上向流粗ろ過の真価を決める「7つの設計のポイント」について
1. いま、なぜ「上向流粗ろ過」が注目されているのか
上向流粗ろ過という浄水方法が、水道業界で急速に存在感を高めています。その象徴的な出来事の1つが、今年度の国土交通省「AB-CROSS(革新的技術実証事業)」での採用です。株式会社NJSが主体となって実証事業を実施した主要技術の一つとして、ハイブリッド緩速ろ過として、従来の緩速ろ過との組み合わせとして「上向流粗ろ過」が取り上げられました。
背景にあるのは、小規模水道が抱える課題だと考えています。人口減少・財政縮小・技術職員の不足という三重苦の中で、上向流粗ろ過の持つ「低コストで維持でき、管理が簡単で、しかし性能は高い」という特徴です。この「上向流粗ろ過」は水道業界でまだあまり知られていませんが、その高性能さゆえ、浄水前処理技術としてのニーズが徐々に、そして確実に高まりつつあると実感しています。
基本コンセプトはシンプルで、砂利を充填した槽に原水を下から上向きに通し、濁質を砂利層に捕捉させる。また、メンテナンスはと言えば、定期的に槽の最下部に設置した排泥弁を開放し、蓄積した汚泥を排出する。これだけです。しかし、コンセプトがシンプルなだけ設計上いろいろと工夫や抑えなければならないポイントがあるものです。この上向流粗ろ過について、各社それぞれ独自の工夫を凝らすこの技術について、何が性能を左右するのか。本稿では、設計者の視点から上向流粗ろ過装置の「7つの設計のポイント」をご紹介します。
2. 性能を左右する「7つの設計のポイント」
(1) ろ過砂利の粒径と層構成のノウハウ
上向流粗ろ過に使用するろ過砂利は、「2~4mm、4~8mm、8~12mm、12~20mm、20~30mm、それ以上」の粒径から選択します。どの粒径のものをどの割合で組み合わせ、各層をどの厚みで積み上げるか。これが、濁質捕捉性能と排泥効率の両方を左右する第一のポイントです。粒径が小さすぎれば目詰まりが早くなったり、必要以上に圧損が高くなったり、排泥頻度が増します。粒径が大きすぎれば捕捉効率が下がり、後段の緩速ろ過への負荷が残ります。下部に粗い砂利、上部に向かって粒径が小さくなる層構成を基本としながら、対象原水の濁質特性に合わせたろ過砂利選定が求められます。
(2) ろ過速度(線速度LV)の最適解──コンパクトさと捕捉能力のトレードオフ
線速度(LV:Linear Velocity)は、単位時間・単位断面積あたりの流量を示す指標です。線速度LVを上げれば装置をコンパクトにできますが、砂利層内での滞留時間が短くなり、濁質捕捉率が下がります。逆に線速度を下げれば捕捉性能は高まりますが、装置が大型化してコストが上昇します。小規模水道への適用を想定する場合、設置スペースや予算の制約が厳しいため、このトレードオフをどこで解くかが設計の核心になります。
(3) 処理段数の設定──安全・水質とコスト設計
上向流粗ろ過槽を1回通過させるだけでなく、直列でもう1段設置すると、1段目で取り切れなかった濁質を2段目で補足可能となります。当然、3段目を設置すればさらに処理水の濁度は下がります。後段の緩速ろ過に対する濁度負荷を、粗ろ過段数を増やせば増やすほど下げることができますが、当然粗ろ過の段数はコストに跳ね返ってきます。また、粗ろ過段数の極端な増加は、緩速ろ過槽の生物処理に必要な溶存酸素や栄養を粗ろ過で使い果たしてしまうということになり、悪影響を与えてしまいます。この段数の設定は地域の水質を見ながら適度に設定する必要があり、設計者としての経験が問われる部分です。
(4) 下部構造の工夫──流入と排泥を両立させる物理設計
上向流粗ろ過槽の下部構造は、この装置の”肝”といえます。ここは原水の流入部であると同時に、排泥弁を通じて汚泥を排出する排泥部でもあります。この二つの機能を同一箇所で担わせるため、構造設計は工夫してあげる必要があります。流入した原水が砂利層全体に均等に分散されるよう、また、沈降した汚泥が排泥弁へスムーズに誘導されるよう、そんな構造を検討する必要があるのです。
(5) 排泥設計
上向流粗ろ過で補足し徐々に蓄積する泥を「いつ排泥するか」はとても重要であり、排泥のタイミングを客観的に判断するための指標が必要です。
主な判断基準は2つです。1つは状態観察によって粗ろ過表面の状態を観察し排泥のタイミングを設定する方法です。もう1つは経過日数による管理です。過去の排泥データから、当該水源における適正な排泥間隔を経験則として蓄積し、定期管理に組み込みます。
渇水期など原水濁度が低い時期は、排泥頻度を下げることができますし、またそう求められます。一方、梅雨や台風シーズンには、排泥タイミングを早めて後段処理への影響を防ぐ柔軟な管理が求められます。データに基づいた排泥管理こそが、安定運転の基盤です。次に重要なのが排泥の実施方法です。たとえば、2週間に一度の排泥と決めた場合、その実施は「手動でも大した手間ではない」と思われるかもしれません。しかし、実態はそう単純ではありません。
住民管理の施設において山間部に設置された施設では、排泥のためだけに山道を登る移動コストが、長期にわたって積み重なります。高齢化が進む地域では、そもそも定期的に現場へ赴ける担当者が確保できなくなるリスクがあります。しかし、この排泥を自動化できれば、担当者が現場に出向かなくても、粗ろ過は静かに自己管理を続け、排泥が住民の負担にならなくなります。省力化は「あれば便利」ではなく、持続可能な小規模水道運営の「必須条件」だと考えています。
(6) ケーシング材質の選定──三つの価値をどう解くか
槽本体のケーシング材質は、主にステンレス製、FRP(繊維強化プラスチック)製、プラスチック製の選択肢があります。ステンレス製は耐久性・耐食性において最も優れますが、重量が大きく、搬入・施工コストが高くなります。FRP製は耐食性を保ちながら軽量化が図れ、施工性とのバランスが良好です。プラスチック製は最も軽量でコストも低い反面、長期的な強度や耐候性に留意が必要です。
重機が入りにくい山間地の小規模施設には、軽量なFRP製やプラスチック製が搬入・施工の面で有利です。一方、大規模施設や重要幹線に位置する施設では、耐久性を重視してステンレス製を選ぶ判断もあります。「耐久性・施工性・コスト」の三軸を、設置条件に応じて解くことが設計者の仕事です。
(7) トラブル対応
他の設備同様、上向流粗ろ過装置も処理が良好なときばかりではありません。やはりトラブルになることがあり、たとえば、台風レベルの大雨時に原水濁度が急激に上昇した場合、砂利層が急速に目詰まりし、最悪の場合は装置内部全域に泥が堆積する状態に陥ることがあります。そうなったときにどうリカバリーするかという思想を持った装置に作り上げることが重要です。
3. 設計の評価指標について
上向流粗ろ過の設計品質は、以下の4つの指標で評価できると考えます。
(1)濁質捕捉能力:後段処理(緩速ろ過等)への流入濁度を、安定して設計値以下に保てるか。
(2)濁度以外の除去効果:濁質だけでなく、大腸菌群や藻類、有機物の一部についても除去効果が期待できるか。
(3)省力化の度合い:自動化や定期管理の簡素化が、現場の実態に合った形で設計されているか。
(4)復旧の速さ:閉塞が起きた際に、排泥操作で迅速に性能が回復できる構造になっているか。
4. 上向流粗ろ過を本当に使える装置にするために
上向流粗ろ過は、コンセプトはシンプルでも、性能を引き出すための設計知見は深いところにあります。7つの設計のポイントを押さえた設計ができるかどうかが、現場での長期安定運転を左右します。
5.さいごに
今回本稿で紹介した上向流粗ろ過装置についての、具体的な調査からの計画・具体設計/積算・設置・実際のトラブル事例まで踏み込んだ技術共有セミナー(有料:5万円程度)の少人数での開催を企画しています。イメージしている対象は、実務で上向流粗ろ過の設計・評価に興味のある技術者や、水道に関心のある一般市民の方々です。受付自体は開始したいと思いますので関心のある方はぜひお早めにご連絡ください。ぜひ一緒にどんなセミナーにできたらよいかなど、意見交換させていただきながらセミナーを一緒に作れたらと思います
【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】
こちらでは、中本名誉教授が月刊誌「水道公論」に2021年9月号から投稿されている記事を要約し掲載しています。
今回の要約記事について
水道公論 2021年11月号(第57巻第11号)pp.34-40, 信州大学名誉教授 中本信忠 「生物屋の緩速ろ過池研究 その2 砂面で藻が、砂層で細菌が繁殖」
水道の「生命」を見つめる:生物浄化法のフロンティア
砂の上の1~2センチが、水をつくる──緩速ろ過が示す「生物活躍層」の驚くべき世界
緩速ろ過池の砂を水の中で観察すると、砂の表面にはふわりとした真綿状の層が広がっています。ところが水を抜いて砂を取り出した途端、その層はベタッと砂に貼りつき、見た目はただの「汚砂」になってしまいます。長年、現場では「汚れ」として扱われてきたこの層こそが、実は浄水の要でした。緩速ろ過池の砂は「フィルター」ではなく、厚さわずか1~2センチの「生命の舞台」なのです。
■ 砂粒の表面で起きている、ミクロの浄化ドラマ
この「生物活躍層(生物膜)」の中では、今この瞬間も小さな生命たちの連鎖が続いています。 まず砂粒の表面に付着した細菌が、多糖類の粘質(ネバネバした物質)を出して微生物膜を形成します。この膜が水中の有機物を吸着し分解する──砂粒の大きさは0.5~1ミリメートル程度ですが、細菌にとってはまるで巨大な壁のように見えるほどの大きな基質です。付着した面の上で、細菌は安心して分裂・増殖を繰り返します。 次にその細菌を原生動物(アメーバの仲間など)が食べる。さらにそれを小さな動物が食べる──こうした「食う・食われる」の食物連鎖が、砂層表面と砂面直下の薄い層の中で展開されているのです。注目すべきは細菌の分裂速度の速さです。条件が良ければ1日に1回程度と非常に早く、削り取り後でも短時間で微生物膜が回復します。生物群集は驚くほど強靭なのです。
■「井の中の蛙」を超えた──環境に適した藻が繁殖する
上田市の染屋浄水場では、糸状珪藻メロシラが砂面を優占していました。しかしこれは、上田という特定の環境に適した「答えのひとつ」に過ぎません。 長野県の飯綱浄水場では、糸状珪藻よりも緑藻の糸状珪藻が目立ちました。また、冬期に水温が低い山間地では珪藻が繁殖できず、代わりに緑藻が長く続く緩速ろ過池に繁殖し、その寿命の長い緑藻の表面にさらに多様な生物が付着して生物群集を形成していきます。環境が違えば、その環境に適した藻類が繁殖する──生物群集はその土地の水温・日射・水源の条件に合わせて自然と「最適化」されていくのです。 北米大陸内部のような厳寒地では、凍結対策として覆いをするよりも、むしろ生物群集が活発に活躍できるよう日射が当たるように改良した方が良いという知見でした。これはまさに「スマートテクノロジー」──自然の力を活かすために、環境を整えるという発想です。
■ 無人浄水場でも機能する、生物浄化の底力
長野県須坂市西原浄水場は、ろ過池と浄水タンクだけからなる無人の施設です。人が常駐しなくても、生物群集が安定して機能し続ける──これが緩速ろ過の持つ大きな実用的価値のひとつです。 細菌は砂層の表面と直下にしか存在しません。砂層の中へ深く入るほど生物の密度は急減します。しかしその薄い層の中で、生物群集は有機物を分解し続け、ろ過継続期間が長くなっても砂層の内部は汚れない。まさに数ミリから数センチの砂層内での「瞬間浄化」が砂面直下で静かに完結しているのです。人口減少や技術者不足が深刻な課題となっている現代の水道事業において、無人でも機能するこの仕組みが持つ意義は小さくありません。
■ 「緩速ろ過」から「生物浄化法」へ──200年の技術の再定義
中本先生が高校生のとき、顕微鏡でゾウリムシを初めて見て驚いた──その体験が、長年にわたる緩速ろ過池の生物研究の原点でした。「単細胞なのに生き物だ」という驚きは、やがて「砂の上のミクロの世界が水をつくっている」という確信へと育っていきます。 200年前にロンドンで完成したこの技術の本質は、機械的な「篩い」ではなく、生物の生命活動そのものにあります。だからこそ中本先生は、「緩速ろ過」ではなく「生物浄化法(Ecological Purification System)」と呼ぶことを提唱しています。薬品を使わず、エネルギー負荷が低く、そして自然の摂理を賢く活用するこの手法は、SDGsや脱炭素が求められる今こそ、安全でおいしい水をつくるための最良の選択肢のひとつとして再評価されるべきではないでしょうか。
【3. Q&A 現場の悩み相談】
Q. 水質は本当に安全ですか?保健所の基準を満たせますか?
A.
はい。設置前にその地域の水源の原水分析を行い、確認した水質に合わせて装置を設計するため、「水道法・簡易専用水道の水質基準」に対応した処理が可能です。必要に応じて、定期的な水質検査もサポートします。
【4. 編集後記】
去年の今頃、集中して調べていたテーマがありました。「給水区域の縮減」についての国の動向です。私なりにどういう方向がよいのかを数か月間必死に考えている間に、実は国交省が方針を示していたことを後から気づくということがありました。
一方、内容はわかりにくく、水道法の記述とも矛盾があるようにも感じたままとなっています。このテーマは先日の小規模分散型とも絡まって大事なテーマだと思いますので、来週は無理でも数ケ月以内に詳しく解説できたらと思います。