水を循環させれば、本当に水不足は解決するのか?――水を捨てないということの、その先にあるもの
「捨てている」という気づき
お風呂に入った後、栓を抜きます。シャワーから流れ続ける水、洗濯に使った水、トイレを流すために使う水。長靴が汚れれば庭で靴を洗ったり、海水浴から戻ってきたときは浮き輪や砂まみれになった水着も庭で洗ったりします。
私たちは毎日、大量の水を使って、捨てています。
水不足が世界的な問題として語られる時代に、これは本当に合理的なのでしょうか。「一度使った水を、もう一度使えばいいのではないか」という考えは、直感的にとても正しく聞こえます。そして実際、この発想は非常に重要です。
今回は、この「水を循環させる」という考え方を、できるだけ丁寧に考えてみたいと思います。循環型水処理は本当に水不足を解決するのか。誰もが気づいていない不便はないのか。そしてその先に何があるのか。
一度使った水を、もう一度使う
まず、通常の水道の仕組みを確認します。
水源から水を取り、浄水場で処理し、蛇口から出てきた水を使います。使った後は排水として流れ、庭の土に浸透する水などを除けば、ほとんどは下水処理場で処理されて、河川や海へと戻ります。水は一方向に流れ、使い終わったら「捨てる」という流れです。
循環型の考え方は、この流れを変えます。使った水を回収し、処理して、再び利用する。そしてまた回収して、処理して、再び利用する。一度取水した水から、何度も「水としての価値」を引き出すのです。
これが水不足に対して強力なのは明らかです。1,000Lの水を取水して、使い終わったら全部捨てれば、1,000Lの水が必要です。しかし90%を回収して再利用できれば、はるかに少ない取水量で、同じ量の「利用」を実現できます。循環率を高めるほど、外から新たに取り込む水の量を減らすことができます。
実際には蒸発や漏れ、処理の過程で生じる排出物などがあるため、完全な100%循環にはなりません。しかし原理として、循環率を上げれば上げるほど取水量を抑えられるという考え方は、水不足への対策として非常に有力です。
では、これで水不足は解決するのでしょうか。
「水を捨てられない」という制約
ここで少し立ち止まって考えてみます。水を循環させるということは、「使った水を捨てられなくなる」ということでもあります。
通常の水道は「開放系」です。蛇口から出てきた水を、家庭では用途をあまり意識せず使えます。洗剤を使った水も、油の入った排水も、様々なものが混じった水も、下水道へ流せばとりあえず「そこから先は専門家が処理する」という仕組みになっています。利用者が「この水は後でどうなるのか」を強く意識しなくても生活できるのが、水道という仕組みの大きな利便性です。
しかし循環型の系統では、これが変わります。自分が流したものが、処理された後に再び自分が使う水になります。つまり、排水として流すものが、循環システム全体に直接影響します。
例えば強力な洗剤や漂白剤、油脂類、特定の化学物質。これらが循環システムの中に入ると、処理プロセスに影響を与える場合があります。特に微生物の働きを利用して水を浄化するシステムでは、強い殺菌作用を持つ物質が処理プロセスに影響する可能性があります。
通常の開放系では「ちょっとくらい流しても大丈夫」という感覚で扱えるものが、循環型では「この物質は水処理システムに入っても大丈夫なのか」という感覚が重要になります。これは、利用者側の行動がシステム全体の健全性に直結するという、根本的な構造の変化です。
水処理は「何でも消せる魔法」ではない
循環型水処理では、当然ながら水を処理する技術が核心になります。生物処理、ろ過、吸着、膜分離、酸化、消毒など、様々な手法が組み合わされます。
しかし、どんな物質でも低コストで完全に除去できるわけではありません。特定の化学物質は、処理の過程で濃縮されることがあります。処理工程を阻害するものもあります。別の処理方法を必要とするものもあります。
ここに一つの逆説があります。循環率を100%に近づけようとすればするほど、処理システムはより高度で複雑になっていかざるを得ません。水を節約しようとした結果、処理装置が巨大化・複雑化するという方向に向かうのです。
循環率100%という幻想
理想としての完全循環を考えてみます。一滴も外に捨てず、すべての水を繰り返し使い続ける。これが実現できれば、理論上は水不足の問題を根本から解決できるように見えます。
しかし現実には、完全な閉鎖系は存在しません。
蒸発は防ぎようがありません。人間が飲んだ水は体内で消費されます。処理の過程で生じる汚泥や濃縮廃液は、外部に排出する必要があります。定期的なシステム洗浄や部品交換でも水が必要になります。そして何より、システムを維持するための清掃や管理にも水が使われます。
循環型というのは「完全閉鎖系」ではなく、「より高い循環率を目指したシステム」です。そして問いは「循環するかしないか」ではなく、「どこまで循環させるのが合理的か」になります。
「水を節約」する代わりに何を使うのか
水を循環させるためには、設備が必要です。ポンプ、バルブ、センサー、流量計、水質計、制御装置、ろ過装置、膜、UV照射、オゾン、配管、様々な計測機器。これらがシステムを構成します。
つまり、「水を捨てない」代わりに、「水を循環させるための機械を持つ」ことになります。
通常の大規模な水道インフラでは、巨大な浄水場を専門家が管理し、処理された水が家庭に届きます。循環型の分散システムでは、水処理設備が施設や場合によっては家庭のすぐ近くに入ってきます。「水を節約するために、家庭が小さな下水処理と浄水場になる」とも言えます。
そしてどんな機械も、壊れます。それは冷蔵庫や洗濯機がある日突然壊れるように。
ポンプも壊れます。センサーも壊れます。バルブも壊れます。制御基板も壊れます。ここで重要なのは、水処理装置における故障は、実は、冷蔵庫や洗濯機の故障とは本質的に異なるという点です。
「水が出ない故障」と「水が悪くなる故障」
機械の故障には、分かりやすい故障と分かりにくい故障があります。
装置が完全に停止すれば、水が出なくなります。利用者はすぐに異常に気づきます。これは困りますが、「水が出ないから何かがおかしい」と認識できる、ある意味で安全側の故障です。
難しいのは、処理性能が徐々に低下する故障です。水は出続けます。見た目も変わらないかもしれません。しかし処理の能力が落ちていれば、十分に処理されていない水が供給されている可能性があります。利用者は気づかないまま、その水を使い続けます。
水処理システムにおいて、「正常に水が出る」ことと「正常な水質が保証されている」ことは同じではありません。この違いは非常に重要です。
では、水質を監視するセンサーを設置すればいいのでしょうか。もちろんその方向は正しいのですが、センサー自体も壊れます。校正がずれることがあります。汚れによって誤った値を示すことがあります。通信や電源の問題が起きることもあります。すると、「水質を保証するためのセンサーが正常に動いているかどうかを、誰が保証するのか」という二重の問題が生まれます。これは水処理システム特有の、なかなか難しいシステム工学的な課題です。
水を節約した分だけ、別のものを使う
ここで整理しておきたいことがあります。循環型水処理のコスト構造です。
循環しない場合、水はたくさん使いますが、設備は比較的シンプルです。循環する場合、水の使用量を抑えられますが、設備が複雑になります。エネルギーが必要になります。保守と管理が必要になります。専門知識を持つ人が必要になります。
つまり、水を節約した分だけ、設備・エネルギー・人・保守費用を使うというトレードオフがあります。循環率が高まれば高まるほど、このトレードオフは強くなります。
「水を循環させるほど良い」という考え方には、この観点が必要です。水を節約するために使う資源の総量が、節約した水の価値を上回っていないか。これは水の問題だけでなく、エネルギー、設備、材料、人、という複数の資源を合わせて考える問いです。
では、どんな場所で循環は合理的なのか
ここまで課題を述べてきましたが、循環型水処理が非常に有効な場面があることも確かです。
水が非常に貴重な地域では、循環の価値は高くなります。水を遠くから運ぶコストが高い場所でも同じです。自然の水源が乏しい離島や山間部、遠隔地では、循環によって外部からの給水量を減らすことが経済的にも合理的になります。災害時のように、通常のインフラが使えない状況でも、循環型の小型システムは大きな力を発揮します。こうした状況では、設備の複雑さや管理の手間というコストを払ってでも、循環させる意義があります。
一方、日本のように雨が多く、河川があり、ダムがあり、水道網が発達していて、水道水が比較的安価な地域では、家庭ごとに複雑な循環システムを導入する経済的なメリットは小さくなりやすい。蛇口をひねれば、安全で安価な水が出てくるからです。
ただし日本でも、「場所と用途」によっては循環が有効です。大規模な工場、病院、ホテル、建設現場、島嶼部、水使用量が極端に多い施設など。こうした場所では、循環によるメリットが設備・管理のコストを十分に上回る場合があります。
「どこで循環させるか」が重要になる
循環のスケールについても考えてみます。
家庭の中で完全に循環させようとすると、管理の問題、心理的な問題、故障時の対応など、課題が集中します。建物単位、たとえばホテルや病院のような施設では、専門のスタッフが管理できるため、比較的現実的です。地区単位で複数の施設が再生水を共有する形にすれば、集中管理がしやすくなります。都市単位で下水処理場が高度処理を行い、処理した水を工業用水や農業用水として再利用する形は、すでに各地で実践されています。
循環のスケールが大きくなるほど、専門的な管理が可能になり、システムの信頼性も上げやすくなります。「どこで循環させるか」が、実は「どう循環させるか」と同じくらい重要な問いです。
「水循環」と「水の再生利用」を分けて考える
ここで少し補足したいことがあります。「水を循環させる」という言葉には、実は異なるアプローチが含まれています。
一つは、同じシステム内で水を繰り返し利用する「水循環」です。もう一つは、下水や排水を高度処理して、別の用途に転用する「再生利用」です。
後者の例として、飲料水として使った後の排水を下水処理場で高度処理し、農業用水や工業用水として利用するという形があります。飲み水として使われた水が、洗浄や冷却の用途に「格下げ」されながら循環する。用途間の循環とも言える考え方です。
「家庭内で完全に循環させる」だけが水の再利用ではありません。大規模な集中処理を行い、用途に応じて再利用するという選択肢も重要です。
「用途ごとに必要な水質を考える」という方向
水を「賢く使う」という観点から、もう一つの重要な視点があります。すべての用途に、飲料水と同じ水質を提供する必要があるのかという問いです。
飲料や料理に使う水には、高い水質が求められます。しかし、トイレを流す水や庭への散水、工業的な冷却水には、飲料水と同じ水質は必要ないかもしれません。用途ごとに必要な水質が違うなら、高度に処理した水を必要な用途だけに使い、それ以外の用途には処理の程度が異なる水を使うという分け方ができます。
これも一種の「賢い循環」です。処理のコストを最小限に抑えながら、それぞれの用途に必要十分な品質の水を届けるという考え方です。
そして、循環しても補給は必要になる
水を循環させることで、外部からの取水量を大幅に減らすことができます。しかしどれだけ高い循環率を実現しても、外部から新しい水を補給する必要はなくなりません。蒸発、飲用による消費、処理過程でのロス--これらは避けられません。
では、その補給する水をどこから得るのか。
近くに川や湖があるなら、浄水して使えます。海しかない場所では、海水を淡水化するという選択肢があります。液体の水源が乏しい場所では、空気中の水蒸気から水を生成する方法も存在します。循環はあくまで「使う水の量を減らす」手段であって、「水を生み出す」手段ではありません。この点を踏まえた上で、次のステップとして「どこから水を補給するのか」という問いが続きます。次回は、この「新しい水をどう作るか」という方向から、海水淡水化について考えてみたいと思います。
「水を循環させるほど良い」わけではない
最後に、今回の問いに戻ります。
水を循環させることは、水不足に対する非常に強力なアプローチです。一度取水した水から何度も価値を引き出せるという原理は、間違いなく重要です。
しかし、循環率を高めれば高めるほど、処理・設備・エネルギー・管理の負担も増えていきます。水を節約した分だけ、別のリソースを消費する。そしてシステムが複雑になるほど、管理と信頼性の問題が大きくなります。
だから問いは「循環するか、しないか」ではないのかもしれません。「何%循環させれば、その土地でもっとも合理的なのか」という問いが必要です。100%の循環を目指すより、80%の循環と20%の新規取水を組み合わせた方が、安く、安全で、壊れにくく、管理しやすい場合もあります。
水を捨てないことは、それだけで目的にはなりません。水を、その土地で、その用途に応じて、賢く使う。その全体最適を考えることが、これからの水の問いです。
次回は、循環ではなく、そもそも「海から新しい水を作る」方法を考えます。海水淡水化--ROは、水不足の救世主になれるのでしょうか。
【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】
水道公論 2023年11月号(第59巻第11号)pp.39-49, 信州大学名誉教授 中本信忠
「生物屋の緩速ろ過池研究 その26:『現場から学ぶ美学、応用生態学の魅力』」
繊維産業が生んだ緩速ろ過、生物が働く水の秘密
(1) 現場から学ぶ、応用生態学の原点
信州大学名誉教授の中本信忠先生は、若き日に資源科学研究所で実学に触れ、研究者としての理想を追い求める姿勢と、生活のためにお金を得ていく現実の両方を肌で学んだといいます。生態学は机上の理論ではなく、まず現場に立って観察することから始まる。自然界の現象を暮らしに役立つ形へ応用していく「応用生態学」という視点は、その後半世紀近くにわたる緩速ろ過池研究の出発点になりました。
(2) 繊維産業が育てた、緩速ろ過の原点
公共水道の始まりには、実は繊維産業が大量のきれいな水を必要としたという背景がありました。長野県上田市には英国式の緩速ろ過を採用した染屋浄水場があり、河床からこんこんと湧き出すきれいな水の仕組みを真似たことが、緩速ろ過の始まりだといいます。明治43年から稼働してきた剣崎浄水場は、河川の表流水を取り入れ、沈殿池・ろ過池・浄水池だけといういたってシンプルな構成です。それでも台風による激しい濁り水が流れ込んだ際にも、ろ過池が目詰まりを起こさなかったという実績が、この仕組みの底力を物語っています。
(3) 生物が働くからこそ、水はきれいになる
緩速ろ過池では、砂の表面にできる生物の膜が水を浄化する主役です。ろ過速度が速く保たれ、酸素が十分に届くほど食物連鎖が活発に働き、汚れは砂の表層近くにとどまります。反対に、水源で殺藻剤を使ってしまうと生物が働けなくなり、汚れは砂層の深くまで入り込んでしまいます。血を吸う蚊の幼虫と、吸わないユスリカの幼虫はよく混同されますが、蚊の幼虫は流れのない止水にしか生息しません。絶えず緩やかに流れ続けるろ過池は、本来その心配とは無縁の環境なのです。
(4) 次世代へつなぐ、生物浄化法という選択肢
中本先生は2002年と2005年に緩速ろ過の解説書を出版し、英文の冊子もインターネットで無償配布してきました。日本の各種指針には緩速ろ過の説明がほとんど見当たらない一方、日本政府は海外に対しては生物浄化法を推奨してきたという、いささかちぐはぐな現実も指摘しています。長野県企業局は2022年にオンライン研修会を2回開催し、映像は今もYouTubeで公開されたままです。高校生の国際フォーラムでも安全でおいしい水の探求について講演し、大人の事情にとらわれない若い世代の感性が、この生物浄化法を世界へ広げてくれることに期待を寄せています。
【3. Q&A 現場の悩み相談】
集落の水道整備をお願いする場合、集落の方では何をする必要がありますか。だれも水道づくりに詳しくないので、難しいことを言われてもと思います。
まずは集落でどんな水がほしいかを初めてとして、水道づくりや水道の管理に関する皆様のご意見を取りまとめていただけたらと思います。何についてという質問項目はお渡しいたします。その上で、現地調査の際は、地元の水源や集落の様子をご案内いただければ後は話し合いながら進めていきましょう
【4. 編集後記】
名古屋でも線状降水帯による大雨が降りました。それも含めて先週から雨が続いていますね。
秋雨前線なのかもしれませんが、今年の梅雨が梅雨らしくなかったので、その分今降っているのではと思うくらい雨の多い日々ですね
さて、私が所属するNPOのCWSCでは、来月末、緩速ろ過セミナーを新見市で開催します。
粗ろ過x緩速ろ過を日本で最初に導入した公共水道であり、いろいろと勉強になることが多いと思います。私も当然参加いたします。10月29日、30日ですが、都合を合わせてぜひご参加ください。
また、その前の週の長崎での水道展とこの岡山でのセミナーの間に、大分の黒土地区に導入された粗ろ過x緩速ろ過の見学も個人的に今計画しています。
こちらは、黒土という名前から予想できるかもしれませんが、鉄・マンガンが多い水源の水を粗ろ過x緩速ろ過で処理して使用されている地域です。こちらもマンガン、鉄処理の処理例として大変参考になるかと思いますので、興味のあるかたは是非ご連絡ください。お待ちしています。
9月20日ころまで参加者募集したいと思います。