2026年4月1日、水質基準は52項目へ。PFAS(PFOS・PFOA)追加の背景と、現場に求められる「現実的な処方箋」
1. 水道水質基準のアップデート──51から「52」への歴史等転換
本日2026年4月1日、水道法に基づく水質基準が改正され、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)およびPFOA(ペルフルオロオクタン酸)が正式に水質基準項目として追加されました。これにより、水質基準項目数は51から52へと更新されます。
基準値は、PFOSとPFOAの合計値として0.00005mg/L(50ng/L)。ナノグラム(10億分の1グラム)レベルという極めて微量で厳格な数値が法的拘束力を持つことになります。
この基準追加の背景には、全国各地でのPFASの汚染実態の発覚があります。河川・地下水・水道水源における検出報告が相次ぎ、水道事業体と住民の双方に大きな不安をもたらしてきました。
これまでPFOSとPFOAは、水質管理目標設定項目として「努力目標」の位置づけにとどまっていました。それが今回、法的な「義務」へと格上げされたことは、日本の水道行政における歴史的な転換点として記録されるべき出来事です。
2. PFAS(有機フッ素化合物)の正体とその「厄介さ」
PFASとは、炭素とフッ素の結合による有機フッ素化合物の総称で、その種類は数千にのぼります。
PFOSとPFOAは、その中でも特に毒性と残留性が問題視されてきた代表的な物質です。
この物質が「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」と呼ばれる理由は、化学的な安定性の高さにあります。
炭素-フッ素結合は非常に強固で、自然界の微生物では分解できません。土壌や地下水に一度浸透すると、何十年も残留し続けます。
人体への健康影響は、急性毒性のように即座に症状として現れるわけではありません。しかし長期的な摂取によって体内に蓄積し、一部の研究では腎臓がんや精巣がんとの関連、免疫系への悪影響、発育・生殖への影響が示唆されています。「今すぐ何かが起きるわけではないが、長く飲み続けることへの懸念」という性質が、対応を難しくしてきた側面があります。
主な汚染源としては、撥水加工・防汚加工製品の製造、金属メッキ工場、化学品製造工場からの排水、空港や米軍基地・自衛隊施設で使用されてきた泡消火剤、埋立地からの浸出水などとされています。
今回の基準強化と同時に排出源への規制もすでに進みはじめているものの、すでに地下水や土壌に蓄積された過去の汚染は、短期間では解消されません。長期にわたる継続的なモニタリングと対応が求められます。
3. 万が一「検出」された際の技術的対策
水道において基準を超える濃度が検出された場合、または検出リスクが高い水源を持つ事業体が取り得る対策を整理します。
恒久的な対策:装置導入
- 粒状活性炭(GAC)は、現時点でPFAS除去において最も実績の多い手法です。大きな比表面積を持つ活性炭にPFAS分子を吸着させることで除去します。既存の急速ろ過施設への組み込みも可能で、比較的導入しやすい選択肢です。ただし、吸着容量には限界があり、従来のGAC利用のように定期的な炭の交換または再生が必要になります。
- イオン交換樹脂は、特定のPFAS種に対して高い除去効率を発揮することがあり、条件によってはGACよりも有効な場合があります。ただし、原水に他の有機物が多く含まれる場合、それらが樹脂に先に吸着してPFASの除去効率が落ちるという問題が生じます。
どちらの手法が最適かは、原水水質の組成(他の有機物の種類と濃度、pH、水温など)によって大きく変わります。装置導入を決定する前に、パイロット試験による事前検証が必須です。「とりあえず活性炭を入れれば大丈夫」という発想で進めると、効果が得られないまま多額の費用を投じる結果になりかねません。
即時・緊急の対策
- 水源の切り替え:複数の取水源や配水系統を持つ事業体であれば、汚染のない系統にシフトすることが最も迅速な対応です。
- 粉状活性炭(PAC)の投入:既存の凝集沈澱設備を持つ浄水場で即時対応が可能な手法です。ただし、PFAS濃度が基準値に近い低濃度の場合、吸着効率が悪く、必要な投入量が多くなりコストパフォーマンスに課題があります。
- 可搬式設備の活用:移動式の膜ろ過ユニットや活性炭処理ユニットを外部から調達して暫定対応することで、装置導入の意思決定と工事期間の間をつなぐことができます。
4. 分析の壁──ナノレベルの監視体制
今回の基準値である50ng/Lという数字は、水道分析の現場において決して「普通に測れる」濃度ではありません。
PFOSおよびPFOAの公定分析法は、LC-MS/MS(液体クロマトグラフ-タンデム質量分析法)による超微量分析です。高度な分析機器と熟練した技術者が必要で、一般の自治体水道担当部署が自前で対応することはほぼ不可能です。
実務的な対応として、登録水質検査機関との連携が不可欠ですが、分析のリードタイム(数日から2週間程度)を考慮した監視計画の策定が必要です。
5. 現場の「水面下の動き」と今後の予測
大規模・中規模の水道事業体の多くは、今年の3月までに予備調査を終え、暫定/恒久対策が完了しているものと推測します。
一方で、最も対応が遅れるリスクがあるのは小規模水道です。分析費用や装置導入予算が限られ、技術的担当者も不在な中、法的義務だけが課せられている実態があります。国・都道府県レベルでの支援スキームを含めた対応が必要だろうと感じています。
6. 「安全」を「安心」に変えるために
水質基準への項目追加によりPFASの管理が始まったいま、基準値以下を維持し住民にどう説明するかというプロセスを確立することが共同の責任です。水未来研究所では、分析から導入支援、住民説明までトータルでサポート可能です。
【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】
こちらでは、中本名誉教授が月刊誌「水道公論」に2021年9月号から投稿されている記事を要約し掲載しています。
今回の要約記事について
水道公論 2021年12月号(第57巻第12号)pp.78-86, 「生物屋の緩速ろ過池研究 その3 「生でおいしい水道水」を飲める日本」, 信州大学名誉教授 中本信忠
水道の哲学:蛇口から注ぐ「生命」の物語
蛇口からそのまま飲める国で、なぜペットボトルを買うのか
──生物浄化法が取り戻す、日本の水の誇り 「クリスタリン・ウォーター(水晶のように透明な水)」--ブラジルの研究者マリアは、長野県松本市を流れる川を初めて見てそう口にしました。ブラジルでは大陸を流れる河川の多くが茶色く濁り、蛇口の水を生で飲む習慣はありません。彼女が驚いたのは川の透明さだけではありませんでした。スーパーに大量のペットボトルが並び、蛇口から飲める水道水があるのにわざわざお金を出して水を買う--その光景に、彼女は首をかしげたのです。日本人が当たり前だと思っているこの水の価値を、私たちは本当に理解しているでしょうか。
■ 明治の技師たちが築いた「英国式緩速ろ過」の礎
日本の近代水道は、明治20年(1887年)に英国式緩速ろ過によって横浜に初めて整備されました。中島鋭治博士ら近代水道の父たちが、英国人技師パーマーの指導を受けながら全国の都市に浄水場を設計していきました。大正12年(1923年)には長野県上田市染屋浄水場が稼働を開始--そのろ過池は今なお現役で稼働しています。100年以上前の設計が修繕を重ねながら機能し続けているという事実は、生物浄化という技術の本質的な堅牢さを物語っています。
当時、戦前の日本では大都市を除くほぼすべての水道が緩速ろ過で処理されており、塩素殺菌が必要だったのは大都会だけでした。砂層上部の生物群集が水をきれいにしていたからこそ、薬品なしで安全な水が届いていたのです。
■ GHQの指令が変えた水の「味」
戦後、占領軍(GHQ)の指令により、日本全国の水道に徹底した塩素消毒が義務付けられました。伝染病の防止という目的は正当でしたが、それはアメリカ式の急速ろ過と塩素殺菌という組み合わせを「最新技術」として全国に普及させる転換点でもありました。
塩素は安全の「印」として定着しましたが、代償もありました。金魚が死ぬほどの塩素濃度、水道水の臭いや苦み--そして1970年代以降には、塩素が水中の有機物と結びついてトリハロメタン(発がん性が懸念される物質)を生成するリスクが指摘され始めます。安全のための塩素が、新たな健康リスクの火種になり得るという矛盾が浮かび上がったのです。
■ 「藻は邪魔なもの」という誤解
急速ろ過が主流となる中で、ろ過池で藻類が繁殖することは一貫して「障害」として扱われてきました。硫酸銅による殺藻処理が各地の浄水場で施され、生物の活動が抑えられていたのです。
しかし、中本先生の研究が明らかにしたのは正反対の事実でした。殺藻処理を行っていた大阪・柴島浄水場や東京・境浄水場では、生物が活躍できず汚れが砂層の深くまで入り込んでいました。一方、生物群集が豊かに育っていた上田市染屋浄水場では、汚れは砂層上部だけにとどまり、ろ過水の質は格段に高い水準を保っていました。藻類被膜と微小動物による食物連鎖が正常に機能しているろ過池ほど、薬品に頼らずに水をきれいにできる--「藻は邪魔なもの」という先入観こそが、水質を損なっていたのです。
■ 長野の水道水は「特級水」
長野県の水道水の処理別割合を示すデータは驚愕的です。給水人口5,001人以上の上水道のうち、実に60.1%が「消毒のみ」で供給されています。緩速ろ過が10.1%、急速ろ過が28.7%。この数字は、長野の豊かな水源と適切な浄水技術が組み合わさることで、化学的な処理をほとんど必要としない「特級水(無処理・塩素殺菌のみの水道水)」が当たり前に供給されていることを示しています。水道業界の研究者・小島貞男氏が「水質番付」で上位に評価した長野の水--それは偶然ではなく、自然環境と生物浄化の恩恵そのものです。
■ 「生物浄化法」が取り戻す、蛇口からおいしい水を
中本先生は、長年の研究を集大成した著書『おいしい水のつくり方─2』(2021年1月刊)の中で、「緩速ろ過」という呼称を「生物浄化法(Ecological Purification System)」と言い換えることを提唱しています。砂がろ過するのではなく、生物の生命活動が水を浄化する--その本質を正確に伝える名称への変更は、単なる言葉の問題ではありません。
水道は単なるインフラではありません。自然の摂理を賢く借りた「スマートテクノロジー」として、生物群集が今日もどこかの砂層の上で静かに働き続けています。蛇口の水を浄水器を通さずに飲みたい。ペットボトルを止めたい。蛇口から誰もが喜んで水を飲める日本にしたい--その願いを実現する鍵は、生物浄化法の再評価と普及にあります。
【3. 災害と水】
「1日3L」の備蓄では、あなたの生活は守れない。災害下で直面する「20リットル(20kg)」の壁
1. 私たちが信じている「1日3L」という数字の落とし穴
「備蓄は1人1日3リットル、最低3日分から7日分」--この数字は、防災の常識として広く普及しています。行政の防災ガイドラインにも記載され、テレビの特集でも繰り返し紹介されてきました。多くの家庭がこの数字を目標に、ペットボトルの水をストックしています。
しかし、この数字には重大な誤解が潜んでいます。
まず、現実の備蓄量を計算してみましょう。4人家族で7日分を確保しようとすると、3L×4人×7日=84リットル。2Lのペットボトルに換算すると42本です。これを保管するスペースを、東京のマンションで確保できる家庭がどれほどあるでしょうか。押し入れの一角、クローゼットの隅--ペットボトル42本は、想像以上の場所を取ります。
そしてより本質的な問題は、「3Lで生活できる」という思い込みです。
3Lという数字は、「生命維持のための最低ライン」、つまり飲み水と最小限の調理に使う水の量です。
トイレを流す水は含まれていません。手を洗う水も、顔を拭く水も、ほとんど含まれていない。3Lで「生き延びることはできる」かもしれませんが、3Lで「生活することはできない」のです。
2. QOL(生活の質)を維持するための「1日20L」という現実
では、「最低限の生活」を維持するためにはどれだけの水が必要か。
厚生労働省が示している指標では、トイレ・手洗い・身の回りの衛生を含む最低限の生活を維持するために、1人1日あたり約20リットルが必要とされています。この数字は、国際的な人道支援の基準と一致するもので、世界の途上国における給水支援の目標値と同等です。
ここで改めて日本の平時の生活を振り返ると、私たちは1人1日200~300リットルの水を使っています。20リットルは、その10分の1以下の超節水モードです。
20リットルで何ができて、何ができないのかを具体的に見てみましょう。
洋式トイレを1回流すのに、節水型でも約4~6リットル消費します。4人家族が一日に使うトイレの水だけで、すでに16リットル以上になります。そこに手洗い、顔拭き、食器の最低限のすすぎを加えると、20リットルという数字は「余裕がある生活水準」ではなく、「最低限の衛生を辛うじて保つための数字」だということが分かります。
シャワーなし。まともな料理なし。洗濯なし。
それが「1人1日20リットル」の暮らしの実態です。
3. 「20リットル」を「20キログラム」に読み替える
ここで、多くの人が見落としている視点を提示します。
「1日20リットル」という数字を聞いたとき、「バケツ2杯分か」と感じる人が多いと思います。数字としては確かにそうです。
しかし水は重い。水1リットルは1キログラムです。
つまり、1人1日20Lの水=20kgの重量物を、毎日確保し、運搬しなければならない。
断水時、給水車が来るとします。場所はマンションの前の道路です。そこから水を受け取り、自宅まで運ぶ。5階建てのマンションにエレベーターがなければ、あるいはエレベーターが停電で止まっていれば、20kgを抱えて階段を上ることになります。
4人家族なら、1日に必要な水は80リットル=80kg。
80kgは、成人男性の平均体重を超える重量です。プロのラガーマンでも、これを毎日繰り返すことには悲鳴を上げるでしょう。それを、停電・断水・余震が続く中で、疲弊した体でこなすことを想定している備蓄計画が、「現実的」と言えるでしょうか。
一度の運搬では持ちきれません。何往復もします。その間に余震が来るかもしれない。雨が降っているかもしれない。ポリタンクが滑って落とすかもしれない。「水を運ぶ」という作業の過酷さは、平時に想像する何倍もの負担として降りかかってきます。
4. 家族を守る側の「体力」と「役割」のミスマッチ
大規模災害の避難所や被災地でよく見られる光景があります。
社会的な立場があったり、力仕事ができる男性は、災害支援活動や救助活動、復旧作業に駆り出されています。自宅に残っているのは、高齢の祖父母や未就学の子供、そして女性が多い。水を運ぶ体力的な負担は、往々にして「力がない」人々に課せられます。
これは皮肉ではなく、多くの被災地での現実です。
さらに見落とされがちな点があります。災害後の生活は、1日や2日で終わりません。
1日目は気力で乗り越えられるかもしれません。しかし2日目には、慣れない運搬作業による全身の筋肉痛が来ます。繰り返す重労働で腰に痛みが出る人もいます。眠れない夜が続き、精神的な消耗が重なります。3日目には、多くの人の心が折れ始めます。
「頑張れば運べる」という精神論は、1日目には通用しても、1週間続く断水の前では崩れます。そして現実には、大規模な断水は数日で終わらないことがほとんどです。阪神・淡路大震災では完全復旧まで約3ヶ月、能登半島地震では地域によって1年以上の断水が続きました。
「水を運ぶことを前提とした備蓄計画」は、多くの家庭において、数日後には機能しなくなります。それは意志の強さや体力の問題ではなく、人間の体の限界と、災害の継続期間の問題です。
5. 次回は20Lの水の確保方法について
水の運搬をどうやったらいいかの答えは私にも正直ありません。
ただ、状況改善策のようなものはあって、それは水をそもそもどこから確保するのかという問題と合わせて、来週解説したいと思います。
【4. Q&A 現場の悩み相談】
Q. 粗ろ過x緩速ろ過方式は、電気を使わないと聞きましたが、停電時でも大丈夫ですか?
A.
はい。
地域特性、条件によって、電気不要で浄水可能です。
地形を生かして自然流下式を採用できれば、水輸送のためのポンプが不要で停電の影響は受けません。
消毒設備も電池式のものがあり、災害時も確実に稼働します。
平たんな場所に設置する場合も、最低限のポンプに必要な電気だけがあれば十分です。
【5. 編集後記】
4回目となる今回から、トピックを1つ増やしました。災害下の水道とか、水の確保という観点で書いていくことにしました。
メルマガは長く続けたいので、あまりトピックを増やすとあとあと苦しむことになりそうですが、平時の水道と、災害下の水についてはどちらも書いていきたいテーマなので、すこしメルマガ発行に慣れてきた今回から書いてみました。
なお、トピックとして取り上げてほしい内容やQ&Aの質問があれば、ぜひお寄せください。
加えて、1つ告知します。
毎月第一金曜日17時~に水分野の異業種交流定例会として「水飲み会」という飲み会を23区内で企画します。
最近、はじめましての方とお話する機会がそこそこあったのですが、いろんな話を聞いたり、話したりするのって大事だなぁと痛感しまして、皆さんにとってもそのような機会の場を作れたらなと思いました。
初回は、特別に4月7日(火)に、新宿の「立呑み龍馬 新宿店」で17時から開催します。18時頃までにだれかいらっしゃったら、飲み続けるか、場所を移動して2次会します。
目印に「日本の米」という深緑色の富田和子さんの新書を持っていき、テーブルの上に出しています。
一杯だけとかでも大丈夫です。18時までに誰も来られなかったらお開きにします。