て形成された最終生成物であるフミン質(腐植物質)のうち、酸性の無定形高分子有機物。狭義では、腐植土や土壌などにおいてアルカリに可溶で、酸で沈殿する赤褐色ないし黒褐色を呈する、炭水化物タンパク質脂質などに分類されない有機物画分のことを指す。腐植酸(ふしょくさん)とも言う。

このフミン質、フミン酸に過去多くの水道技術者が戦い、苦しんできました。

対象地域からのニーズ

現場となった対象地域の住民は、昔から地元水道の着色に悩まされてきました。

  • 洗濯すると、白いシャツがだんだんと薄茶色になる
  • お風呂の水もいつも薄茶色で時々濁る
  • 旅行に行くたびに、きれいな水がうらやましいと感じる

他にもいろいろな要望をいただく中、この色度対策はマストの対策課題として取り上げられました。

この当時調査した際の原水の色度は天候にもよりますが、晴れの日でおおむね8度程度の色度であり、一番高いときで40度近くになったときもありました。

対策検討で検討した処理方法

色度対策として、水処理専門家なら通常考えるのは以下の2つかなと思います。

  • 活性炭ろ過による色度除去
  • オゾン酸化による色度成分分解

それぞれの処理方法を簡単に説明します。

活性炭ろ過による微量物質除去:
 活性炭が有する微細な空隙内に微量物質を吸着することで、水中の微量物質を除去する方法

オゾン酸化による物質の分解:
 オゾンの強力な酸化力により、反応対象物質を酸化し、別の物質に変化させる方法

色度除去実験

活性炭による色度除去実験

活性炭に水処理業界で一般的によく使用される、ヤシ殻活性炭を用いて色度の除去実験を行いました。

処理結果は、通水直後は色度が除去されるものの、比較的早期に”破過*”状態となり、色度が漏れ出る状態が確認されました。そのため、活性炭の種類を石炭系の活性炭に変更し実験を行ったところ、多少状況は改善したとはいえ、破過状態となるまでの水量から、この現場では毎年、数回の活性炭の取り換えが必要と判断される結果となりました。

一般的な浄水場ならその程度の維持管理費用は吸収可能なのかもしれませんが、限界集落であり数少ない家庭で浄水場の運営費用を負担している状況では、活性炭による色度除去は非現実的と判断し、この現場での活性炭の採用はできないと判断しました

*破過:通水直後は発揮できていた性能が限界に達し、性能を発揮できなくなる現象のこと

オゾン酸化による色度除去実験

オゾン酸化実験は、まずビーカーでのオゾンばっ気実験を行いました。

その結果、色度の80%が2分のばっ気で、さらにもう1分で追加10%(累積90%)の色度が除去されることが確認できました。ただし、残りの10%に対して10分以上ばっ気を継続してもほとんど変化はなかったため、別の成分による着色と判断しました。ただし、90%の色度が除去できれば、8度×(1-0.9)=0.8度と水質基準の5度をクリアできます。

ビーカーでの簡易実験後、より現場でのばっ気方法に近い、アスピレーターを用いた実験を行いましたが、脱色までの時間や結果はビーカー実験と大差はありませんでした。

最終的には、空気原料オゾンでの窒素酸化物の懸念払しょく、とより高効率なオゾンの水中への溶解効率のため、オゾン発生装置に加え、酸素濃縮器も導入し、酸素原料のオゾン発生器と気液混合ポンプによるオゾン酸化装置としました。

オゾン実験での脱色実験の様子。左の容器内でオゾンばっ気。右は比較用の原水。0min→3minで色が落ちていることが確認できる

その他の色度除去方法

簡易水道の浄水場の改修にあたり、客先からの要望として”膜ろ過”による浄化がマストでした。

膜の選定にもいろいろと苦慮しましたが、最終的にMF膜の選定が完了した後、選定したMF膜での色度除去効果の確認を行ったところ、色度1.5以下、時には1以下となるデータが得られました。

この結果も踏まえ、最終的に、「オゾン酸化+MF膜ろ過」によるダブルの処理を、この現場での色度対策として採用することにしました。

MF膜の閉塞の懸念

色度除去方法が確定して安心したのもつかの間、メーカーより、MF膜ろ過は色度対策として有効だが、フミン質によるMF膜の早期閉塞の可能性への懸念が伝えられました。

ただし、メーカーとして、閉塞しない対策、閉塞後の回復方法など、あまり具体的な情報をご提供できないようで、色度除去と閉塞対策方法への有効なコメントはいただけませんでした。

オゾン酸化で分解することもあり、「なるようになるさ」、と考え、色度対策検討はいったん幕を閉じたのでした。

生物処理による色度除去について

現地で本設前に実施した検証では、砂利ろ過や砂ろ過などの微生物が関与する水処理実験も3か月程度実施しました。夏でしたので、もっとも活性が高い時期でしたが、色度はほとんど落ちませんでした。むしろ、色度が増えてしまうときもあり、生物処理での色度除去は期待できないな、とうことを認識しました。

設計における工夫

検討は終え設計をするにあたり、以下のようなことを考慮しました。

  • オゾン酸化システムの後段には、MF膜への閉塞負荷を減らすために、オゾン分解生成物の生物分解を促す砂ろ過装置を設置しました。
  • 一方、残留オゾンがオゾン酸化装置から生物砂ろ過槽に直接流入しては、微生物をオゾン酸化してしまい、全滅してしまうことになりかねません。そこで、2つの装置の中間に活性炭層を設け、この部分でオゾン分解し、酸素に変化させるシステムとしました。
  • オゾンは常に運転するのではなく、原水の水質によってON/OFF制御ですができるような制御を組み込みました。

この辺の工夫ポイントが後々、運転段階でまた物議をかもすことになります笑

施設建設後の試運転段階以降のお話

非常に非常に工期が短い施設建設を何とか終わらせ、実浄水場での試運転を開始しました。

個々の装置の試運転を終え、ようやく施設全体として安定稼働したころ、色度除去については以下の条件で運転していました。

・オゾン除去装置:出力100%、常時稼働。
・MF膜ろ過装置:規定流量での運転。

オゾン酸化による臭素酸の発生

当然、色度は問題なく、処理水で0.1~0.2程度の安定した稼働をしていました。
そこで、水質分析をしようと、51項目の水質分析を行ったところ、問題が起こりました。

それは、オゾン処理による臭素酸の発生です。

色度は取れても、臭素酸発生で水質基準をクリアできない!という事態になりました。

臭素酸対応

過去にJICAの業務でスーダンで水道の仕事をしていた時、この臭素酸問題がスーダンで発生し、国中の大問題となったことがありました。スーダンで飲料を製造していたコカ●ーラ社が、地下水の殺菌用にオゾンを使用していたところ、臭素酸が基準を超過していたという問題でした。

その臭素酸がまさかこの現場で問題になるとはほとんど考えていませんでした。

設計時に少し頭をよぎりましたが、臭素酸の要因となる「臭素イオン」は、地下水に含まれているものであって、表流水にはまず出ないだろう、という根拠もない思い込みもあり、また、とにかくやたら忙しかったため、検討自体をしていませんでした。

その臭素酸が51項目の水質検査で検出されたことで、急遽対策を考える必要ができました。

とはいえ、なんらかの設備を増設する、という対策は工事期間の面でも、また実運用が始まった後の管理や、水道コストの面からも無理です。

そのため、運用面での検討、つまり、オゾンの出力を下げ、臭素酸は発生しないけれども、色度は落ちるという限界のラインを探る検討を行いました。

その結果、奇跡的に、このギリギリのラインを発見しました。

  • それ以上出力を上げると、色度は落ちるが臭素酸が水質基準を超える
  • それ以上出力を下げると、臭素酸は発生しないが、色度も落ちない

この2つの狭間にある、「色度は落ちるが、臭素酸は発生しない」という出力値です。

うまくいくか本当に心配でしたが、なんとか見つけることができました。

さらに、その後の検証により、この設定値による運用では、晴れの日や雨の日などの天候の変化による原水の性質の違いにも左右されることなく、「問題ない」、ということを確認することができました。その後もこの施設の処理水の定期的な51項目検査で臭素酸は検出されていません。

設計時に臭素酸検討について

もう1つわかった事実ですが、臭素酸の設定値の検証の際に、原因物質である「臭素」の分析も合わせて行いましたが、衝撃の事実としてお伝えすると、

オゾン処理対象の原水の、臭素イオンは「検出限界外」という結果でも、その日の高出力のオゾン処理後は、臭素酸は「基準超え」という状態でした

つまり、本現場での水に対して設計前に検証していても、原因物質である臭素イオン自体は検出できなかっただろう、ということになります。ただし、オゾン実験の処理水の水質分析で臭素酸を量っておくべきということも今回合わせてわかりました。

ちなみに、臭素イオンと臭素酸の水質基準は以下の通りです。

臭素酸:水道水質基準では、0.01mg/L以下であること
臭素イオン:基準なし。検出限界値0.1㎎/L(運用上の報告限界)

生物ろ過能力発揮しておらず

次は、臭素酸とは別の問題についてです。

オゾン分解物のさらなる分解を促すために生物砂ろ過をオゾン酸化システムの後段に設置しましたが、運転を開始してから1カ月が経過しても、生物が活動している兆候をつかむことができず、どうしたんだろうと思っていました。

その後分かった衝撃の事実は、オゾンフル活動で、生物ろ過に入る水の中の微生物が全滅していたため、生物砂ろ過装置にも微生物がいない状態となっていました。

これは、この後に書く検証のために、オゾン装置を1か月以上停止運用していた際に、生物ろ過装置に微生物が流入することにより、実際、現場での観察で生物が活動し始めた兆候が得られ、実際の水質分析でもそのような結果が得られ、ほっと一安心するのでした。

オゾンを低出力で、一定条件化で運用するようになっても、良好な結果が得られています。

電気代高騰問題

簡易浄水場の改修では、オゾン酸化装置、MF膜ろ過装置以外にも、紫外線殺菌、自動塩素注入装置を導入していました。その結果、電気代が跳ね上がったということで、最適な運転条件を検討しました。

その際に、どの程度の色度ならMF膜への負担を抑えられるのか(どのくらいの色度以上の時にオゾン酸化装置を稼働させたらよいか)を重点的に検討しました。

最終的に原水の色度が何度以上ならオゾン酸化装置を運転するかという検討を踏まえた施設運用案を作成することができ、お客様にもご納得いただけることとなりました。

以下は、改修を実施した実際の浄水場です。

MF膜の運用について

色度以外にも要因はありますが、MF膜を実際どのくらいの期間使用可能か、という懸念は当初から抱えており、解決しなければならない課題でした。

「色度は落とせるし、水質もよいけど、毎月MF膜取替」なんてことになったら、赤字なので。

オゾンの出力を抑え、原水の色度が一定レベルまではMF膜のみでの色度対策となった状況下で、よりMF膜に負荷がかかる条件下で長期間活かす運用を実現するためには、MF膜の薬品洗浄方法を確立する必要があり、本当に様々な条件で検討を行いました。

その結果、最良の運用方法を確立した結果、試運転の時から使用しているMF膜は3年たった今でも現役で活躍してくれています。

最終的な色度対策についての考察

最後に、今回の色度対策の結果も踏まえ、どのような原理にとなっているか、主に私の推測であり、科学的な根拠はありませんが、以下に推論を以下に述べます

  • フミン質は、冒頭でのWikipediaの引用でも書かれてあるように、「酸性の無定形高分子有機物」です。分子量では数十万かそれ以上となる有機物であり、大きな構造体をしているものと考えられます。
  • その構造の大きさがゆえに、活性炭の微細な穴には容易におさまりきれずに、早期の「破過」状態になったと考えられます。
  • 一方、高分子有機体は、オゾンの酸化力で容易に断ち切ることができ、また断ち切られた物質は、色を呈する性能を失うため、脱色が起こると考えられます
  • ダイエットシュガーなどの高分子有機物を人間も含め、排水処理では分解が難しいように、フミン質は高分子有機物であるが上に、容易に微生物による分解が行えず、ほとんど脱色ができないという状況なのではと考えられます。
  • 膜ろ過では、単純ろ過ですので、高分子の物質の除去は得意です。よって、膜ろ過で色度除去ができることは当然でしょう。
  • 膜ろ過の薬品洗浄でフミン質を含めた物質の洗浄が可能なのは、高分子有機物の有機物という特性に対して、アプローチをかけた洗浄方法だったからかなと思います。アルカリ性だけでなく、酸性での薬品洗浄も行うことによって、より再生力が高まりましたが、これはフミン質以外の膜の閉塞物質(金属イオン系)を酸で溶かしているからかなと思います
  • オゾン脱色実験で残り10%の物質が、上記の金属イオン系も当てはまると思われます。ただし、当時の水質分析で鉄について数回分析しましたが、鉄は出ていなかったため、その他の金属成分かと思われます。
  • フミン質にも、その分子構造が大きなものから小さなものまであるのか、あるいはほぼ一定レベルなのかがわかりません。もし、分子量がちいさめのフミン質というものが地域によってはあるのであれば、石炭系の活性炭で有効な現場もあるのかもしれません。

以上が今回の水処理におけるフミン質対策の総括です。

一方、どの川でも着色しているわけでなかったり、深井戸の地下水でフミン質の着色はほとんど聞いたことがない(知らないだけ?)のは、自然界のどこかで分解が進んでいるからと思っていまして、そのメカニズムを明らかにすることができれば、それ水道業界の大事件になるのかなと思っています。

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