浄水場をクラウドにつなぐときに考えること
--遠隔監視システムの通信・セキュリティ設計の基本--
はじめに
これまでの記事では、(1)Webロガー2・AWS・Grafanaを組み合わせたIoTシステムの全体構成、(2)4-20mA・接点信号・PLC通信によるデータ取得の方法、(3)どの設備を監視対象にすべきかの考え方、そして(4)IoT導入によって現場の管理スタイルがどう変化するか、について説明してきました。
ここまで読んできた方は、「浄水場の設備情報をクラウドへ送れば、遠隔で管理できて便利になる」というイメージをお持ちになったはずです。その理解は正しいのですが、実際の導入では、もうひとつ重要な視点があります。それが「安全に接続すること」です。
浄水場は社会を支える重要インフラであり、設備の制御や水処理に関わる情報を扱っています。インターネットへつながることの利便性と同時に、つながることによるリスクにも真剣に向き合う必要があります。「つながること」だけを目指すのではなく、「安全につながること」を設計の中心に置くことが、実運用に耐えるシステムを作る前提条件です。
そこで今回は、遠隔監視システムを構築する際に必要となる通信方式とセキュリティの考え方について整理します。
1. 浄水場IoTで重要なのは「監視」と「制御」を分けること
1-1:IoT遠隔監視の基本的な考え方
浄水場にはすでに、PLC・制御盤・監視装置・インバータ・水質計器など、多くの制御設備が稼働しています。IoT化を進める際に重要なのは、「既存の制御システムへ直接入り込む」のではなく、「監視用のデータを取り出す」という考え方を徹底することです。
イメージとしては、PLCが制御の仕事をそのまま担い続ける一方で、Webロガー2がそのPLCから監視用のデータだけを取り出してクラウドへ送る、という構成です。制御の流れとデータ収集の流れを分離することが、安全なIoT化の基本です。
1-2:なぜ分離するのか
制御系とIoT系を分離する理由は主に3つあります。まず、IoTシステムの不具合が既存の制御設備へ影響を与えることを防ぐためです。次に、仮に問題が発生した場合でも、障害の影響範囲をIoT系だけに限定できるためです。そして、外部からの不正アクセスなどのセキュリティリスクを制御系から遠ざけるためです。
IoTシステムの役割は、「設備を勝手に動かすこと」ではなく、「設備の状態を正確に把握すること」から始めるのが原則です。まず監視から入り、信頼性が確認できた段階で制御への活用を検討するという段階的なアプローチが、現場にとっても安心感をもたらします。
2. 浄水場で利用される通信方式
有線通信(LAN・光回線)
施設内や近隣に通信インフラが整備されている環境では、LANや光回線による有線通信が最も安定した選択肢です。通信が安定しており、大容量のデータを継続的に送ることができ、長期運用に向いています。一方で、新規に回線工事が必要になる場合があるため、既存のネットワーク環境を事前に確認することが重要です。
LTE/4G/5Gモバイル通信
遠隔地の設備や、光回線の引き込みが困難な施設では、モバイル回線(LTE・4G・5G)を活用した通信が有効です。新規の回線工事が不要で、山間部や離島など通信インフラが限られた場所でも利用できるため、配水池・ポンプ場・無人施設といった小規模・分散型の施設への導入に向いています。Webロガー2はSIMカードによるLTE通信に対応しており、電源さえ確保できれば比較的シンプルに接続環境を構築できます。
VPN通信
設備系のシステムではよく利用される通信方式がVPN(Virtual Private Network)です。VPNとは、インターネット上に暗号化された仮想的な専用経路を作る技術です。外部からは見えない安全なトンネルを通じてデータを送ることで、通信内容を保護しながら遠隔接続が可能になります。重要インフラへの接続においては、VPNを組み合わせることでセキュリティの水準を高めることができます。
3. IoTシステムで考えるべきセキュリティ
3-1:重要なのは「誰でも見られないこと」
クラウド監視システムでは、インターネットを通じて画面にアクセスできる環境が生まれます。これは利便性の高まりである一方、適切なアクセス管理を行わなければ、権限のない人物が情報を閲覧できてしまうリスクがあります。
IDとパスワードの管理はもちろん、役割に応じたアクセス権限の設定が重要です。管理者はすべての設備情報を閲覧でき、現場の運転員は担当設備だけを確認でき、保守担当者は保守対象の設備のみにアクセスできる--こうした役割ごとの権限設計が、セキュリティの基本となります。
3-2:通信を暗号化する
現場からクラウドへデータを送る際には、通信の暗号化と認証が欠かせません。暗号化されていない通信は、途中で内容を傍受されるリスクがあります。「データを送る」ことと「安全にデータを送る」ことは、まったく別の話です。
実際にはHTTPS通信やSSL/TLS暗号化などの標準的な技術によって、クラウドへの通信を保護します。Webロガー2とAWSの組み合わせでは、こうした暗号化通信を前提とした設計が可能です。セキュリティ設計は後から追加するものではなく、システム構築の最初から組み込んでおくものという意識が大切です。
4. 通信が切れた場合はどうなるのか?
現場担当者からよく聞かれる質問のひとつが、「通信障害が起きたらどうなるのか」というものです。モバイル回線の障害、インターネット回線のトラブル、クラウドサービスのメンテナンスなど、通信が途絶える状況はゼロにはできません。
IoT監視システムへの影響
基本的には、通信が途絶えると「監視画面でデータを確認できなくなる」という状態になります。ただし、浄水場の制御システムをIoTシステムに依存させていなければ、設備の運転そのものへの影響は最小限に抑えられます。第1章で述べた「制御と監視の分離」が、ここで効いてきます。IoTシステムが止まっても、浄水場は従来通り動き続けられる設計にしておくことが重要です。
設計時に考えておくこと
通信障害時への備えとして、Webロガー側で一定時間分のデータをローカルに一時保存しておき、通信が復旧した後にまとめてクラウドへ送信する機能は有用です。また、通信異常そのものを検知して担当者へ通知する仕組みも、管理上の安心につながります。重要なのは、通信障害をゼロにしようとすることではなく、「障害が起きたときの動きをあらかじめ決めておくこと」です。
5. クラウド利用への不安と考え方
「クラウドは危険ではないか?」
重要インフラの担当者からは、「クラウドへデータを送ることは安全なのか」という疑問を聞くことがあります。確かに、クラウド=インターネットにデータを置くことへの漠然とした不安は理解できます。しかし現在では、金融・医療・製造業など、セキュリティの要求水準が極めて高い分野でもクラウドの活用が広く進んでいます。
重要なのは「クラウドだから安全」「クラウドだから危険」という二項対立ではなく、「どのような設計と運用でクラウドを使うか」という具体的な問いです。適切な暗号化・認証・アクセス管理・監査ログの設定を組み合わせることで、クラウドは十分に安全なデータ管理基盤として機能します。
クラウド利用のメリット
従来の現場サーバーによる管理では、機器の設置・定期的な保守・バックアップの取得・ソフトウェアの更新といった作業が継続的に発生していました。クラウドを利用することで、これらの多くをサービス側に任せることができます。データの管理・バックアップ・システムの拡張が、現場での物理的な作業なしに実現できる点は、人手不足の現場にとって大きなメリットです。
6. 遠隔監視システムの基本構成例
浄水場の監視用途における基本的な構成をまとめると、以下のようになります。
現場設備(水位計・流量計・ポンプ信号)からWebロガー2がデータを取得し、通信回線を通じてAWSへ安全に送信、GrafanaがそのデータをグラフやメーターとしてPCやスマートフォンの管理画面へ表示する--というシンプルな流れです。
設計上のポイントは、現場の制御系とIoT系を分離すること、監視データだけを取得すること、そして必要な権限を持つ人だけがアクセスできる仕組みを整えることの3点です。この基本を守ることで、セキュリティと利便性を両立した遠隔監視システムが実現できます。
7. IoT導入時に事前確認すべき項目
実際にシステムを導入する前に確認しておきたい項目を整理します。
現場側の確認事項としては、設置場所に安定した電源があるか、利用可能な通信環境(有線LAN・モバイル回線)があるか、取得したい信号(4-20mA・接点・PLC通信)が現場に存在するか、既設PLCとの連携が可能かどうかを確認しておく必要があります。
システム設計側の確認事項としては、誰がどの端末で監視画面を見るのか、どのくらいの頻度でデータを確認するのか、異常が発生した場合に誰へどのような方法で通知するのか、将来的に施設を追加する可能性があるかどうかを明確にしておく必要があります。
これらを導入前に整理しておくことで、構築後に「思っていた使い方と違った」という状況を防ぐことができます。
まとめ
浄水場のIoT化において重要なのは、「データをクラウドへ送ること」だけを目的にしないことです。監視と制御を明確に分離し、安全な通信方式を選択し、アクセス管理を適切に設計し、通信障害時の動作を事前に決めておく--これらすべてが、信頼性の高い遠隔監視システムを作るための前提となります。
Webロガー2を活用した遠隔監視では、既存設備から必要な情報を安全な形で取り出してクラウドへ集約することで、現場への移動負担を減らしながら設備管理の水準を高めることができます。
IoTによる遠隔監視とは、「設備をインターネットにつなぐこと」ではありません。安全に必要な情報を届け、現場の担当者がより良い判断をするための仕組みを作ることです。この本質を見失わずに設計を進めることが、導入を成功させる最も確かな道です。
【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】
水道公論 2023年8月号(第59巻第8号)pp.79-90, 信州大学名誉教授 中本信忠
「生物屋の緩速ろ過池研究 その23:『国際緩速ろ過会議』」
テムズ水道が今も緩速ろ過を選び続ける理由
(1) 「おいしい水」を求める世界の潮流
塩素の臭いが残る水道水が敬遠され、世界各地で「おいしい水」を求める声が高まってきました。この流れの中で、薬品を大量に使う急速ろ過ではなく、生物の力だけで水をきれいにする緩速ろ過へ関心が向かうようになったのです。効率だけでなく、安全性と持続可能性を両立できる技術として見直されている点も見逃せません。
(2) テムズ水道が示した緩速ろ過の実力
スペインでの学会に先立ち、ロンドンのテムズ水道を訪ねました。広大なアッシュフォードコモン浄水場やカッパーミルズ浄水場では、貯水池に水を貯めてから緩速ろ過を行う持続可能な省エネ技術が採用されていました。ろ過速度を上げた方が水質が良くなることが分かり、テムズ水道の全浄水場で毎時0.4メートル(1日9.6メートル)というろ過速度が採用されていることも印象的でした。世界有数の水道事業体が、最新の薬品処理ではなく古くからの生物浄化を選び続けている事実そのものが、大きな説得力を持っています。
(3) 国際緩速ろ過会議とアメリカの再評価
薬品に頼らない安全な浄化法として緩速ろ過は世界中で注目を集め、国際緩速ろ過会議は今回で3回目もロンドンで開催されました。同じ頃、アメリカではクリプト原虫による集団下痢事故をきっかけに緩速ろ過が再認識され、アメリカ水道協会も後押しに回りました。次回はぜひ日本で開催をという声も上がり、その場でサインを交わす一幕もありました。
(4) 糸状珪藻メロシラが教えてくれること
緩速ろ過池では、糸状珪藻メロシラだけが盛んに繁殖する様子が観察されています。厳寒期には流入藻類が中心となり、日射量が増える時期になるとメロシラが繁殖するというように、季節や農耕活動の影響を受けながら変化していきます。藻が繁殖してもろ過抵抗が増えないこと、藻類の光合成によってろ過水の溶存酸素濃度が日の出とともに上がり、日没後も高い状態を保つことなど、生物群集が静かに働き続けている証拠が数多く見つかっています。
(5) 粗ろ過という現実的な選択肢
凝集剤を使わない濁り対策として、粗ろ過にも注目が集まっています。既設施設に後付けする工夫や、ブラジル・サンパウロ大学のベルナルド氏による上向流粗ろ過の実験など、各地で研究が進められました。ブラジルは中本自身のルーツでもあり、水路脇で学生と粗ろ過実験を行ったり、JICA研修で技術を伝えたりと、現場に根ざした普及活動が続けられています。都市廃水を水深38センチという浅いろ過池で処理する間浄化の散水ろ床も、その一例です。
(6) 目に見えない生物群集の価値
緩速ろ過で得られる水は「スーパークリーンな水」と呼ばれるほど清らかです。しかし実際に緩速砂ろ過池を訪れた人の多くは、その水の清らかさを支えているのが目に見えない生物群集の働きだとは、なかなかイメージできません。国際会議や各国の現場を巡って見えてきたのは、薬品ではなく生物の力を信頼することの意義そのものであり、それは日本の小規模水道にも通じる普遍的な視点だといえます。
【3. Q&A 現場の悩み相談】
集落には鹿や猪、サルなどが普通にいますが、この浄水設備を導入しても大丈夫ですか?
直接、設備が壊されるなどがなければ、害獣の糞尿が川の水に交じり、大腸菌が心配なども問題なく処理して、湧き水のようにきらきらした水を作ることができます。
【4. 編集後記】
つい先日、夏に突入したかと思いきや、もう立秋を迎え今年の夏も後半戦に差し掛かっています。
なんとなく日中の暑さというか、日差しの強さが弱まってきているようにも感じます。
ところで夏といえば、「鰻やそうめん」が、私の中で夏の代表的な食べ物というイメージなのですが、「そうめん」ほどきれいな水でさっとゆがいて食べたいものはないなと思っています。
でも以前、JICAの仕事でスーダンに出張していたとき、プロジェクトチームの団長が「そうめん」をふるまってくれるからと、他の団員5,6人で団長の部屋を尋ねたら、「そうめん」がスーダンの水道で茹でられてて、そうめんが薄茶色になっていたときは絶句しました。
やっぱり水って大事だなと痛感した思い出です。