株式会社水未来研究所

100億人に届け命の水|小規模水道・実務ノウハウ通信 #05

【1. 今週の実務ノウハウ】

水道管の「16.3万km」は本当にすべて更新すべきか?

──耐用年数という呪縛から解き放たれ、インフラの「幕引き」を考える

1. 機械的に算出される「老朽化」の正体

令和3年度時点で、法定耐用年数(40年)を超えた水道管の総延長は16.3万kmに達する。
この数字は、報道でも行政資料でも繰り返し引用され、「老朽化したインフラの象徴」として語られる。ここでこの16.3万kmという数字が示す意味をいったん立ち止まって考えてみたい
老朽配管とは、布設後40年経過した管の距離を計算したものである。
現場の配管が実際にどの程度劣化しているかは、この数字からはわからない。40年という耐用年数はあくまで会計上の基準であり、配管の実際の寿命とは別の話だ。素材や埋設環境によっては、40年を超えても十分に機能し続けている管は少なくない。逆に、年数が浅くても想定以上に劣化が進んでいる管もある。

そしてもう一つ、この議論から完全に置き去りにされている重要な問いがある。
これらの配管は、すべて更新が必要なのか。

老朽化しているかどうかより先に、どの管に更新の必要があり、どの管は実は更新が必要なかったりするのかを、きちんと考えなければ、更新をどう進めるかという議論は土台から誤ることになる。

2. その配管の先に、「未来」はありますか?

40年前、その配管が布設された時代と、今の日本の置かれた状況は違う。
高度経済成長の余韻が残り、人口は増え続け、新興住宅地が次々と開発されていた時代に設計されたインフラが、今も同じ前提で「更新すべきもの」として扱われている。しかし現実はどうか。

その配管の先にある集落は、今どうなっているか。空き家が増え、学校が廃校になり、商店が姿を消した地域は全国に確実に存在する。工業団地が撤退し、かつての需要が消えたエリアも珍しくない。
誰もいない場所、あるいは急速に人が減り続けている場所に繋がる配管を、多額の税金を投じて40年に一度更新し続ける。その意義を、誰が、いつ、問い直したか。
耐用年数という数字は、将来の人口や現状を織り込まない。地域の衰退を反映しない。ただ機械的に、「40年経ったから更新」という結論を導き出す。機械的な集計作業に基づく計画を続ける限り、水道経営の本質的な問題は解決しない。

3. 配管更新をしない「戦略的撤退」という選択

では、更新しないという選択肢はあるのか。
ある。そしてそれは、根拠のある経営判断だ。
中山間地や沿岸部など、長距離の管路を維持するコストが、そこから得られる料金収入では到底回収できないというエリアが存在する。こうした地域に対して、基幹管路からの「切り離し」を積極的に進めることが、今後の自治体水道経営を救う現実的な手段になりうる。
切り離した後、その集落の水をどうするか。長い管路を更新するのではなく、その集落の規模と実情に合った小規模な水道に移行するという考え方だ。都市水道からの給水一択をやめ、地域の状況に合った水の確保の仕組みへと切り出していく。
むろん、理想論ではなく、管路を維持し続けることのコストと、切り離した後の対応コストを冷静に比較したとき、後者が合理的になるケースは確実に存在するし、そのようなケースは今後増えていく。「戦略的撤退」という言葉を、水道の世界でも使える時代が来ている。

4. 真に更新すべき「1km」を見極める

すべての配管を是々非々で判断する。それが今、水道に関わる技術者と経営者に求められている姿勢だ。
判断の軸は三つある。延命して使い続けるべきか。更新すべきか。あるいは廃止・切り離しすべきか。
この三択を、物理的な劣化状況だけでなく、その配管の先にある地域の将来像と重ね合わせて判断する。20年後も人が住み続けるエリアなのか。人口が半減するエリアなのか。すでに維持が限界に近い集落なのか。その文脈なしに、更新か廃止かは決められない。
ここで問いたいのは、技術者の倫理だ。
すべての管を直し、すべてのインフラを維持し続けることが「正義」ではない。後世の住民が背負いきれない負担を積み上げることは、ある意味無責任だともいえる。地域状況に合わせて「どこを残すか」と同時に、「どこを手放すか」を決めることは、水道設計者に求められている

16.3万kmという数字に圧倒されるのではなく、その一本一本を地域の文脈で問い直すこと。水未来研究所は、そのような「地域状況に即した最適な設計」という視点を、これからも提言し続けていく。

次回号では、この更新不要となる配管にどのような種類があるのか、分類しつつ解説したいと思います。


【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】

今回の要約記事について:「生物屋の緩速ろ過池研究 その4 ビールが守った生物浄化」
水道公論 2022年1月号(第57巻第13号)pp.70-80, 信州大学名誉教授 中本信忠

水道の哲学:蛇口から注ぐ「生命」の物語

ビールが守った生物浄化 --「藻は正義の味方」、緩速ろ過池の常識を覆した現場の記録

「生物処理なのに、何で殺藻剤をろ過池に入れるのか」--中本先生はそう驚きながら、全国各地の緩速ろ過池を訪問し続けました。ある時、群馬県高崎市の若田浄水場と剣崎浄水場という、対照的な二つの施設に出会います。そこで見えてきたのは、「藻は邪魔なもの」という長年の常識を根底から覆す現実でした。

■ 緩速ろ過池の生物群集は、土壌と同じ仕組みで動く

若田浄水場では、高崎市の主任技師・長谷川宏さんが砂層上部で活躍する藻類や微小動物による生物群集の浄化の仕組みを、研究者として丁寧に解説してくれました。緩速ろ過池での生物群集の活躍は、自然界の草原や森林における土壌の働きと本質的に同じです。餌がくる表面近くで生物群集が活躍し、砂層の上部だけが浄化の舞台となる--このシンプルな原則が、実は水処理の核心でした。
そして研究を通じてわかったのが「水深は浅い方が良い」という知見です。水深が浅いほど光が砂面に届きやすく、藻類の光合成が活発になります。水圧も生物にとって適度になり、剥離した藻が越流管から自動的に排出される仕組みも機能しやすくなる。浅いろ過池ほど生物活性が高く、水質も安定していたのです。

■ キリンビールが守っていた、生物浄化の知恵

剣崎浄水場は明治43年(1910年)完成の、全国で20番目に建設されたろ過池です。なぜこの古い浄水場の生物群集が良好に保たれていたのか--その背景に、意外な存在がありました。
関東地方に新しい醸造工場を建設するため、各地の水質を調べていたキリンビール。高崎市の剣崎浄水場の水質を高く評価し、ここに醸造工場を建設することを決めました。おいしいビールをつくるには、おいしい水が不可欠です。その水源を守るために、浄水場の水質が維持され続けた--キリンビールが、結果として生物浄化の環境を守っていたのです。ビールの醸造が、緩速ろ過池の生物群集を「守り続けた」という、誰も予期しなかった縁でした。

■ 凝集剤を止めたら、水はスーパークリーンになった

キリンビール工場建設後に増設された若田浄水場では台風が来るたびに河川水が濁り、凝集剤の添加が必要とされていました。しかし、新しい場長が赴任してきたとき、思い切った決断が下されます--凝集剤添加を中止してみたのです。
結果は驚くべきものでした。凝集剤なしでも、砂粒の表面への吸着と生物群集の活躍によって水は浄化され、濁度はスーパークリーンの水準に達しました。豪雨時の河川の濁りも、大部分は沈殿池で沈み込み、残った細かな粒子は生物群集が反応して除いていた。薬品も、複雑な機械も、余分なエネルギーも必要なかったのです。
高崎市の看板には「藻は正義の味方--砂層表面にある藻は濁りを捕捉し、浄化に役立つ正義の味方です。また水面に浮いている藻は、光合成の働きにより砂層表面より剥離浮上し、ろ過池の働きを活発化させます」と書かれていました。水道行政の現場がついに、藻を「敵」ではなく「味方」として公式に認めたのです。

■ 生物浄化法を理解すれば、おいしい水道水ができる

今回の現地調査で中本先生が強く実感したのは、「水深をできるだけ浅くすることが良さそうだ」という知見でした。水深が浅くなるほど藻が浮き上がりやすく、生物群集の活性が高まり、ろ過水の濁度は長期にわたって安定する--若田浄水場での令和元年11月の砂層調査がその証拠を示しました。
緩速ろ過は「生物浄化法(Ecological Purification System)」です。砂層上部のわずか数センチの中で、藻類・細菌・微小動物が食物連鎖を形成し、薬品なしで水をきれいにしています。高崎市はキリンビール工場の誘致を通じて、その力を長年守り続けてきた。生物浄化法を正しく理解し活かすことができれば、蛇口からそのままおいしく飲める水道水は、特別な技術がなくても実現できるのです。
こちらでは、中本名誉教授が月刊誌「水道公論」に2021年9月号から投稿されている記事を要約し掲載しています。


【3. 災害下の水について】

【完全保存版】大災害、その時どこで水を確保するか。行政の給水が尽きた後の「6つの水源」と生存戦略

「災害への備え」と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは「一人1日3Lの飲料水備蓄」でしょう。しかし、水道のプロとして断言します。それだけでは、大災害下の生活は数日で行き詰まります。

厚生労働省が示す、災害時でも「最低限の文化的生活」を送るために必要な水の量は、一人1日20L。4人家族なら毎日80Lという膨大な量です。これは飲料用だけでなく、洗濯、入浴(体を拭く)、トイレ、掃除といった「生活用水」を含んだ数字です。

都心部で水道が完全にストップし、復旧の目処が立たない状況で、私たちはどこからこの「20L」を確保すればよいのか。今回は、現実的な水源の優先順位と、その活用術を徹底解説します。

1. 最初の1週間:行政の「災害時給水ステーション」を使い倒す

東京都民であれば、まず頼るべきは都が整備している「災害時給水ステーション(給水拠点)」です。概ね半径2km圏内に1箇所は設置されています。

東京都水道局:災害時給水ステーション(地図)
https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/kurashi/shinsai/map

まずは平常時に、自宅や勤務先から最も近い拠点を特定しておいてください。しかし、ここで知っておかなければならない「不都合な真実」があります。

【警告】行政の備蓄水は2~3日で底を突く
私の試算では、近隣住民が全員「1日20L」を求めてステーションに押し寄せた場合、ほとんどの拠点は2~3日で空になります。
全員が水を汲みに行くことは考えられないので、控えめに見積もったとして、1週間から10日間が限界でしょう。行政の給水は「永続的な魔法の蛇口」ではありません。その先を見越した「次の一手」が必要です。

2. 水質の良い順に狙う「6つの代替水源」

ステーションが枯渇した後、あるいは大混雑で並ぶのも困難な時、私たちは自力で別の水源を探さなければなりません。

(1) 【推奨度:高】雨水(あまみず)
最も手近で、かつ水質が良好なのが雨水です。
* メリット: 水質が良い、運搬距離が最小限、条件が合えば大量確保が可能。
* 活用術: 降り始めの5分間には大気中の汚れが含まれるため、これを捨てた後の「中盤以降の雨」を狙います。
* 備え: 持ち家の方は、雨どいに設置する「雨水取出し継手」を導入しておくと、効率が劇的に変わります。雨水取出し継手(Amazon)

(2) 【推奨度:中】プールの水
小中学校、公共施設、民間のスポーツクラブなどのプールは巨大な貯水槽です。
* メリット: 夏場であれば塩素管理されており、水質は非常に良好。
* 注意点: どの施設もそうですが、特に民間施設の場合は、管理者の指示に従いながら利用させていただきましょう。

(3) 地下水(災害用井戸)
自治体のハザードマップには「災害時協力井戸」が掲載されていることがあります。
* 現実: 実際に行ってみると撤去されていたり、手動ポンプが故障しているケースも少なくありません。「あればラッキー」程度に考え、過度な期待は禁物です。

(4) 川や池
都心部の河川は水質に不安がありますが、水量は安定しています。
* 活用術: 後述する「静置」と「ハイター消毒」を組み合わせれば、洗濯や掃除には十分活用可能です。

(5) クーラーのドレン水
夏場で電気が使用可能な条件なら、クーラーのドレン水をためて使用することができます。 水量は1日10L強程度ですが、運搬の必要がなく、仕組みさえ作ってしまえば労力をかけずに貯めることができます。ただし、夏場以外はこの手段は使えません。

(6)防火水槽・防災水槽
* 現実: 貯水量が住民数に対して圧倒的に少なく、解放のタイミングも管理者に依存します。また、長期間滞留している水のため、消毒は必須です。

3. プロが教える「最低限の水処理」と「消毒」の技術

泥濁りした川の水や、長期間放置された水槽の水。これらを安全に使うための2つの技術をお伝えします。

ステップ1:濁りを取る「24時間静置法」
バケツに汲んできた濁った水は、そのまま放置してください。1日(12~24時間程度)置けば、重力によって濁りの原因物質は概ね底に沈殿します。この「上澄水(うわずみすい)」だけを掬い取って利用します。

ステップ2:菌を殺す「ハイター消毒」
大量の水を煮沸するのは、燃料(ガスやカセットボンベ)の無駄です。そこで役立つのが、市販の塩素系漂白剤です。
* 推奨:洗濯用ハイター(界面活性剤が入っていないため、水処理に適しています)
* 代用:キッチンハイター
* 用法:水5Lに対して、ハイターを「1滴」垂らすだけ。
これだけで、一般細菌や大腸菌を消毒し、安全性を格段に高めることができます。スポイトをハイターと共に保管しておきましょう。

4. 【要注意】期待してはいけない「給水車」

災害ニュースでよく見る「給水車」ですが、一般住宅地に来ることは期待しないでください。
給水車は数が非常に限られており、その優先順位は「1. 病院などの重要施設」「2. 大規模避難所」と決まっています。住宅街を巡回してくれることはまずなく、あってもかなり状況が落ち着いてからと思った方が良いでしょう。

5. 最後に必要なのは「運ぶ力」

どれほど水源を見つけても、必要な水量の水を自宅まで運べなければ意味がありません。それには道具が必要となります。
* 最低限折り畳み式タンク(Amazon)
* 推奨背負い式タンク(Amazon)
両手が空く「背負うタイプ」は、足場の悪い災害地において、疲労軽減と安全確保の両面で圧倒的に有利です。

6. まとめ:生き残るための「水源マップ」を今すぐ作る

大都市圏での被災は、支援が届くまで時間がかかります。

「行政がなんとかしてくれる」という思考を捨て、自ら水を確保する術を身につけること。それが、あなたと家族の命を守る唯一の道です。


【4. Q&A 現場の悩み相談】

Q. 小規模水道の導入後にトラブルが起きた場合、サポートはありますか?

A.
はい。電話やメールなどの遠隔での相談はもちろん、必要に応じて現地緊急対応(有償)も可能です。また、定期点検契約(年1回)や、運転改善のアドバイスも行っています。


【5. 編集後記】

先日、第一回「”水”飲み会」を告知通り開催しました。なんとなく予想していましたが、第一回は私一人での開催でした笑。次回はひとりを避けるため身近な知り合いも誘いつつ、開催します。

次回予定は5月1日(金)の17時からです。新宿の「立呑み龍馬 新宿店」で開催します。入り口から全体が見渡せるようなこじんまりとした立ち飲みのお店です。「日本の米」という緑色の小さな本をテーブルに出しておきますので、見つけたらお声掛けください。

水道のことでも、水処理のことでも、気軽に交流できる場にできたらと思います。最低1時間はお店にいます。途中参加、途中退場OKで、1杯だけ飲みに来るとか、飲めないけど挨拶だけとかでも大丈夫です。