今週は、消防用水について解説いたします。
少人数用の水道であっても、その地域の水道用の水については検討する必要があります。とはいえ、消防用の水を浄水場の造水量に算入すると、浄水場、配水池、配水管のサイズが驚くほど上がってしまいます。
ではどうするかといえば、小規模な水道については、防火水槽で対応します。防火水槽はその地域に必要な場所に設置する火災の時のための水をためておく水槽です。水槽にためる水は浄水場の配水に余裕があるときに、補充する場合もあれば、近隣の河川などから必要になった時に補充することもあります。
水道から補給する場合では、ボールタップ式の自動補水式のものもあれば、バルブ操作で地元の人が任意のタイミングで補水するものもあります。 どのようなタイプが必要かどうかは、地域との協議次第になりますが、防火水槽に水道を接続しないほうが建設費は当然安くなり、地元の負担金も抑えることができます。
一般的に我々が目にする街中の消火栓は、水道直結式です。消火用の水を浄水場での計画造水量に含めることは一般的にはしませんが、接続する配管径の算定では考慮する必要があります。
【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】
水道公論 2022年11月号(第58巻第11号)pp.71-79, 信州大学名誉教授 中本信忠 「生物屋の緩速ろ過池研究 その14 藻の繁殖は栄養塩濃度より水深、気圧が大きく影響していた」
緩速ろ過の"藻"についての再考察
水道業界では長年、緩速ろ過池での藻の繁殖を「問題」として捉えてきました。高崎市若田浄水場が建設された当時も、「藻は悪いもの」という前提のもとで設計が行われ、日射がろ過池の底まで届かないよう水深を深くする工夫がされていました。しかし、緩速ろ過を「生物群集の活躍によって水を浄化するシステム」として捉え直すと、設計の思想は根本から変わってきます。信州大学名誉教授・中本信忠先生が上田市の浄水場で行ってきた長年の研究から、「藻の繁殖に関する意外な真実」が明らかになりました。
(1) 「栄養塩」より「水深と気圧」が藻の繁殖を左右する
上田市には石舟と染屋という2つの浄水場があります。海抜700mに位置する石舟浄水場では、ろ過池での藻の浮上が特に著しく見られます。砂層表面の藻が光合成で生産した酸素が水に溶けきれず、気泡となって浮き上がるためです。水深が浅いほど水圧が小さく、さらに標高が高いほど気圧が低いため、気泡は生じやすくなります。
従来の設計指針では、「藻の繁殖は栄養塩(窒素・リン)の濃度によって決まる」という考え方が主流でした。しかし上田市での実際の観察からは、水深と海抜高度(気圧)の方が藻の繁殖に大きく影響しているという事実が浮かび上がってきました。日本の水道設計指針を書いてきたのは主に平野部に住む専門家です。山国である日本における高地の実情--標高の高さに応じて気圧が下がり、溶存酸素の飽和度が変わる--という視点が、これまで設計指針に十分反映されてこなかったのです。
(2) 「厳冬期も藻は生き続ける」--大正12年から続くろ過池の観察
冬期に水面が凍結する染屋浄水場でも、氷の下では糸状藻類が密かに繁殖を続けていることが確認されました。ろ過池の斜面の浅い部分では、厳寒期でも藻が盛んに繁殖しています。また、河川においても水面が凍結した状態でも水中では糸状藻類が活動し続けることが観察されました。藻は冬季に死滅するのではなく、環境に適応しながら活動し続けているのです。
注目すべきは、大正12年(1923年)に建設されたろ過池の壁面です。当時の設計では壁が斜めになっており、現代の垂直な壁と比べて藻が繁殖しやすい構造でした。耐震性にも優れているこの斜め壁は、奇しくも「生物浄化」の観点からも理にかなった設計だったのです。100年前の設計が現代の知見を先取りしていたという逆説的な発見でもあります。
(3) 「藻は正義の味方」--現場が変わりはじめた
こうした研究成果を受けて、高崎市は「藻は正義の味方」という看板をろ過池に設置しました。上田市の染屋浄水場でも「微小生物の活躍が大切」という見学者向けの看板が作られています。水道の教科書的な「常識」が、長年の地道な現場観察によって覆されていく--その象徴的な出来事です。
日本は山がちな地形の国です。水道は標高差のある全土に広がるインフラであるにもかかわらず、平野部の論理だけで設計指針が作られてきたとすれば、山間地の現場では適切な維持管理が難しくなります。「海抜高度によって溶存酸素の飽和度が変わる」というシンプルな事実が見落とされてきたことへの問い直しは、中本先生の研究が地域水道の維持管理に欠かせない「現場の知恵」であることを改めて示しています。
【3. 災害下の水について】
【前編】巨大災害で大都市のトイレはなぜ「多重破綻」するのか?下水システムが抱える二重の依存構造と「発生量」の絶望【3部作】
導入:地方の被災とは「次元が違う」構造的破綻
首都直下地震、南海トラフ地震。これらの巨大災害において、最も深刻でありながら、防災計画の議論で直視されることが少ない問題があります。「トイレ」、すなわち排泄物処理の問題です。
東日本大震災や能登半島地震でも、避難所のトイレ環境の悲惨さは繰り返し報告されました。しかし、東京・横浜・大阪といった超巨大都市圏でこれが起きた場合、地方の被災とは根本的に次元の違う事態が発生します。問題は規模だけではありません。都市特有の「構造」が、複数の破綻を同時多発的に引き起こします。
前編では、下水システムが抱える二重の依存構造と、大都市特有の「発生量」という問題を解剖します。「入口(便器)」の話だけで終わりがちな防災議論を、システム全体の視点から問い直すことが、本記事の目的です。
見出し1:下水システムは「管」と「処理場」で別物--大都市にのしかかる二重の依存構造
大前提:水道と違い、下水は「流した先」が死ねばすべてが逆流する
上水道は、浄水場から各家庭へ水を「送る」システムです。一方、下水道は家庭から処理場へ汚水を「受け取る」システムです。この非対称性が、災害時に決定的な差を生みます。
上水道は、配水池の貯留水があれば一定時間は供給を継続できます。しかし下水道は、「流す先」が機能を失った瞬間に、システム全体が逆流・滞留という形で崩壊します。タンクに水をためて待つという選択肢が、下水にはありません。
大都市の下水システムは、「管路ネットワーク」と「終末処理場」という二つの全く異なるインフラが直列に繋がって初めて機能します。どちらか一方が被災するだけで、全体が止まります。そして大都市では、この二つが同時に、かつ別々の原因で被災するリスクがあります。
(1) 下水管(インフラネットワーク側)の被災シナリオ
大都市の地下には、数千kmにわたる下水管路が張り巡らされています。巨大地震が発生した場合、これらの管路は以下のメカニズムで機能を失います。
- 管路の破断: 強い地震動によって管路そのものが割れ、接合部が外れる。破断箇所から土砂が流入し、閉塞が起きる
- 液状化による変形: 沖積低地や埋立地では液状化によって管路が沈下・傾斜し、重力流下を前提とした下水の「流れる方向」が失われる
- 土砂崩壊による埋没: 斜面地や盛土地盤では、崩壊した土砂が管路を外部から圧壊・閉塞させる
こうした状況では、家庭で水を流した汚水は下水管の中を流れることができません。詰まった管路を逆流し、道路の点検孔(マンホール)から噴出したり、集合住宅の低層階・地下へ逆流したりします。下水管が機能を失った地域では、「トイレに水を流す」という行為そのものが、周囲への汚染を広げる行為に変わります。
(2) 下水処理場(終末処理側)の被災シナリオ
下水管が無事だったとしても、終末処理場が止まれば汚水の行き場はなくなります。大都市の下水処理場が被災するシナリオは、主に以下の3つです。
- 電力喪失(ブラックアウト): 下水処理場は大量の電力を消費します。曝気(ばっき)ブロワー、ポンプ、脱水機--これらはすべて電動設備です。広域停電が発生した瞬間、処理場の機能は停止します
- 津波・洪水による浸水: 多くの下水処理場は河川沿いや臨海部の低地に立地しています。津波や河川氾濫が発生した場合、電気・機械設備が浸水し、復旧に数週間から数か月を要します
- 生物処理機能の崩壊: 下水処理の中核を担うのは、曝気槽の中で有機物を分解する微生物群です。電力喪失や薬品の途絶により曝気が停止すると、微生物は数日以内に死滅します。微生物の再培養には数週間以上を要するため、処理場は物理的に復旧しても生物処理能力の回復までに長期間を要します
処理場が停止した状態では、たとえ下水管が無事であっても、汚水を受け入れるキャパシティはゼロです。管路が生きていても、行き先がなければ汚水は溜まるだけです。
大都市特有の「発生量」という絶望的な現実
ここに、地方の被災とは根本的に異なる要素が加わります。「発生量」の問題です。
人間は、インフラが壊れても排泄を止めることができません。首都直下地震の場合、東京都内だけで約1,400万人が被災する想定があります。在宅避難者を含めたこの規模の人口が、毎日「平常時と変わらない量」の排泄を続けます。一人あたりの1日の排泄量(尿・便)は約1$301C1.5リットル程度とされており、1,000万人規模では毎日1万$301C1.5万トンの排泄物が発生し続ける計算になります。
地方の被災地であれば、広域からの支援物資・仮設設備・汲み取り車両が集中投入できます。しかし大都市圏では、支援を「受け取る側」の規模が支援を「送り出せる側」の能力を遥かに超えます。自己完結できない巨大な需要が、すべてのシステムを同時に飽和させる--これが大都市特有の構造問題です。
見出し2:仮設トイレは「入口」にすぎない--すぐに満杯になる便器の限界
多くの人が陥る誤解
防災計画の議論では、「仮設トイレの備蓄数を増やす」という方向性が繰り返し語られます。しかしこの議論は、問題の「入口」だけを見ている点で根本的に不十分です。
仮設トイレは「便器」です。溜まった汚物を回収・輸送・処理する「出口」のシステムが機能しなければ、便器がいくら増えても問題は解決しません。むしろ、使用不能な便器が避難所に並ぶという、より悲惨な状況を生み出します。
仮設トイレ設置直後から始まる破綻のステップ
仮設トイレが設置されたとしても、以下のステップで急速に限界を迎えます。
- 供給数の絶対的不足: 全国に分散備蓄されている仮設トイレの総数は、首都直下地震で被災する人口規模に対して、圧倒的に足りません。行政の備蓄計画と実需の間には、桁が一つ違うレベルの乖離があります
- 輸送の遅延: 仮設トイレは全国各地の備蓄拠点から輸送されます。しかし巨大災害直後は、道路の崩壊・陥没、倒壊建物によるがれき、そして数十万台規模の車両による大渋滞が発生します。輸送そのものが数日から1週間以上遅れることは、過去の被災事例が示しています
- 汚物槽の急速な満杯: 無事に設置できたとしても、仮設トイレはすべて「汲み取り前提」の構造です。数千万人規模の人口が排泄を続ければ、汚物槽は設置後数日以内に満杯になります。汲み取り車両が来なければ、あとは使用不能になるだけです
- 「便器はある、でも誰も使えない」という現実: 汚物槽が満杯の仮設トイレは、衛生的に使用できません。避難所に並んだ便器が、逆に衛生環境悪化の発生源になるという、皮肉な事態が起きます
【4. Q&A 現場の悩み相談】
万が一、処理水の残留塩素濃度が基準値を下回った場合、そのまま配水されてしまいますか?
いいえ。配水池の出口側に「水質監視装置」と「自動緊急遮断弁」を設置しています。残留塩素が2mg/L以上や、0.08mg/L以下など(設定は自由に変更可能)の異常を検知すると、10秒継続で弁が自動閉止します。
【5. 編集後記】
今回で早くも15回目のマガジン出版となりました。これまでお読みくださっている皆様、どうもありがとうございます。そろそろ過去記事を誰もが読めるように手配したいと思いますが、技術士試験が終わるまではお待ちいただけたら幸いです。
今週から3週間にわたり、大規模災害時の大都市の下水に関する内容をそこそこのボリュームで特集することにしました。少々文量が多いので、水道の話は3週にわたりあっさり目にしています。
さて、技術士試験まであと1か月ほどとなりました。回答を頑張って作った後、その後勉強できないままとなっています。そろそろ本腰を入れてと思っていたら、仕事が重なるという、ありありの展開のなっています。何とか乗り切りたいと思います。